存在

…貴方に逢う為だけに、生まれてきたと。

自分が生まれてきた意味を。
この命の鼓動が動いている理由を。
その訳を、その答えを。
…知りたかったから……。

貴方に逢えて、よかった。

「随分と遠くまで、来てしまったね」
戻れなくても構わないと思った。もう何処にも戻れなくても。
この繋いだ手を、離さなければ。
「風が、気持ちいいですね」
「…ああ…そうだね、紅葉」
この広い背中を見ていられるのは、幸せ。広くて大きくて優しい背中。この後ろにいるだけで、安心できるから。
全てを護ってくれると、無言で伝えてくれるから。
「でもまだ水は、冷たいね」
振り返って自分を見つめてくれる瞳が、優しくて。優しすぎて、嬉しくなる。
「でも、手は暖かいですよ。如月さん」
「そうだね」
くすりと微笑って、そっと指先に口付けられた。そこから広がるほのかな甘さが、苦しい程に心地よくて。ずっとこうしていて欲しいと思う。
「僕が触れても、震えなくなった」
空いている手がそっと髪を撫でてくれた。綺麗な、指先。こんなにも綺麗な指をしている人を、自分は他に知らない。
「震えていましたか?」
「一瞬、身体が堅くなるんだ。でも今は…」
そのまま抱き寄せられて、唇を奪われる。触れられたその感触に睫毛が震えるのを感じながら。
「でもやっぱりキスは、震えるね」
「…慣れませんよ…こればかりは…」
腕の中でくすくすと笑いながら答えた。昔ならこんな風に笑う事など無かったのに。本当に自然に笑えるようになった。貴方の腕の中で。
「これは、慣れなくてもいいよ」
また唇が降りてくる。それを瞼を閉じて、受け入れた。

この腕の中にあるたった一つの命を。それを、護りたくて。

強く、なりかった。
全てのものから彼を護れるように。
彼を傷つけるもの全てから。全てから、護れるように。
人を傷付けるだけでしかない力だとしても。
その力が君を、護れるのなら。
護れるのならば。どんな物でも受け入れよう。

震える瞼にまた、唇を降ろした。
「…如月…さん……」
自分を呼ぶその声が微かに震えている。それがどうしようもない程に愛しい。
「紅葉、もっとこっちへおいで」
風が彼に当たらないように、より深く腕の中に閉じ込める。彼は素直に腕の中へと収まった。甘い髪の香りがひとつ、鼻孔を刺激する。
「貴方の腕の中が一番、暖かいです」
おずおずと戸惑いながらも、背中に腕が廻される。そして子供みたいにしがみ付いて来た。
「嬉しい言葉をくれるね」
「…本当の事です……」
「最近君は素直だね、そこが可愛い」
「素直じゃない僕は可愛くないですか?」
「ううん、どっちも可愛いよ」
きっと自分はどうしようもない程甘い顔をしている。でもそうせずにはいられない程、彼が愛しいから。そして愛しているから。
「君ならば、どんな君でも可愛い。僕だけの紅葉」
「貴方のもの、ですか?」
上目遣いで見上げてくる彼の顔が本当に可愛くて、つい唇を奪ってしまう。突然のキスに驚きながらも、目を閉じて受け入れてくれた。
「違うの?僕はずっとそのつもりだったけど」
「…そう言ってくれて、嬉しいです…貴方だけが僕を必要としてくれたから…だから僕は…」
「…大事だよ、紅葉。君だけが大事だよ。本当に愛している」
「他に大事なものは無いんですか?」
「あるよ。君を取り巻くその空気とか。君が大切にしている人とか。君の笑顔が見られる場所とか。その全てが…大事だよ」
「…僕も…貴方だけが…大切…」
「…紅葉……」
「貴方だけが、必要。他には何もいらない」
見つめてくる瞳の真剣さに。その言葉が真実だと何よりも雄弁に告げているから。だから。
…力の限り…抱きしめる。その言葉が嘘でないと確かめる為に……

これが恋だと気付いた時。
自分を取り巻く世界の全てが変化した。
永遠の闇の中にいた自分を。
その眩しすぎる程の光で、引き上げてくれた。
だからもう。
もう何も恐くないと、思った。

…貴方だけが…貴方だけが、僕の全て……

「今日はこのまま帰さないよ、いい?」
耳元で囁かれる低い官能的な声に、答える変わりに小さく頷いた。帰りたい場所など…貴方の腕の中だけなのに。
「ここでこのまま君を抱きたいくらいだ」
貴方の背中越しに蒼い月が見える。このままふたり、月の蒼さにさらわれてしまいたいと、思った。
「……いいですよ…如月さん……」
呟くように言った言葉に、貴方の瞳が驚愕に見開かれる。けれども次の瞬間にはどうしようもない程綺麗に、笑って。
「君がそんな大胆な事を言ってくれるとは思わなかった」

四月の海は未だ冷たかった。けれども互いの身体の熱がその冷たさを忘れさせた。
「…はぁっ…ん」
砂浜に服を脱ぎ散らかして、そのまま抱き合ったまま海に入った。このまま水の中で絡み合って、そして溶け合った。
「…あぁ…」
胸の果実に歯を立てると、甘い吐息が頭上から零れてくる。それをもっと聞きたくて執拗にそこを攻め立てた。
「…きさらぎ…さん…ぁぁっ…」
痛い程に張り詰めたそれは、彼の官能の高ぶりをそのまま伝えていた。その反応に満足すると、指を最奥へと侵入させた。
「あっ…」
一瞬そこは異物を拒否してきゅっと締め付けた。けれども胸に這わした舌のせいで、その抵抗もすぐに違う意味へと変化した。
「…あぁ…ん…」
今ではその刺激を逃すまいと、内壁は指を締め付ける。その抵抗を楽しむかのように指先の抜き差しを繰り返した。
「このまま、いい?」
たっぷりと弄んだ指が引き抜かれた頃には、もう彼は言葉の意味を理解できない程に夜に濡れていた。

「…あああっ……」
指とは比べ物にならない異物感に目眩を覚えそうになった。けれどもそれは一瞬の事で後は彼の作る快楽のリズムを追うのに夢中になっていた。
「…紅葉……」
「如月…さん…あぁ…あ…」
大好きな背中に、爪を立てた。綺麗な背中に傷を付けたくないと思いながら。この背中に傷を付けられるのは自分だけだと思いながら。
…この背中を自由に出来るのは自分だけだと…思いながら……
反り返った喉元に唇が降ってくる。このまま噛みきられても構わないと思った。このまま噛みきられてしまいたいと。そうしたら、幸せだと思った。
「…あぁ…もぉ…だめ……」
「もう少しだけ、我慢して。一緒にイこう」
…一緒に…そうですね…ずっと…ずっと…僕らは一緒だから……

魂さえも、分け合いたい。貴方と。

このまま抱き合っていられたらそれだけで、幸せ。
他に望むものなど何も、無いから。だからこのまま。
…このまま、ずっと……。

濡れた髪、瞳。紅く色づいた肌、頬。そのどれもこれもが綺麗だと思った。
綺麗だと思ったから、余す所無くキスの雨を降らせた。
自分の指が唇が触れていない場所など、何処にも無いように。全てを埋めるように触れて、そして口付けた。
髪先から零れる雫が頬に当たる。それさえも、自分のものにしたくて。
「…紅葉…」
名前を、呼ぶ。答える代わりに彼は自分を見つめ返した。蒼い月の光を反射させた瞳で。
「…紅葉……」
光を反射させた瞳はきらきらと光る。夜の色で。そしてその瞳に自分だけを刻ませる。それが何よりの至上の時。
「君の瞳に月が映ってる、綺麗だね」
「貴方はもっと、綺麗」
微笑う、彼。儚い花のように。そして強い華のように。
「綺麗、如月さん。全部綺麗」
首筋に絡まる細い腕が、耳に掛かる甘い吐息が。再び自分達を波へとさらってゆく。本当にこのまま。このまま永遠にこの瞬間のまま閉じ込めてしまいたいと思った。
「寒くない?紅葉」
「どうして?貴方の腕の中にいるのに。貴方の肌が触れているのに。どうして寒いの?」
「そうだね、僕も寒くない。君の中は熱いから」
「…このまま……」
「このまま?」

「…死んでしまえたら…幸せ……」

もう一度、僕らは抱き合った。
何もかもを忘れて、ただ。
ただ互いが欲しくて。欲しくて、どうしようもなくて。
だから、何も無くなるまで貪り合った。
何も、なくなるまで。
互いの持っているもの全てが。
全てが共有できるように。全てが繋がるように。
抱き合った。これ以外の愛がいらないとでも言うように。

「でも…生きていたい…ずっと貴方を見ていたい……」

海から上がって脱ぎ散らかした服を身に付けた。火照った身体にはまだ布の感触はわずらわしかったけれども。
「如月、さん」
名前を呼ぶ。小さな声で。彼だけに聞えるように。
「どうした?紅葉」
振り返って、そして微笑むその笑顔。その笑顔をずっと、ずっと見ていたいから。見つづけていたい、から。
「少しだけ貴方の後ろを歩く事が好きでした。貴方の広い背中は安心出来るから…。そして貴方は名前を呼べば必ず振り返ってくれるから…でも…」
「でも?」
「こうやって貴方の隣に立てる事も…一緒に歩ける事も、嬉しいです」
「これからは一緒に歩いていこう」
「…如月、さん?…」
一瞬彼は自分の腕時計で時間を確認して。そして不意に手を掴まれて。そして。そして……。

貴方は僕の薬指に、指輪をはめてくれた。

「十二時になったね、おめでとう、紅葉」
「え?」
「君は自分の生まれた日も忘れてしまったの?」
「あ、いいえ…でも…これは…」
「男にプロポーズされるのはイヤかい?」
「…い、いいえ…そんな事…ただ…びっくりして…」
「それならば、良かった」
そう言って彼は、微笑った。それが、それがどうしようもない程嬉しくて。嬉しくて、泣きたくなった…。

神様を信じた事など一度もなかった。
運命は自分で切り開くものだと信じていた。宿命はそれを乗り越えるものだと思っていた。
祈るだけでは何もならないと、何も生み出さないと分かっていたから。
でも。でも、もしも神が存在するのなら。
でも今日と言う日だけは、神に感謝したい。
彼を僕に与えてくれた事に。
そして彼と言うこのたったひとつの命を生み出してくれた事に。
…感謝、したい……。

世界にたったひとつしかない、大切な大切な宝物。
君の、鼓動。君の、瞳。
そして君の、全て。

誰よりも、愛しているよ。

「ずっと一緒だ。これが誓い」
彼の唇がはめられた指輪にひとつ、落ちた。そこから広がる優しさと熱さが全ての真実を伝えてくれるから。だから。
「…はい、如月さん……」
頷いて、彼を見つめ返す。もう瞳を視線を逸らす事はしない。この人の前でだけは真っ直ぐに見つめる事が出来るから。
真っ直ぐにその視線を受け止める事が出来るから。
「ずっと、一緒です」
それが、誓い。魂を分け合ったふたりだけの、永遠の約束。

僕は君に逢うためだけに、生まれてきた。
君の凍えた魂を暖める為にこの腕はあるから。
君の涙を拭う為にこの指はあるのだから。
君の笑顔を刻む為にこの瞳はあるのだから。

『僕』と言うその存在の全てが、君のためだけにあるのだから。

…だから、紅葉…もう君は独りじゃない……。



End

 HOME  BACK 

  プロフィール  PR:無料HP  合宿免許  請求書買取 口コミ 埼玉  製菓 専門学校  夏タイヤを格安ゲット  タイヤ 価格  タイヤ 小型セダン  建築監督 専門学校  テールレンズ  水晶アクセの専門ショップ  保育士 短期大学  トリプルエー投資顧問   中古タイヤ 札幌  バイアグラ 評判