灼熱の太陽がじりじりと皮膚を焦がしてゆく。
まるで痛みを伴うように、その。
その日差しが、皮膚を焦がしてゆく。
貫かれる程の強い視線と、激しい烈火の日差しに。
…何もかもが、溶かされてゆく……
初めてお前を見た時、俺の中の何かが壊れた。
「お前がずっと俺の事を考えているように…俺は絶対にお前のモノになんてならない」
まるで支配者のように傲慢に、お前は俺にそう言った。その自信と、そしてその裏に隠された見えない不安定さ。そのどちらもに俺は惹かれずにはいられなかった。
「…お前らしいな…蓬莱寺……」
言葉でどんなに強い事を言っても、その瞳がどんなに苛烈に前だけを見ていても。それでも。それでも微かに漏れている、不安。どんなに前に強気に出ても、それでも消せない不安。俺はそれに気付いていて、そして知らないふりをする。そうする事でお前を。
お前を俺に引き寄せようと、している。
何も考えられないように。他に何も、考えられないように。
「絶対にならない。だから俺を追い掛けろ」
お前がそう言うのならば俺は幾らでもお前を追い掛ける。追い掛けて、追いつめて。そしてぼろぼろに壊してやりたい衝動。そして捕まえて自分だけのものにしたい欲望。
どちらも俺にとっての真実だから。真実だから、その欲求を否定しようとは思わない。
ただ俺が、望むまま。望むまま俺は、生きている。
「追い掛けて、追いつめてやろう。そしてお前は俺の腕の中で壊れる」
「壊れねーよ。ぜってー俺はお前には捕まらないから」
そう言いながら、挑発的に俺を見ながらも。それでも零れてくるものは『不安』そして『怯え』。どちらも俺は手放したくないものだった。
漆黒の闇。足元すら見えない闇。
いや最初から地面すらないのかもしれない。
ただその闇に足を捕らわれたのならば、もう。
もう二度と地上へは戻れないのではないのだろうか?
戻ることが出来ないのではないのだろうか?
…いや違う…本当は…
本当は戻りたく、ないんだ。
お前を初めて見た時、俺は本能的に怯えた。
捕まりたいと何処かで訴えている。俺の心の奥底で、お前に捕らわれてしまいたいと。
でももしも、お前に俺が捕らわれたのならば?お前に壊されたのならば?
「…捕まらないか…一生俺から逃げ続けるか?……」
お前は俺に飽きてしまうのかもしれない。お前は俺を捨ててしまうのかもしれない。
「逃げるさ、俺の一生を掛けて。お前になんてぜってー捕まらねーよ」
だってお前は俺なんかよりもずっと。ずっと長い間生きてゆく。そして俺が死んでもこれからもずっと生きてゆく。そんな時間の流れの中で、俺が生きている間は。俺が命ある間は、その時間の中だけでもお前の中に俺を埋めたいから。お前の中を俺だけで満たしたいから。だから。
だから俺は絶対にお前に捕らわれない。お前のモノにはならない。
「逃げれるものなら俺から逃げてみろ」
俺の事だけを考えるように。俺以外考えられなくなるように。逃げて、逃げて、逃げ続ける。そうしたら。
「逃げてやるぜ、犬神。そしてその言葉を後悔させてやる」
…そうしたら…お前が…孤独を意識することすら…ないだろう?……
焦がされたいと思う欲望。
この灼熱に溶かされたいと思う欲望。
全ての思考を放棄して。
そして何もかもを忘れて、本能のみで。
本能だけが支配する思考なの中で。
お前を貪りたいと思う欲望。
でもお前を貪ってしまったら、もう後何も残らない。
その褐色の肌に牙を立てて。
そして柔らかい肉を噛んで。
俺の体内に全てを取り込んだなら。
取り込んでしまったならば、もう。
もうその瞳が俺を焼き尽くす事はない。
その視線が俺を貫く事はない。
俺が欲望のまま、お前を貪り尽くしたならば。
お前に捕らわれたい。
全てを投げ捨てて、その腕の中に。
その牙とその爪で。
俺の全てを捕らえたならば。
そうしたら俺は余計な事を考えなくて済む。
俺が年老いて死んだなら。
お前は独りになるな、とか。
俺が消え去ってそして。
そしてまた誰かを愛するのだろうかと。
そんな余計な事を考えずに。
考える事なくお前の。
お前の中に取り込まれたならば。
でもそうしたらもう、お前の瞳を見つめられない。
好きだぜと。
言葉にしても。声にしても。
きっと俺達には無意味だ。
そんな甘い感情に身を任せたら。
きっと。
きっと何処にも進めない。
ただその場凌ぎの行為に身を埋めるだけで。
そんなモノお前も俺も欲しくはない。
…欲しくはないだろう?犬神……
愛とか恋なんてそんなもの、俺達には無意味なのだから。
「…蓬莱寺……」
隠すことのない牙。その感触を唇に感じながら、口付けを交わす。これがこいつのキスの味だ。煙草の匂いと、そして牙の感触。これがお前のキスの味だ。
「…ん…ふぅ……」
ざらついた舌。その舌を俺は自ら絡め取った。そしてそのまま深く、口付ける。牙が歯に当たり、そして何時しか俺の唇を切っていた。けれども構わずに俺はお前の口付けに酔いしれた。鉄の味と共に。お前の味に、酔いしれた。
「…いぬ…がみ……」
背中に腕を廻して。廻してそして、抱きついて。広い背中に爪を立てた。よれよれのワイシャツの上から、爪を立ててやった。
「このまま、お前を犯してやるよ」
その言葉に俺は否定をしなかった。犯される、あくまでも俺は被害者になる。そうしなければ、この関係は成り立たないのだから。
褐色の濡れた肌に牙を立てる。
そして唇を落としてゆく。
優しく抱いたことなど一度もない。
こうやって組み敷いて、強引に。
強引に俺の思うままにお前を犯す。
そうする事で俺は、お前の全てを手に入れない。
――全てを手に入れてしまったら、それは終焉でしかないのだから。
無遠慮にお前は俺の身体を貫いた。
何時もそう。お前は俺を『抱か』ない。お前は俺を『犯』すだけ。
前戯もろくにせずに。受け入れる準備も出来ていない身体に。
無理やりお前は楔を打ち込む。器官から血が零れようが、俺がまだイッてもいないのも構わずに。
自分勝手に身体を引き裂いて、そして押し進める。
でも、それが。でもそれが俺達にとっての最も必要なセックスだから。
もしもお前に優しく抱かれてしまったならば、俺は。
…俺はもう…お前に堕ちる以外に選択肢はないから……
だから俺はお前に『犯され』続ける。
だからお前は俺を『犯し』続ける。
そうする事で、成り立つ。そうしなければ壊れてしまう。
俺達の関係。細い一本の糸の上に成り立つ俺達の、関係。
そこにあるのは愛よりももっと、深い絆。
『…追い掛けろ…ずっと…俺を……』
意識を失う前にお前が言った一言が。
それが俺の全てになる。
追い掛ける事。お前を追い続ける事。
それが俺達の世界の全てなのだから。
「ああ、蓬莱寺…追い掛けてやる…未来永劫…ずっとな……」
お前の命が滅びても。お前の存在が消えてしまっても。
俺はお前を追い続ける。
その幻想を、その想いを、その魂を。
永遠に、追い続ける。
孤独すら感じる暇もないくらいに、俺はお前を追い続ける。
それが俺達にとっての唯一の。
唯一の互いの存在を確かめる方法。
それだけが、唯一の。
俺達が『生きる』方法。
End