小さな、幸せ

何時も一緒にいたい、から。
こうして手を繋いでいる瞬間でさえも。
それさえも、大事。

とても大事な、時間。

「…祇孔……」
名前を呼んで、みる。するとお前はそっと笑ってくれた。
「どーした?先生」
柔らかい、声。この声を知っているのが自分だけだと言う事が。その事が、何よりも幸せ。幸せでそして、大切だから。
「何でもないよ、ただ…ただ名前、呼んでみただけ」
「変な先生だぜ」
くすっと一つお前は笑うと、その節くれだった指が俺の鼻を軽く摘んだ。ちょっとむっとして見上げるとまた、お前は笑った。
この笑顔が見たくて俺は。俺は何時も子供じみた事ばかりしている気がする。
お前の全てを包み込んでくれるこの、優しい笑顔がみたいから。
「先生、ほっぺたやわらけー」
拗ねて膨れた頬にお前の大きな手が全てを包み込んだ。少しだけひんやりとした、でも何よりも安心出来るお前の手。この手があれば俺は何も怖くは無い。
「へへっ虐めてやるぜ」
「わっ止めろっ祇孔」
思いっきり頬を引っ張られて、少し痛かった。そして手が離れたと思ったらそのまま抱きしめられた。
広い、腕。小さな俺の全てを包み込んでくれる優しいその腕。
…大好きな、お前の腕の中……
「先生って暖ったけーな」
「体温が高くて子供みたいだって言うんだろう?」
「んな事、言わねーよ。湯たんぼみたいで抱きごこちがいいなーって」
「…ふんっ言ってろ……」
「拗ねた顔も可愛いぜ、先生」
そう言ってお前はまた、笑うから。俺は全部許してやる事にした。

昔は凄く『他人』が羨ましかった。
自分には無いものをいっぱい持っている他人が。
でも。でも今は。
貴方がいるから。貴方がいてくれるから。
僕はもう羨ましいと思う事はなくなった。

「相変わらず仲がいいですね。あの二人は」
少し離れた所で龍麻と村雨を見ていた壬生は口許に柔らかい笑みを浮かべながら言った。初めて逢った頃の彼からは想像出来ない程の、優しい笑顔。彼を覆っていた冷たく凍っていたものが剥がれて、そして。そして最期に残った剥き出しの、子供のような笑顔。
生まれたての、子供のような無垢なその笑顔。
「僕等だってふたりに負けないくらい仲がいいだろう?」
そっと如月は壬生の指に自らのそれを絡めると、その手を包み込んだ。一瞬だけ壬生の指がぴくりと震えたが、次の瞬間全てに安心したかのようにゆっくりとそれは解けていった。
…解けて、ゆく。指先も、心も。
「改めて言われると…少し恥かしいですね」
少しだけ、ほんの少しだけ壬生の身体が如月へと傾いた。そんな彼に如月はひどく優しく微笑うとそっと自分の方へと引き寄せた。
「君は何時までたってもそう言った事に慣れてないね…そこが、好きだけど……」
「…貴方がそう言ってくれるなら僕はずっと慣れなくても…いいです…」
「紅葉」
「はい?」
顔を上げて如月を自らの瞳に映した瞬間、壬生の唇は塞がれた。その綺麗な顔を瞼の奥に焼き付けながら。焼き付けながらそっと。そっと、キスをする。
「…やだ…誰かが見ている…かもしれません……」
「見られてもいいよ。紅葉は僕のものだって、自慢するから」
「自慢、するんですか?」
「ああ勿論。僕だけの綺麗な恋人」
「………」
あまりにもストレートに言う如月に、壬生は耳まで真っ赤になって俯いてしまった。
…本当に…このひとは……
でもこの揺るぎ無い言葉が、何よりも真っ直ぐな瞳が。その全てが壬生を安心させる。その全てが自分に『絶対』をくれる。
このひとだけが、自分にそれを与えてくれた。
「如月、さん」
「何?紅葉」
「幸せって本当に身近な所にあるんですね」
「気付かなかったかい?」
如月の言葉に。壬生は微笑う。本当に生まれたての子供のような、笑顔で。そして。
「貴方に逢うまで、気付きませんでした」

「あー如月、壬生――っ!!」
やっと自分達の存在に気付いたのか、龍麻が笑いながら手を振って来た。隣にいた村雨は見つかったのが照れくさいのか、妙な表情をしていた。それが何だか少し、可笑しかった。
「やあ、龍麻に村雨。相変わらず仲がいいな」
「それはこっちのセリフだろーが」
「…あ、その…こんにちは」
「こんにちわー」
戸惑いながら挨拶する壬生に、無邪気に龍麻は返答した。何処にいても誰といてもその中心で、弾ける光のように笑っている彼。
そんな龍麻だからこそ、皆彼を護りたいと。彼を護らねばと心に誓っている。
「ねえねえ二人もデート?」
「ああ」
その言葉に全身で真っ赤になった壬生と、あっさりと答える如月がひどく対照的で可笑しかった。全く逆の二人だが、そうしてふたりでいる事が自然に見えるのは…村雨の気のせいじゃないだろう。
まあ、それ以上に自分達だって自然に見えると自負しているが。
「君たちはこれからどうするつもりだい」
「とーぜん先生とふたりで甘い時間を過ごすんだぜ。羨ましいだろう?」
「ふ、僕等だって君らには負けないくらい甘い時を過ごすさ…紅葉」
如月と村雨の言葉に。壬生と龍麻は目を合わせて少しだけ困ったような表情を浮かべて。そして。
そしてふたりで、笑った。

幸せって、こんなにも近くにあるんですね。
手を伸ばせばそこに。
そこに簡単に、触れられる。
貴方がいて僕がいて。
そして大切な仲間達がいる。
当たり前の日常になっていくこの時間が。
何よりも大切な、かけがえのない幸せ。

何時も一緒にいたいから。
お前とずっといたいから。だから。
我が侭も子供の自分も全部見せる。
だってそれは全部『俺』だから。
俺の全部をお前に見せるから。
だからお前も全部。
全部俺に、見せてくれるよな。

ふたりでいる事が、とても。とても大事な時間。

「たまには四人でどっかいこうよ」
「そうですね。大勢も楽しいかもしれませんね」
「しゃねーな先生の希望なら何処へでも付き合うぜ」
「ふ、僕が紅葉の望みを叶えない訳ないだろう?」

…小さな、小さな、幸せ。
でもとても大切なもの。大切な大切な、宝物。




End

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