snow white
どちらが先に、気付いたのだろうか?
視線が絡み合った瞬間を。見つめあった時間を。
どちらが先に、気付いたのか?
気が付いてそして、言葉にして。
言葉にして、触れ合って。
…触れ合った指先が導くものは。
……いったい、なんだろうか?………
夢から覚めたみたいに、切ないのはどうして?
「俺が、好き?」
見上げた先の瞳の強さと優しさに、ひどく胸が苦しくなった。苦しくて、泣きたくなった。
「好きだよ、ひーちゃん」
胸に響くその声と。そっと抱きしめてくれる腕と。その全部を。
「誰よりもひーちゃんが、好きだよ」
全部を、自分だけのものにしたくて。どうしたら自分だけのものに出来るか、何時も考えていて。だから。
「俺も京一が、大好き」
だからこんなにも言葉を、求めてしまう。それしか出来ないから。それ以外の方法を、自分は知らないから。
「うん、ひーちゃん。分かっているよ」
不器用な指先で髪を撫でてくれた。不器用な仕種で口付けをくれた。それが、嬉しくて。
「俺もひーちゃんが、大好きだから」
嬉しくて少し、泣きたくなった。
そっと指を絡めて、みた。
すると大きくて節くれだった指が、自分を包み込んでくれた。
その指先の暖かさに。
全て溶けてしまえたらと、思った。
こんなにも、お前が好きだ。
窓の外からしんしんと雪が降っている。その音がひどく遠くから聴こえた。
「寒くねーか?ひーちゃん」
「…ううん…ここは、暖ったかい……」
どんな場所よりもここが。京一の腕の中が暖かいと、自分は知っている。そしてそれ以外の場所を自分は知らない。いや、知らなくてもいい。
…それだけを…自分が、分かっていれば……。
「…暖かい…京一……」
瞼を閉じて胸に頬を寄せる。するとその頬を暖かい手が包み込んでくれた。それだけで子供みたいに安心出来るのは、どうしてだろう?
「このままずーっとこうしてひーちゃん抱いていたい」
耳元に囁かれる言葉に、睫毛が震える。このままずっとこうしていれたら…それが叶うのならばなにひとつ他に望む事なんてない。
「でもひーちゃんは皆の『ひーちゃん』だからな。俺が独りいじめする訳にもいかねーよな」
冗談っぽく笑う彼の顔が見たくて目を開けた。けれども笑っていたのは声だけだった。瞳は、恐いほどに真剣だった。
「俺だけのものでいてくれなんて…言えねーよな……」
「京一だけのものだよ、俺は」
冗談ですまそうとする彼。けれどもその言葉の後ろの本音が見えたから。だから…
「京一だけが俺を独りいじめしていいんだ」
「でもひーちゃんは『黄龍の器』だ。だから、俺だけのものには出来ない」
その言葉に傷ついたのは、彼か自分か。いやどちらも傷ついている。そしてどちらも分かっている。自分がそれを捨てられない事を。そして捨てられない自分を、彼が一番分かっている事を。それでも。それでも…。
「でも『俺自身』は、京一のものだ」
「…ひーちゃん……」
「確かに俺は黄龍の器だ。その運命からは逃れられない。けれども…。けれども俺自身は京一だけのものだから」
この自分の身体と器が運命のものならば。この自分の心と魂は自分だけのものだ。だから。
「だからお前が独りいじめしていいんだ」
その言葉に彼は笑った。それは太陽のように暖かくて眩しい笑顔で。そして全てを包み込んでしまう程、優しい瞳で。だから。
「京一だけのもの、だよ」
だから、自分は。
「ひーちゃん……」
「…ありがとう…ひーちゃん……」
その言葉を実証するように。彼の唇が自分のそれに降りてくる。
瞼を閉じて、それを受け入れた。
……泣きたくなる程幸せだと…思った………
何時も何処かで脅えていた。
幾ら俺を好きだと言ってくれても。
この腕の中に居てくれても。
お前は黄龍の器だから。
運命がお前を選んで、そして。
そして俺の腕の中から連れていってしまうんじゃないかって。
何処かで脅えていたんだ。
お前が俺の前から、消えてしまうんじゃないかって。
…でも……
…お前の心が俺を選んでくれると、言ったから……
「…雪、積もるかな?……」
耳に聴こえる雪の降り積もる音。でもその音は彼の声の前ではかき消されてしまう。優しく降り積もる、お前の声で。
「積もったら遊ぼうぜ」
「くすくす、京一子供みたい」
「そーだよ俺はまだ子供だよ。だから」
「…だから?…」
「ひーちゃんを独りいじめしたいって、我が侭ばっかり言っているんだ」
視線が、絡み合う。瞳が、見つめあう。そして。
そしてふたりで、笑った。
ばかみたいにいっぱい笑って。そして。
そしてキスをした。
いっぱい、いっぱい、キスをした。
ずっと一緒にいれたらいいねって、心の中で願いながら。
…夢から醒めないようにと…祈りながら……
End