ONE
貴方の、いない夜。
独りで眠るベッドは広すぎて。
このシーツの波が、独りでは泳ぎきれなくて。
今まで独りで生きてきたのに。今まで独りでやってきたのに。
どうして、どうして今になって。
今になって独りが、独りが淋しいの?
貴方が傍にいてくれる事に、慣れてしまった自分。
窓から差し込む月明かりが、恐いほどに綺麗だった。
全身に降り注ぐ冷たい程に綺麗な蒼い光。まるで貴方の瞳のよう、だった。
「…如月…さん……」
思わず呟いた先の声の切なさに、壬生自身が驚いた。こんな声を自分が出してしまう程に。
一週間。一週間貴方がいないだけだ。たったの一週間。
それなのに、それなのに自分はどうしてこんなに切ないの?どうしてこんなに淋しいの?
今までずっと独りで生きてきたのに。今までずっと誰の手も借りず、誰にも頼らずに。
そうやってずっとずっと永い時を過ごしてきた筈なのに。たった一週間貴方に逢えないだけで、こんなにもこころが苦しいのは。こんなにも胸が痛いのは。
「…貴方が僕を…甘やかすからですよ……」
何時も傍にいてくれる、から。何時も優しくしてくれる、から。今まで僕が与えられなかったものを貴方は僕にいとも簡単に差し出してくれた。他人からの愛情。無償の愛情。それを貴方は僕にくれた。僕の空っぽの心を貴方の愛だけが、埋めてくれた。
それは僕が今まで知らなかったもの。今まで触れたことがなかったもの。それを。
それを貴方だけが、僕にくれた。
何時しか貴方の存在が、僕にとって当たり前になって。まるで空気のように触れ合える場所に何時も。何時も貴方の存在が、あるから。
こんな風に独りで眠るのが、貴方がとなりにいないのが、どうしようもない程に淋しい。
貴方の普段愛用しているワイシャツに袖を通した。自分でもバカみたいな事をしていると思う。
それでもこうしていると少しだけ淋しさが紛れる、から。
涼しげな香りが微かに鼻孔をくすぐる。貴方の、匂い。貴方の、香り。こうしていると貴方に包まれているみたいだった。貴方に抱きしめられているみたいだった。
「………」
素肌の上にまとわり付く布の感触が、貴方に触れられているみたいだった。直接貴方に、触れられているみたいで。
…まるで貴方に…抱かれている…みたいで……
「…如月さん……」
壬生は恐る恐る手を伸ばして、自分の鎖骨に触れた。普段、如月が自分にするように。するようにそっと触れてみた。
「…あ……」
指先でそのくっきりと浮かび上がったラインを辿ると、そっと指を滑らせてゆく。そして偶然辿り付いたとでもいうように、自らの胸の果実に触れた。
「…あんっ…」
人差し指と中指でぎゅっと摘み上げると、そこは待ち構えていたとでも言うようにぴんっと張り詰める。熟れた果実のように赤く。
「…あっ…はん……」
指の腹で転がしながらもう一方の空いている方の手を、身体中に滑らせた。脇腹に辿り着いた途端、的を得たように壬生の身体がぴくんっと跳ねた。
「…あぁ……」
何時も貴方はここを執拗に攻める。自分が弱いと知っているから。何度も何度も指を滑らせて、そして滑らかな舌が辿ってゆく。
「…如月…さん……」
ワイシャツはそのまま脱がずに、壬生は下半身を曝け出す。ズボンと下着をそのまま脱ぎ捨てると、わざと焦らすように自らの太股に触れた。
「…んっ…」
指で胸をいじりながら、もう一方の手で敏感な内股を撫で上げる。その白い腿は何時しかほんのりと紅く染まっていた。
「…ああっ……」
堪えきれずに壬生は自分自身に指を絡めた。そこは先ほどの愛撫によって充分に形を変化させていた。
「…はぁ…ああ……」
片手の愛撫でだけでは耐え切れなくて、壬生は胸をまさぐっていた指もそこに絡める。両の手で包み込むようにそして時に激しく、これを弄繰り回した。
「…あぁ…ん…如月…さ…ん…」
それでも。それでも足りないと。足りないと、思った。幾ら指でそこに触れていても。
「…如月…さんが…欲しいよ……」
そのまま壬生はベッドの上に崩れ落ちる。そして顔をシーツに埋めながら、獣の姿勢を取った。そして一番自分の恥ずかしい部分をわざと月下の下に曝け出す。
そこは、そこは刺激を求めてひくひくと切なげに震えていた。
前だけの刺激ではイケない身体がもどかしかった。何時しかその先にある快楽を知ってしまった身体が、じれったくって。
「…くぅ…んっ……」
自らの指を口に含んで舌で濡らす。ぴちゃぴちゃと舐めるたびに音がして、壬生の羞恥心と快楽を同時に煽った。そして十分に湿らせると自らのそれを最奥へと埋める。
「…くふぅっ……」
入れた瞬間身体が強ばったが、後はスムーズにそこは指を引き入れた。それどろか逆に与えられた刺激を逃さないようにと、きつく締め付けてくる。
「…くんっ…あ……」
生き物のように蠢く内壁。それを掻き分けて中を乱す指。けれども。けれども欲しいものは、もっと。もっと……
「…あぁ…はぁ…如月…さ…ん…」
もっと巨きくて、もっと硬い。もっと熱くて、もっと激しい。
「…如月…さん…如月さ…んっ……」
指なんかじゃ、足りない。こんなんじゃ、足りない。もっともっと自分を掻き乱して、そして。そして壊して欲しい。もっと、めちゃくちゃにして欲しい。
「…きさら…ぎ…さん……」
…貴方に、めちゃくちゃにして…欲しい……
「ああっ!!」
その声と同時に壬生のそこから白い液体が飛び散る。それは所々に跳ねて、如月のワイシャツさえも汚した。
…足りない、と思った。
一度は果てた筈の身体は、けれどもまだ満たされてはいなかった。
分かっている。原因は分かっている。
幾ら自分自身で慰めても、この身体の疼きを止められない事は。自分自身が一番よく分かっている。
「…ワイシャツ…汚してしまいましたね……」
貴方の涼しげな香りに自分の欲望の匂いが混じる。それは貴方を穢しているみたいで嫌だった。そして貴方と交じり合えたみたいで嬉しかった。
壬生は舌を伸ばして、ワイシャツについた自分のそれを舐め取った。まだ生暖かさの残る液体が口の中に広がる。
「…如月さん……」
名前を呼んでもどうにもならないと分かっていても、壬生はもう一度名前を呼んだ。
ただそうする事でしか、貴方の存在を感じる事が出来ないから。
そうする事でしか、貴方を想う事が出来ないから。
だから名前を、呼ぶ。繰り返し繰り返し、貴方に届くように。
貴方にこの声が、届くように。
その声を聴くのは、冷たい月だけ。
ただ自分を静かに見下ろす、蒼い月だけ。
それだけが。それだけが自分を見つめていた。
この淫らで哀れな行為を。
この蒼い月、だけが。
そのままシーツの波に堕ちた。
貴方の残像を瞼の裏に思い浮かべながら。
せめて夢の中でだけでも貴方に逢えるように。
貴方のワイシャツを抱きしめながら。
そのまま僕は目を閉じる。
次の瞬間に目を開けたら、貴方に逢えるようにと祈りながら。
TWIN
目覚めた瞬間に、貴方の優しい笑顔。
柔らかい指先が髪をそっと撫でている。その心地よさにしばらく僕は目を開けるのを躊躇った。今のこの優しさを壊したくなくて。
…くれ…は……
けれどもそれ以上に。それ以上に優しい声が僕を呼ぶから。
呼ぶから僕は、ゆっくりと。ゆっくりと目を開いた。そこにある眩しい程の光に包まれながら。
「…如月…さん?……」
少しだけ寝ぼけ眼で答える君に、僕はどうしようも無いほどの愛しさを覚えた。だから僕は目覚しの代わりに君の瞼に口付ける。
「ただいま、紅葉」
そう言うと君は一瞬、子供のような無邪気な笑顔を僕に向けた。無心で喜ぶ君の笑顔。それが。それがどうしようもなく僕は嬉しくて。
「…お帰りなさい、如月さん……」
僕は今度は自分の気持ち全てを込めて、君に口付けた。全ての想いを、込めて。
幻じゃないと確認するかのように、壬生の手が如月の頬に触れる。指先に伝わるのは暖かい体温のぬくもり。そしてそれに安心する前に如月の手が壬生の手を包み込んでいた。
「ごめんね一週間も独りにさせて」
そう言われて壬生は必死で首を横に振った。貴方のせいじゃない。今まで独りで生きて来た自分なのに。それなのに今更一週間くらい貴方がいないだけなのに耐えられなかった…耐えられなかった自分の弱さがいけないのだから。
「…淋しかった?」
けれどもそんな壬生に如月はとびっきりの笑顔を向けると、そのまま腕の中に抱きしめた。
「…はい……」
聞こえないほどの小さな声で壬生は言った。けれども如月は聞き逃さなかった。絶対に如月は壬生のどんな言葉も聞き逃さない。どんな無言の声も聞き逃したりはしない。
「僕も淋しかったよ、君に逢えなくて」
そう言って再び降りてくる如月の唇を。壬生は瞼を震わせながら受け入れた。
「…紅葉……」
耳元で低く囁かれて、壬生はまた瞼を震わせた。そんな様子をくすりとひとつ笑って如月は見守ると。
「夜も独りじゃ淋しかったの?」
如月は何時の間にか手にしたワイシャツを壬生の前に出した。そのワイシャツは、昨日月の下で独り。独りで自分を慰めていた時の…。
あの時の醜態を思い出して壬生は耳まで真っ赤になる。如月のワイシャツを身に纏いながら、独りで自分の身体を慰めていた。如月の名前を呼びながら、自分の指だけでイッてしまった自分。
そのワイシャツに残る染みが自分がどんな行為をしていたか、如月には一目瞭然だろう。
「でも僕も淋しかったよ。君を抱けなくて」
「…如月さん…でも…僕は貴方のワイシャツを汚して…」
「ワイシャツなんて構わないよ。幾らでも新しいのを買えばいい。でも君は」
如月の腕が壬生の首の後ろに廻ると、そのままベッドへと押し倒した。そして首からゆっくりと背骨へと指を這わす。
「君は独りしかいない。誰も代わりにはなれないよ、紅葉」
「…あっ……」
不意に胸の果実を口に含まれた。それだけでびくんっと壬生の身体が震える。軽く歯を立てて噛んでやると、耐え切れずに壬生の口から甘い息が零れた。
「…あぁ……」
待ち望んでいた手、待ち望んでいた舌。それが自分に触れている。自分の全身に触れている。それだけで。それだけでどうしようもない程に嬉しくて。
舌が指が全身を滑る。脇腹に歯を立てられる。そこは如月が開発した壬生の最も弱い部分だった。それを知っているのは、自分と如月のみ。ふたりだけの共有の場所。
「…はぁ…あぁ…」
背骨のラインを辿っていた指が偶然辿り着いたとでも言うように壬生の最奥の部分に触れる。入り口を指で滑らせただけなのに、そこはひくんとなった。
「…あっ…」
ずぷりと音を立てながら指が侵入する。細くて長い如月の指。この指だけが自分を、自分を乱してむちゃくちゃにしてくれる。この指だけが。
「…あぁ…んっ…あん……」
「紅葉、前に一度も触れてないのにもうこんなになってる」
「…ああんっ…」
如月の言葉通り壬生のそれは、一度も直接指を触れていないにも関わらず、十分な硬度を持ちはじめていた。
「そんなに僕が欲しかったんだね」
わざと足を広げさせて、壬生自身を視界に曝け出させる。如月の視線がまるでそれを愛撫するかのように見つめていた。
「…やぁ…駄目…見ないでっ…」
そのあまりの羞恥さに壬生は嫌々と首を振った。けれども如月は構わずにそのままにさせると。
「でも僕もこんなにも君を求めているんだ」
壬生の手を掴んで自分自身に触れさせた。それは如月の言葉通りに、硬くて巨きかった。
どくどくと脈を打つ、熱いモノ。壬生がずっと、ずっと求めていたもの。これが欲しくて、欲しくて。どうしようもない程に求めていた、もの。
「…如月…さん…」
「僕もずっと君が欲しかったんだ」
ずっと、自分が待ち望んでいたもの。ずっとずっと。
「…来て……」
「…紅葉…」
「…僕もずっと…ずっと貴方を待っていた……」
「ああああっ」
指とは比べ物にならない熱い塊が壬生の中に捻じ込まれる。その巨きさと硬さに壬生の内壁は悦びを隠そうとはしなかった。
痛い程にそれを締め付けて、そして肉壁は淫らに絡み付く。やっと満たされたその場所が。
「…紅葉、きついよ」
「…あああ…あぁ……」
動かす前にその締め付けだけで如月はイきそうになる。そして壬生も。壬生も満たされた悦びだけで先端に先走りの雫を零していた。
「このまま出してもいい?」
如月の問いに壬生はこくりと頷いた。自分自身がもう限界に来ていたので。限界に、来ていたので。
「あああっ!」
壬生の体内に熱い液体が注ぎ込まれる。それと同時に壬生も自分の欲望を吐き出した。如月の顔にそれが跳ねたが、一度流れ出した欲望を止める事は出来なかった。
「…あ…如月さん…顔に…」
一度欲望を吐き出しても互いに満足する事はなかった。まだ。まだ身体は心は互いを求めている。求めて、いる。
「…紅葉……」
貫かれたままで壬生は上半身を起こして如月の頬についたそれを舐めた。無理な体勢をしたために中にある如月自身をまた締め付ける事になる。再び体内の如月自身が自らを主張しはじめた。
「…んっ…んん…」
そしてまた熱くなる如月に壬生自身の欲望が浮上する。舌で舐めるその音ですら、快楽の火種を助長するだけだった。
「紅葉、このまま動かしてもいい?」
上半身を起こしたままの向かい合った姿勢で、如月は聞いてきた。今までこんな体勢で抱き合った事はなかった。けれども。けれどもこうやって互いの顔を見つめながら抱き合うのも…いいかもしれない…。
「…はい…」
その言葉を聞くと如月は壬生の細い腰を掴むと、そのまま上下に動かし始める。その激しさに耐え切れずに壬生は如月の背中に爪を立てた。
「…あああ…あ…」
「紅葉、君の中は熱いよ」
「…はぁ…あぁぁ…あん…」
背中に爪が食い込む。そしてそこから血が流れたがもうどうでもよかった。このまま互いを貪り続ける事だけが、今の全てになる。
「熱くて、蕩けそうだ」
その言葉を合図にふたりは二度目の絶頂を迎えた…。
ずっと、待っていた。
貴方だけを待っていた。今まで独りで生きてきて淋しいなんて思った事など一度も無かったのに。
それなのに貴方に出逢ってから。貴方に出逢ってから。
何時も何処か淋しくて。貴方がいないと、淋しくて。
今まで独りで生きてきた長い間よりも、貴方と出逢ってからの短い間の方が僕にとって。
僕にとっての『生きている』時間になる。
…貴方と共に過ごす、時が……
「…洗濯、しないと…」
ぐちゃぐちゃになったシーツを見ながら壬生は呟いた。そんな彼に如月は綺麗に微笑って。
「いいよ僕がするから。君は今日一日ゆっくりしていてくれ」
「でも」
「無理させたからね。立てないだろう?」
「……どうしてそんなコト言うんですか?……」
上目遣いに見つめてくる壬生の顔がどうしようもない程可愛くて。可愛くて、どうしようもない程に愛しいから。
「君のことは僕が一番分かっているからね」
と、言って。そう言って如月は壬生にキスをひとつくれた。
「だから君の気持ちを一番僕が分かっているよ」
そんな風に言ってしまえる如月が少しだけ憎らしく思いながらも、それでも当たっているから否定出来ない。でも悔しいから。悔しいから自分も言い返す。
「僕だって、如月さんの事を一番分かっていますから」
ふたりが一緒にいる事。
それが。それが、全て。
他に理由なんていらない。それだけが、全て。
ふたりでいれば淋しさえも、喜びに代わるから。
End