友情と、愛情と。

その瞳を、閉じ込めたくて。

きらきらと太陽の光のように輝く瞳。
強い、真っ直ぐな光。
幾ら手を伸ばしても、幾ら求めても届かないその光。
その光を手に入れたくて。どうしても、手に入れたくて。
自分の腕の中に閉じ込めたくて。

誰にも触れさせたくない。
誰にも見せたくない。
俺だけのものに、したい。

「京一」
その名を呼んで、無理やり唇を奪った。唇を噛んで抵抗してきたが、構わず唇を貪り続けた。
「…やめっ…ひーちゃ…んっ……」
自分の口の端から血が零れるのに気付いた。けれどもそれすらも無視した。ただ今は、今は自分と言う名の物全てで、彼の全身を支配したい。それだけを、思った。
「…んっ…はぁ…」
京一の口許を飲み切れなくなった唾液が伝う。それは自分の血と交じり合って、絡み合った。
「飲めよ、京一」
指でその液体を掬って、京一の口中に含ませた。最初はいやいやと首を振っていたが、顎を抑えて固定してやると諦めたのかその指先を舐めはじめた。
ぴちゃぴちゃと淫らな音だけが室内を埋める。
この何も無い部屋に。自分と彼だけしかいないこの部屋に。

音のない部屋だった。色のない部屋だった。
気付いた時自分はここにいた。
手首を紐で縛られて。足首に鎖を付けられて。
逃げる事が出来ないようにと。
ここは何処だろう?
そう思う前に俺の目の前に現われたのは、無二の親友だった。
…親友…そう思っていたのは俺だけだっのだろうか?
あの激しい戦いを共に戦い、哀しみも喜びも共有してきた俺達。
友情と呼ぶには深すぎる絆を得て、他の何者にも変え難い存在だと。
誰もお前の代わりにはなれないとそう信じて。
誰よりも何よりも、大事に。大切な存在になっていたのに。
…なのに…どうして…?

こうして捕らえられた事よりも、自分の想いを踏みにじられたのが哀しい。

「…何でだよっ…何でこんな事…」
ワイシャツのボタンに手を掛けられ、そのまま脱がされてゆく。縛られた手首は抵抗を奪われて、彼のなすがままにされてゆく。
「…どうしてだよ、ひーちゃん…」
その問いかけは唇によって閉じ込められる。激しい口付けに意識が溶かされてゆきそうになる。手首を戒める紐が無ければ…このまま溶かされてしまうのかも、しれない。
この意識を引きとどめている擦れる紐の感触が、無かったら。
「…んっ…んん…」
脱がされたワイシャツが床に落とされる。それを何故か自分は他人事のように見ていた。

太陽の、瞳。
何時も光だけを吸収して真っ直ぐに輝く、その瞳。
その瞳に何時しか焦がれていた。
何時しかその瞳を自分だけのものにしたくなっていた。
誰にも見せたくなかった。
誰にも渡したくなかった。
眩しいその光を俺だけの道しるべにして。
俺だけの太陽にしたかった。

焼けた肌。日差しの匂いのする、褐色の肌。
「…あっ…やめっ…」
胸の突起に指を触れると、京一の身体がぴくりと跳ねた。その反応を確認して龍麻はゆっくりとその果実を口に含んだ。
舌先で転がしながら、時々歯を立ててやる。その度に京一の口からは堪え切れずに甘い吐息が零れ落ちた。
「…やだっ…ひーちゃん…はぁ…」
日差しの、匂い。陽だまりの匂い。強く激しいその光。焦がれて焦がれてどうしようもなく焦がれて。そしてこうやって手に入れた。
例えそれが彼をその場所から堕とす事になっても。例え彼を光から地上へと堕とす事になっても。それでも。
それでもどうしようもない程、欲しくて。
例え彼を穢しても、自分だけのものにしたくて。
「…あぁ……」
目尻から零れる涙は屈辱の涙なのか、それとも快楽の涙なのか?どちらでも構わない。どちらでも、いい。
ただ自分の為に、自分の手によって、彼が涙を零してくれるのなら。
「…京一…」
名前を、呼ぶ。すると彼が重たい睫毛を開いた。そこに映し出された顔が自分だけだと言う事にどうしようもない程の喜びを感じた。
「…何で…だよ…ひーちゃん…」
「どうして?何で聞くの?」
「…分かんねーよ…俺達親友じゃなかったのかよ…それなのに…何でこんな俺を…」
「親友?俺はそんな風に思った事はなかった」
その言葉に京一の身体が目にも分かる程に震えた。親友…その言葉にどれだけの重みを彼は感じていたのか?どれだけの価値を見出していたのか?
「親友なんて生易しいモンじゃない。俺にとってお前は…そんな言葉では片付けられない」
「…ひーちゃん?…」
「…誰にも…お前を渡したくない…」
それ以上の言葉を、想いを告げることはしなかった。再び唇を塞いで、全ての言葉を閉じ込めた。

綺麗な想いだけで、生きてゆければよかったのかもれない。
そうしたらお前と俺は永遠にあのまま。
あの夏の眩しい日々のまま、永遠の想い出を閉じ込めて。
閉じ込めて、綺麗なままで。
綺麗なままでいられたのかもしれない。
でも、もう自分の想いは戻れない所まで来ていた。
…もう何処にも戻れない所まで……

綺麗なだけでは生きられないほどに、俺は『人間』だから。

「…ひいっ!」
男を受け入れた事の無い場所は無理やり突っ込まれた異物に悲鳴を上げる。けれども龍麻は挿入を止めようとはしなかった。
京一の媚肉は異物を排除しようとして蠢くが、それが逆に龍麻自身を締めつける結果になってしまう。
「ああっ」
中々進めない京一の中をあやすように龍麻は、前に手を掛けた。無理な侵入で一度は縮こまってしまったそれだったが、龍麻が愛撫する事によって再び形を変化させた。
「…はぁぁ…ああ……」
何時しか拒んでいた内部が龍麻を受け入れ始める。それを確認してゆっくりと龍麻は腰を使い始めた。
「…あぁ…やぁ…動くなっ…」
「痛い?京一」
龍麻の問いかけに、京一は気付いていたのだろうか?ただ首を左右に振るだけで、それは分からなかったけれども。けれどももう構わなかった。
「…動くな…気が…変に……」
もうどうでもよかった。この自分の腕の中に居るのが他でもない京一で、そして自分が彼を抱いているのだと言う事実さえあれば。
「…へんに…なっちまう…」
他に何もいらない。何も望まない。今この瞬間だけは、間違えなく彼は自分のものなのだから。今、この瞬間だけは。
「変になっちゃえよ。俺の腕の中で」
「…あああっ……」
…この瞬間だけは…俺だけのもの…だから……。

今だけでいいから、この腕の中に閉じ込めたい。
その焦がれた太陽の光を。
今、この腕の中に。

手首の紐が、何時しか解けていた。
でも俺はもう抵抗することを忘れていた。
ただ今は。
今はその背中に両腕を廻して。
その広い背中に腕を廻して、縋る事しか。
それ以外何も考えられなくなっていた。

…愛していると言ったら…信じてもらえるだろうか?……

あれから何度彼の身体を奪ったのか。
ただ何度も何度も貫いて。
意識を失わせるまで。失っても尚。
俺は求め続けた。
彼への渇望にキリが無いとでも言うように。
…求め、続けた……。

「京一」
名前を、呼ぶ。けれども彼は答えない。意識を失ってしまった瞳には自分を映してはくれなかった。
「…京一……」
それでも名を、呼ぶ。そしてその頬に手をあてた。
柔らかい頬。褐色の滑らかな頬。熱い頬。
「…ごめん…」
何に対して謝っているのか自分でも分からなかった。
ここに彼を閉じ込めたことなのか?こうして無理やり抱いたことなのか?
それとも。それとも彼の純粋な想いを穢してしまった事か?
「…ごめんな…京一…」
このままお前の望むまま『親友』として、隣で笑っていればよかったのか?
そうすればお前は永遠に太陽の下で笑っていられたのか?
…何でもかなえてやりたいと思っていた。
お前の望みは。お前の夢は。お前の希望は。何でも叶えてやりたいと。
けれどもその心の裏でまた思っていた。
お前を誰にも渡したくないと。お前を自分のものだけにしたいと。
どちらも俺にとっては真実だった。どちらも本当の気持ちだった。
「…でも俺は…俺はお前を…」
そしてその気持ちの答えはただひとつ。ただひとつの想いから来ているのに。
どうしてこんなにも矛盾した答えを導くのか?どうして?
「…お前を…愛しているんだ…」
ただそれだけなのに。ただお前を愛しているそれだけなのに。

ぽたりと暖かい雫が頬に落ちる。
その暖かさがゆっくりと胸に染み込んで、そして。
そしてじわりと広がった。

「…俺も…だ…」

その涙の先に気がついて俺は、そっと手を伸ばした。
そしてその頬に触れて。触れて涙を指で掬い取る。
その瞬間、お前はひどく驚いた表情で俺を見つめた。
それは俺が今まで一度も見た事がなかったお前の顔、だった。

「…きょう…いち?…」

そう思ったら無性にこいつに愛しさが込み上げてきた。
愛しているんだと、思った。
想いを裏切られて辛いと思ったのは、自分がそう言った欲望の対象として扱われた事に。
けれども。けれどもその先にお前の真実があるのなら。
…俺は……

「…好きだぜ…ひーちゃん……」

俺は、幸せだと思った。
ああそうか、俺は。
お前にとっての『一番』になりたかったんだ。
友情でも愛情でもどちらでも構わない。
お前にとってかけがえの無い存在に。お前にとっての何よりも大切な存在に。
…俺は…なりたかったんだ…

「…俺も…ずっと京一だけが…」

ぽたりとまた俺の頬に雫が零れた。
そんな子供みたいなお前が嬉しくて、俺は笑った。
何時もお前に向けている笑顔で。
お前しか知らない笑顔で俺は、微笑った。

友情と、愛情と。
どちらでもいい。どちらでも構わない。
ただふたりにとって互いの存在が。
その存在がかけがえの無いたったひとつのものならば。
それだけで、いいのだから。

『これからもずっと一緒だぜ、ひーちゃん』

ふたりで。ふたりで居ることが何よりも大事。
それだけが唯一の、答えだから。




End

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