紅い海

お前の、海に、なる。

まずは腕を切った。
次に足を切った。
そしてそして、身体を切り刻んで。

お前の血の海になる。

「…京一……」
甘えたように、その名を呼んだ。舌ったらずにその名を。
「ひーちゃん…どうしてこんな……」
驚愕の瞳。お前のその瞳が見たかったんだ。俺の為に驚くその瞳を。
「…京一…大好き…」
お前の髪に髪を絡めようとして、腕が無い事に気が付いた。ああ、もうお前の髪に触れる事が出来ないんだ…それが少し…残念。
「…だぁーいすき…京一……」
でも唇はあるから。瞳はあるから。俺にキスして。俺にお前の色々な表情を見せて。
ねえ、京一お願いだから。
「どうして…こんな事を……」
真っ青になって俺を見つめるお前。そんな顔しないで、俺お前の為にやったのに。そんな顔しないで、京一。
「どうして?ひーちゃん」
近づいて、俺の前に立ち尽くすお前。立ち尽さないで、俺にキスして…。キスして、京一誰よりも愛しているから。
お前だけを。お前だけを愛しているから。この海に沈めたい。この血の、海に。俺の血の海に。
「…京一…抱いてよ…」
「ひーちゃん何言って…」
「抱いてよ…お前の抱いて欲しくて、身体最期まで切り刻まなかったんだから」
「…ひーちゃん…」
「抱いて、京一」
お前はそっと俺の前にしゃがみ込むと、そのまま甘いキスをくれた。

――――愛している、お前だけを……

ひーちゃん、俺のひーちゃん。
ただ一人俺が護ってやりたいと。全てを懸けて護ってやりたいと思った人間。
なのに。なのに俺が。
俺の存在がお前をこんなにした。
俺自身が誰よりもお前を傷つけた。
俺自身がお前を、壊した。

こんなにもこんなにも愛しているのに。
どうして俺は、何も出来ない?

「抱いて、京一…お前のモノだから…」
この血も、この肉も、この髪も、この皮膚も。全部全部お前のものだから。
――――お前だけのもの、だから。
「俺は全部お前のモノだから」
「…ひーちゃん…俺は……」
手なんて、いらない。足なんて、いらない。
だって手があれば俺はお前の首を締めてしまうかもしれない。
足があれば俺はお前から逃げてしまうかもしれない。
だから、いらないの。
俺にとって必要なのは、お前を見つめる瞳と。お前の名を呼ぶ唇と。そして。
そして、お前に抱いてもらう身体。それが。それだけがあれば、いいの。
他に何もいらないから。だから、愛して。
―――俺だけを、愛して。
「抱いて…京一…」
何時ものように上目遣いに、ねだった。わざと舌ったらずの声で。何時ものように。何時ものようにお前を求めた。
「…抱いて…ねえ…京一……」
お前が、欲しいから。

この海に全てを沈められたなら。

壊れるか?お前が壊れたならば。
―――俺も、壊れるか?
そうだな、ひーちゃん…俺はお前を独りになんてしない。
何時だって一緒だった。何時だってふたりだった。
それなのにお前だけ。お前だけ狂気の海に身を委ねさせたりはしない。
それならば。それならば、堕ちよう。
―――ともに、堕ちよう……

たとえどうなろうとも、ふたりならば怖くはない。

「ああっ!」
抱いた。その身体を抱いた。腕のない身体を。足のない身体を。
抱いた、抱いた、がむしゃらに抱いた。
「…きょう…いち……きょおいち…ああっ!!」
このまま死のうか?繋がったまま死のうか?そうしようか?
「…ひーちゃん…ひーちゃん……」

…そうしようか…ひーちゃん………

お前の中に熱い液体を吐き出しながら、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。

「ひーちゃん、どっちの腕から切ったのか?」
「右腕だよ、京一」
「痛かったか?」
「ううん、全然痛くない。だって」

「だってお前のことだけを考えていたから」

俺はまず右腕を切った。そして両足を切断した。
…そして……

「口に咥えて…切ったの……」
そう言うお前の言葉に俺は笑った。じゃあ俺もそうしよう。お前と同じになろう。
どこまでも一緒に、一緒になろう。

そしてふたりの血が交じり合うこの海で静かに眠ろう。





End

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