壊れてゆく、剥がれてゆく。
内側から目覚めた狂気は、もう誰にも止める事は出来ない。
愛している。愛している、愛している。
お前だけを愛している。
誰にも渡したくない。誰にも見せたくない。
誰にも、誰にも触れさせたくない。
俺だけの、俺だけのものだから。
―――俺だけのお前、だから。
口付けは、血の味がした。
「…京一……」
誰よりもお前には太陽の光が似合う。灼熱の、太陽の匂いのするお前の身体。お前の瞳。太陽の光をきらきらと反射させるその瞳。
「…愛している…京一……」
褐色の肌も鳶色の髪も、全部。全部太陽がお前に授けたもの。お前が太陽に愛されている証。だから、俺は。俺は…。
「ひーちゃん…だったら何でだよ……」
俺は太陽にすら、お前を見せたくない。俺以外誰も、見せたくないんだ。
「…何で…こんな事をするんだよっ!」
「何で?どうして分からないの?」
怯えたように俺を見る瞳が許せなくて、もう一度俺はお前に口付けた。今度は。今度は血の味がしない優しい、キスを。
壊れて、ゆく。
お前が壊れてゆく。
その狂気を俺は。
俺は止める事が出来ないのか?
止める事は、出来ないのか?
―――俺には…止められないのか?……
「…ひーちゃん…どうして?……」
ここが何処だか俺には分からない。ただ何もない部屋。何もない場所。そこに俺はこうして閉じ込められた。手足に鎖を繋がれて、こうやって閉じ込められた。
「…どうして…こんな……」
「お前を愛しているから。俺だけのものにしたいから」
そう言ってまたキスされた。そのキスはひどく優しくて今している行為を裏切っている。そう俺を閉じ込めながら、お前は優しいキスを俺にくれる。
「…ひーちゃん……」
どうしてだ?どうしてそんな事を言うのか?俺はお前のものじゃないのか?お前だけのものじゃないのか?
お前がそう言ったのに。お前が『俺のもの』だとそう言ったのに。なのにどうして。どうして今更そんな事を言うのか?
―――初めてお前に抱かれた時、俺はお前のものになったと…そう実感したのに……
「…愛している…京一……」
そしてそのまま俺のワイシャツのボタンを外して、肌に触れる。俺を知り尽くした指が、俺の身体を弄ってゆく。―――イヤだ…こんなんじゃ……
「イヤだっ止めろっひーちゃんっ!!」
俺は手と足をばたつかせて、お前から逃れようとする。けれども手は、足は、鎖に繋がれていて思うようには動けなかった。そして何時しかその動きは封じられる。
「動かないで、京一…傷がつく」
手首を掴んで鎖をずらされた。跡が付いたそこにお前の舌が這わさせる。それは。それは慈しむように優しい。
「…だったら…離せよ…これを…」
「駄目だ、離したら逃げるだろう?」
その言葉に俺は。俺はひどく泣きたくなった。どうしてそんな事を言うのか。俺がお前からどうして逃げると言うのか。お前から、俺が。俺がどうして逃げると言うの?
叫ぼうとして、俺は止めた。こんな風に。こんな風にお前をしてしまったのは他でもない俺だから。俺が、お前をこんな風にしてしまった。俺がお前をこんな風に壊してしまった。
―――他でもない俺が…お前を……。
「…逃げねーよ…逃げねーから…だから外してくれ…そうしないと…」
「お前の背中に手、廻せねーだろう?」
大切にしたかった。
誰よりも大事にしたかった。
それは嘘じゃない。嘘じゃないんだ。
けれどもそれ以上に。それ以上に俺は。
お前を壊しても俺だけのものにしたかったんだ。
―――京一…お前の真っ直ぐな瞳が。
真っ直ぐ前だけを見つめている瞳が。
俺を不安にさせる。
後ろを振りかえることのないお前は、そのしなやかな身体で。
そのしなやかな足で、前を進み続ける。
前だけを、見つめている。
何時しか俺がその場に立ち止まっても。
立ち止まってしまっても、お前は。
お前は俺を振りかえる事なく独りで。
独りで飛び立ってしまうのではないかと。
何時もそんな不安が俺を、怯えさせる。
「…京一……」
俺はお前に言われた通り手首の鎖を外した。その途端、お前の腕が俺の背中に廻る。その言葉は、嘘じゃなかった。
「…ひーちゃん…俺は逃げねーよ…お前から逃げねーよ…」
抱きしめる身体の暖かさ。太陽の匂いのするお前の髪。全部。全部、愛している。愛しているんだ、お前を。
「…逃げねーよ…だから…もうこれ以上壊れるなよ……」
その言葉に俺は気が付いた。―――そうだ、俺は壊れている。
壊れて、いる。
壊されてゆく。
ぱらぱらと俺自身の何かが剥がされてゆく。
それは人間としての理性だったり。
それは人間としてのモラルだったり。
様々なものが剥がされてゆく。
そうだ、俺は。
俺は壊されて、ゆく。剥がされて、ゆく。
「…もう遅いよ…京一…お前に逢った瞬間から…俺は壊れ始めていたんだ……」
…ひーちゃん…だったら…だったら…
俺も壊れるよ。俺も一緒に堕ちるよ。
だから。だからひーちゃん。
この腕をもう捕らえないでくれ。
お前の背中に、廻させてくれ。
―――こうしてじかに、お前を感じさせてくれ……
「…京一……」
「…あっ……」
「愛している、京一」
「…ひーちゃん…ああっ…」
「愛している、お前だけを」
「…はぁ…あっ…ひーちゃっ……」
「お前だけを、愛しているんだ」
「ああ――っ!!」
背中に腕を廻しまま。足の鎖は外される事なく。俺はお前自身に貫かれる。何も準備を施されていないソコにお前の熱い塊が侵入する。
ピキっと音がして粘膜が裂けられた事が分かった。そこから血が流れているのが感じられる。それでも。それでもお前は俺を貫くのを止めない。
――――俺もお前の背中に腕を廻すのを…止めない………
壊れてゆく。剥がれてゆく。
現実と言うものが、社会というものが。
理性というものが、モラルというものが。
その全てが壊れて、その全てが剥がされる。
けれども、それは。
それはもしかしたら互いがこころの何処かで望んでいたものなのかもしれない。
―――望んでいたものなのかも…しれない。
だってそこにあるものは。
そこに残されたものは。
ただ純粋な。
純粋な『想い』だけなのだから。
End