壊れた瞳
恋を、した。
貴方に恋をした。恋をした。
激しい恋を、命掛けの恋を。
貴方に恋を、した。
貴方を二度と放さない。この手に入れて大切に、大切に護りたい。
朦朧とする意識をかろうじて繋ぎとめたのは、自らの体内に入れられた異物の刺激だった。
その刺激が意識を飛ばさせ、そして現実へと引き戻す。
「…ああっ…もぉっ…」
もう許してと何度声に出して言っただろう?けれどもその望みが叶う事はなかった。何度も何度も貫かれて、抉られた。
「先輩…龍麻先輩……」
霧島の声。その言葉しか知らないとでも言うように何度も何度も、呼ばれる。熱い吐息混じりに、何度も。
「…あ…あああ……」
何度目かの絶頂を迎え、体内に生暖かい液体が注ぎ込まれた。どくんどくんと、音がする。その音が麻痺した筈の神経に響いた。
「先輩、愛しています」
愛している?愛しているならばどうしてこんな事をするの?愛しているならどうして?
どうして優しく抱いて、くれないの?
「愛しています、先輩。誰にも誰にも渡さない」
そう言ってまた熱い塊が体内に突っ込まれた。もう器官が麻痺して何が何だか分からなくなっていた。
大切に、大切に護りたいから。
誰にも渡したくない。
誰にも見せたくない。
僕だけの、もの。僕だけの、先輩。
誰にも見せずにここに閉じ込めて、そして。
そして永遠に僕だけが身体を手に入れる。心を手に入れる。
あのひとになんて、渡さない。
『ひーちゃん、大切にする』
そう言って京一は俺を護ってくれた。俺を愛してくれた。
大切にしてくれて、優しく抱いてくれた。
愛されていると、思った。誰よりも俺は愛されていると。
優しくされる度に、大切に抱いてくれるたびに。
俺は、こいつに愛されていると。
愛されていると思ったから。だから。
だからこんな愛は知らない。
俺を閉じ込め縛り付け。そして強引に抱いて。
それでも霧島は俺を愛していると言う。
俺だけを愛していると言う。
…これは。これは『愛』なのか?
「はぁ…あぁ……」
痛い程に張り詰めた胸の果実を摘まれて、再び身体が反応する。どんなに神経が麻痺しても心が拒絶しても、身体の暴走は止められない。痛い程の快楽が全身を襲った。
「先輩…綺麗…誰よりも綺麗…愛している……」
「んっ…んん…」
無理やり唇を塞がれて、貪るように口付けられた。舌が痺れるまで絡められて、眩暈すら覚えそうになる。
「…んんんっ…はぁっ…」
ぴちゃぴちゃと絡める音が耳に届いてまた、身体を火照らせる。まるで快楽にキリが無いとでも言うように。そう、快楽にキリがない。
幾ら全てを否定しようとしても、この身体から湧き上がる快楽の波は止めることが出来なかった。
自分がどんなに否定しても、浅ましいまでの欲求が今まざまざと見せつけられていた。霧島の手で、霧島の舌で。そして霧島の言葉で。
「…あぁ…はっ……」
こんな自分は知らない。こんなメス猫のように発情している自分は。こんな自分は、知らなかったのに。でも。
「…きり…しまっ…あぁ…」
でも今は、この快楽に溺れたい。何もかもを忘れてこの快楽に溺れて全てを忘れたい。
もう、戻れないのかもしれない。
愛しているぜ。
…うん、俺も京一。
誰よりもひーちゃんだけが。
…俺も、お前だけ。
ずっと一緒にいよう。
…もう一緒にいられないかも…しれない……
「あああっ!!」
喉を仰け反らせ、自らの欲望を吐き出した。視界が一瞬真っ白に染まってゆく。
その白く染まる意識の中で霧島の瞳だけが光っていた。
何処か、何処か壊れたように。壊れた瞳で俺を見つめていた。
「愛しています、先輩」
…愛?…愛ってなんだ?大切に護って互いを慈しみ合う事じゃないの?
傍にいて優しくする事じゃないの?
「僕だけの、先輩」
誰にも見せずに誰にも触れさせない。それが愛なの?
自分だけのものにする事が、それが愛なの?
…ならば…俺は……
「…京一……」
その名を、呼んだ。愛するその名を。
大切な人。護りたい人。誰にも渡したくない人。誰にも触れさせたくない人。
ああそうか。そうか、これが愛なのか。
愛しているから大切にして、愛しているから誰にも渡したくない。
慈しみと独占欲と、これが。これが愛の正体なのか。
…これが…愛……
「呼ばせない。もう二度と。貴方が呼んでいいのは僕の名前だけだ」
壊れている。何もかもが壊れている。俺も、壊れた。
快楽の波に溺れ、ただのメス猫になった。何処にも戻れない場所へと堕ちた。
「…先輩…愛してます……」
そう言って目の前に突き出されたナイフを俺はひどく冷めた瞳で見つめた。
…霧島…お前を壊したのは…俺なんだな……
その冷たい刃先を見つめながら、俺はひどく穏やかな気持ちになっていた。
理由は分からない。けれども。けれどもただ。
ただ霧島が可愛そうだと。可愛そうだとそれだけを、思った。
愛している。愛している、愛している。
大切だから、このまま。このまま綺麗なまま。
永遠に。永遠に僕だけのものに。
愛している、から。
End