…全てが…壊れる……。
壊れてもいいと、思った。今まで築き上げてきたもの全てを壊しても。
壊しても構わないと、思った。
壊れて、そして。そしてどうする?
「お前なんか、嫌いだ」
相変わらず勝気な瞳で、強い光を放つ瞳で俺を見るから。だからその唇を塞いだ。生意気な瞳を閉じ込める為に。
その口から零れる言葉を、閉じ込める為に。
「…嫌い…か?…」
口付けの合間に尋ねると、反抗するように俺の舌を噛みきった。それが何だか可笑しかった。
可笑しいから、好きなように俺の舌を噛みきらせた。
「…んっ…やめっ……」
そしてそこから流れた俺の血を、お前の体内に注ぎ込んだ。注ぎ込ませて、そして。そして俺の血でお前を飾る。
「…やめ…いぬ…がみっ……」
お前の口から零れる血と唾液を俺は舌で辿る。その度にお前の身体がぴくりと反応する。
幾ら言葉で拒絶しても快楽に慣らされた身体は、そう簡単には全てを拒否できない。
「…やだっ…ふぅ…ん…」
何時しか零れる吐息に甘さが含まれる。それに満足した俺はより深くこいつの口中をまさぐった。
その度に震える身体の反応を楽しみながら。そうだ。
…お前は…俺を、拒めない……
その事実が俺の身体に暗い喜びを与える。
「…あっ…やめろっ…」
嫌いだと口にして拒絶の言葉を並べても、俺の身体はいやがおうでも反応する。
慣らされた身体はこいつの腕を舌を牙を、受け入れてしまう。
「俺に抵抗しても無駄だぞ、蓬莱寺」
耳元で息を吹きかけられるように囁かれて、囁かれて睫毛が震えた。
この低いどこまでも低く暗い声が、俺の意識を拡散させる。このまま堕ちてもいいと、思わせてしまうほどの。
このまま堕落してもいいと、思える程の。
「…やだっ…いぬ…がみっ……」
胸元の果実に牙を立てられて、わき腹のラインをなぞられる。俺の身体を知り尽くした指先。知り尽くした愛撫。
俺はそれにただ堕ちてゆくしか出来ないのか?
…こいつから…離れることは出来ないのか?
言葉で幾ら拒否しても幾ら口で言っても俺は。俺は何処かでこいつを…求めているから?
…求めているのか?俺は…俺はこいつを欲しいのか?
「…あぁ…やめ……」
引き剥がそうと髪に手を掛けて、そして髪に馴染む指先が、切なかった。その指先が覚えてしまった感触が。
煙草の匂いも、舌の感触も、牙の痛みも。俺は全て身体で覚えている。そのどれもこれもが俺の全てで覚えている。
それを消し去る事は、俺には出来ないのか?俺には無理なのか?
「…あぁ…犬神っ……」
このまま壊れるしか、俺にはないのか?
喉もとに牙を立てて、そのまま引き千切ってしまいたいと思った。
その肉体を俺の中に取り込んで全て食らい尽くしてしまいたいとそう、思った。
「…はぁっ…ん…」
もうこいつは抵抗しなかった。目尻にうっすらと涙を浮かべながら俺の愛撫を受け入れた。
時々抵抗するように唇を噛んだが、それだけだった。
後はただ、甘い吐息を口から零すだけで。俺が仕込んだ通りに、俺が教え込んだ通りに。お前の身体は反応する。
俺の指に、舌に、そして牙に。
そのくっりと浮かび上がった鎖骨に牙を立てたら。お前の身体が魚のように跳ねた。
それは俺が開発したお前の弱い部分だった。
俺は執拗にそこを攻めたてた。お前を落とすために。お前を壊すために。
…壊れても…いいと…思った……。
何時しか俺はその広い背中に爪を立てていた。俺だけが許される、俺だけがそこに爪を立てられる。
その悦びが俺を支配して、そして。
そして壊れてもいいと。壊されてもいいと、思った。
このまま快楽の波に飲まれて、快楽の渦に巻き込まれて、何処までも落とされて。そして。そして、何処までもこいつと…。
「…蓬莱寺…壊れろ…俺の腕の中で……」
…何時までもこいつと、いたいと…思った……
こいつと、いたいと…
「…ああっ」
その身体を最奥まで抉った。仰け反る喉もとに口付けながら。そこに牙を立てながら。
そのままふたりで堕ちてゆけたらと、思いながら。
…このままお前を壊してでも、堕ちてゆけたらと……。
今までの全てをなくしても、何もかもをなくしても。それでも。
それでもともに、堕ちてゆけるのならば、と。
…幸せだと…思った……。
End