さよならが、言えない。
―――俺たちは、決して離れられない。
どこへも、行けない。過去へも、未来へも。
だから『ここ』にいる。
俺たちは生まれてから死ぬまで、ずっとふたりで。
ずっと独り、だった。
絡めた指先を離す時は、互いの肉体が滅びたときだと、決まっていた。
「僕が生きている理由?それは、龍麻が生きているからです」
彼の漆黒の瞳は、鋭く尖った視線を向けたままそう言った。その全てを傷つけずにはいられない、刃物のような視線で。
「それ以外に何があると言うのですか?」
彼は生まれながらの刃物だった。鋭い視線と全てを拒絶する、硝子細工で出来たナイフ。尖って傷つけるその刃先は、けれども脆く崩れやすい。
「僕はそれだけの為に生きています」
触れる者全てを傷つけて、そして自分が傷ついて。傷ついてぼろぼろになって壊れるしかない。それでも。たった一人の人間の鎖に、自ら繋がれている。
どうして、俺たちはこんなにも近いのだろうか?
「…壬生……」
絡め合った指先からは、互いの体温が伝わるけれども。その唇が、肌が、触れ合う事は無い。
「泣かないで、龍麻」
こんなにも近くて、こんなにも遠いふたり。誰よりも互いを必要として、誰よりも互いを想っているのに。
「…泣かないで……」
何でも出来る。互いの為にらば。『死』さえもたやすく差し出せる。けれども。
「…どうして俺たち…こんなにお互いが…大切なんだろうね………」
けれども、互いの体温を知らない。心臓の鼓動を知らない。肌の温もりを…知らない。
「……こんなにも…大切なのに……他に何も望まないのに…どうして……」
「死ぬまでは、ずっとふたりでいよう」
――――どうして俺たちは、愛し合えない?
心も魂も何もかも、きっとふたりはひとつだった。
「私はずっと、貴方が憎かった」
どうして、こんなにも愛しているのに。身体も、心も、捧げたのに。
「誰よりも憎かった。殺してやりたかった」
誰よりもあの人を求めた。何もかも欲しくて。あの人の全てを自分だけのものにしたくて。
「…ごめんなさい…でも僕たちは離れられない……」
恋人よりも親友よりも、もっともっと深い部分で繋がった絆。それを解く事は誰も出来ない。自分たちですら。
「…美里さん…いいえ、菩薩眼の娘…龍麻はずっと貴方を愛していた……」
「でも、貴方を選ぶんのよ」
幾ら愛しても幾ら抱き合っても。愛よりも恋よりも、この絆を選ぶ。
「恋人である私よりも、ただの他人の貴方をね」
恋愛なんて、セックスなんて、誰とだって出来る。そんなもの幾らでも代わりがきく。
でも彼は一人しかいない。誰も彼の代わりはいない。
「この世界でたったふたりっきりになったとしても、僕は君だけは抱かないから」
そんなもの必要ない。愛だの恋だの、そんな安っぽいものはいらない。
「…壬生……」
必要なのは、この指先の温もりだけで。そしてその先にある、たったひとつの真実だけで。
「だから一緒にいましょう。死ぬまで」
互いが互いを必要だと言う、その真実だけで。
「そうだね…美里には、この屍をあげよう…。死んだら全てをお前に…」
だから死ぬまでは、この手を離せない。離す事は出来ない。
「俺が生きているのは壬生の為だから。だから生きている俺を、お前にはやれない。それでは不満か?」
愛しているのは嘘では無い。けれども、そんなものを簡単に捨てられてしまう程、この絆は深く痛い。
「不満ならば俺を捨てればいい。俺は恋愛などはしなくても別に構わないのだから」
恋人以外の全ての『ひと』は、壬生だった。全てが、彼だった。だから。
「それでも美里は俺を愛していると言うんだね」
それを認められない恋人ならば、別にいなくても構わない。
―――そばに、いる。死ぬまでは。
俺たちはずっとふたりで。ふたりだけで。
死ぬまで、ずっと。
さよなら。その言葉だけが、どうしても。
どうしても俺たちは、言えない。
何もかも犠牲にしても。何もかも失っても。
俺たちは、ずっとそばに、いる。
――――世界が閉じるその時まで。絡めた指を離せない。
End