MY LIFE
…それがふたりの、日常。
春の日差しはとても暖かくて、睡眠には持って来いの心地よさだった。その日差しに誘われた龍麻は、室内の一番大きな窓の前を陣取って、そのままじっくりと惰眠を味わっていた。
柔らかい日差しが瞼の上を通り過ぎて行く。そして遠くから聞こえる小鳥のさえずり。どれもこれもが龍麻にとっての至上の時間になる。
そしてその寝顔はこの上ないほど幸福そうで。見ているこっちが幸せになってしまうような、そんな笑顔で。
……だから京一も、幸せな気分になった。
何度チャイムを鳴らしても出てこない龍麻に、痺れを切らして室内へと入る。勝手したる龍麻の家なので大体の予想はしていたが、その通りに彼はお気に入りの場所で睡眠を貪っていたのだ。
「…全く…ひーちゃんは…俺が来るの知ってるくせに…」
大きなクマのクッションを抱かえながら眠る龍麻は、完璧に熟睡していた。京一の気配に気付きもしない。何だかそれが悔しくて、京一は彼を起こそうとそっと手を伸ばす。
しかしそれは寸前で止まってしまった…。
今更言ってもしょうがない事だが、本当に龍麻は気持ちよさそうに眠るのだ。だから京一もつい、起こすのを躊躇ってしまう。現に今だって、こうして寸での所で止めてしまった。
…ホント俺…ひーちゃんには甘いよなぁ……
京一はぽりぽりと頭を掻きながら、苦笑した。どうしても龍麻には甘くなってしまう。これが惚れた弱みという奴なのだろうか。
けれどもやっぱり。やっぱりこんなに幸せそうに眠る龍麻の顔を、邪魔する事は出来なかった。
「…しょーがねーな…」
京一は少しだけ照れながら龍麻の前にしゃがみ込むと、そのままそっとその黒髪を撫でた。それは柔らかくてふわふわとしていた。
「へへっひーちゃんの髪柔らけーな」
何時も重い運命を背負う彼からは想像出来ないくらいの、子供の仕草。それを見つけ出す事が京一の楽しみのひとつでもあった。
「でもほーんとっ、お前って気持ちよさそうに眠るよなぁ…」
本当に見ているこっちを幸せにしてしまう、寝顔。現に京一の口許にも優しい笑みがこぼれている。まあ京一は、どんな龍麻の顔を見ていても幸せなのだが。
だからきっと、京一は。龍麻が起きなければずっとその寝顔を見つめているだろう。飽きもせずにずっと。でもそれは京一にとって何よりも幸せな時間、だから。
「…ん……」
龍麻の瞼が微かに震えたかと思うと、ゆっくりとそれが開かれる。そして京一の大好きな漆黒の意思の強い瞳が飛び込んでくる。
「…はにゃ?……」
未だ意識が朦朧としているのか、龍麻は訳の分からない言葉を口にする。そのネボケまなこがあまりにも可愛くて、京一はつい龍麻を抱きしめてしまう。
「わっ京一っ?!」
「おはようっひーちゃん」
その腕の中に包まれて龍麻の意識は一気に覚醒する。けれども京一はそんな龍麻に構わずに、彼をぎゅっと抱きしめた。
「…………」
この行為は寝起きには大変宜しくない。いきなり心臓の脈拍数が上がってしまう。どきどきとする心臓の音が恥かしくて、龍麻は俯いてしまった。
「どーしたの?ひーちゃん」
そう京一に聞かれても今は顔を上げる訳にはいかない。ゆでだこに負けないくらい真っ赤になってしまった顔を、京一に見られるのは恥かしくて。
「…お前…何時からそこにいた?……」
話題を逸らそうと最もらしい質問をしてみた。勿論その間に真っ赤になってしまった顔を、元に戻す事も忘れずに。
「かれこれ二時間…くらいかな?」
京一は龍麻の背中越しに見える壁掛け時計を見上げながら言った。その針はもうすぐ三時半を差すところだった。
「…お前…暇な奴…だな……」
その言葉に龍麻は、すっかり脱帽してしまう。…全く…京一ってば……
「全然暇じゃねーよっひーちゃんの顔なら俺、何時間見ていても飽きないもん」
「……」
今度は本当に…脱帽…した。どうしてこう真っ昼間から、こんなセリフを恥かしくもなく吐けるのだろうか?と言いつつも何時もの事でもない気がするのだが…。
「それにひーちゃんの寝顔は本当に可愛いからなっ。俺は幸せだぜっ」
「…さいですか……」
…人の寝顔を二時間も飽きもせずに見ていて、更に『幸せ』だとまで言ってのける京一の精神構造は一体どうなっているのか?でも実は物凄く単純なのかもしれない…。
「それよりもひーちゃん」
京一の声に弾かれるように、龍麻は腕の中から顔を上げた。その途端降ってきた京一の唇に思わず目を閉じる。
「目覚めの、キス。目―醒めた?」
悪びれずに言う京一の言葉に、少しだけ龍麻の頬が赤く染まる。目なんて、さっき抱きしめられた時にとっくに醒めているのだが…
「…醒めた、かも…」
それでもそれを言うのはちょっと、悔しいから。悔しいから言ってやらないけど。
「でもこれじゃ、足りないよ」
でもこのくらいの我が侭は、おかえししてもいいよね。
「へへっ俺も足りないよ」
そう言うと京一は再び龍麻に口付ける。今度はさっきよりも深く。深く、口付ける。
「…んっ…んん…」
閉じられた唇を舌先でつついて開かせると、そのまま龍麻の口中へとそれを忍び込ませる。そしてそのままそっと龍麻の舌を絡め取った。
「…ふぅ…んっ……」
たっぷりと龍麻の口の中を味わって京一の唇が離れた。それは目覚めのキスにしては少し刺激が強すぎて。
「…バカ……」
「何で?ひーちゃん」
「効果、ありすぎだよ」
「あり過ぎでヘンな気分になった?」
「…っ!」
「バカっ!!」
龍麻の声と同時に京一の顔目掛けてクマのクッションが飛んだ。不覚にも避け切れずに京一はそれを顔面で受け止めてしまう。
「…酷い…ひーちゃん……」
「寝起きにそんな冗談言うからだっ!」
「…本気だったのに…」
「尚更よくないっ!!」
拗ねて腕から逃れる龍麻を再び京一は抱きしめた。その腕の中は優しくて、そして本当に心地よいものだから。龍麻が知っているどんなものよりも、その腕の中が。だから。
「ごめんね、ひーちゃん。ひーちゃんが可愛いからつい…」
「…もう…しょうがないな…」
だからつい、許してしまう。どんな時でも。どんな事があっても。
「へへっひーちゃん大好き」
「…俺も…だよ……」
やっぱり自分も彼が、大好きだから。
「それにしてもひーちゃんって本当に幸せそうに眠るよなー」
まじまじと言って来る京一に、龍麻はくすっとひとつ笑って。そして、言う。
「……京一の夢…見てるからね……」
End