Freeze Moon

…蒼い月だけが、君を抱いた。

もう欲しいものなど何も無かった。
「…如月さん……」
ただこの人の腕の中にいられるのならば。もう何も、望みはしなかった。
「君はまた、そんな瞳をするんだね」
如月の大きな手がそっと、壬生の髪を撫でた。柔らかく、優しく。
「どんな瞳、ですか?」
「…傷ついた、子供の瞳だよ」
そう言って、如月は微笑った。それはひどく、切なかった。

本当に何も欲しくはなかった。
暗殺者としてのプライドも、拳武館での地位も。
何も欲しくはなかった。
ただこのあまりにも小さな幸福だけが、壬生の手に入れる事が出来れば。
全てを失っても構わなかったのだ。
貴方さえ、いてくれれば。
貴方さえ、自分を見つめてくれれば。
今まで手に入れてきた物全てを引き換えにしても、構わなかった。

「君は何に、傷つく?」
如月の腕が壬生の腰に廻り、そのまま彼を白いシーツの上へと降ろしてゆく。壬生はただ黙って、如月だけを見つめていた。
「君を傷つけているものは、何なんだい?」
如月の大きな手のひらが壬生の頬を包み込む。その手のひらの暖かさに、ひどく心地よさを覚えた。
「…貴方の見ているもの、全て…」
「僕の?」
壬生の瞼がまるでスローモーションのように降ろされてゆく。しばらく如月はそれをぼんやりと見つめていた。
「僕は貴方が、僕以外の事を考えるのが…イヤなんです……」
「我が侭だね」
壬生の言葉に如月は柔らかく微笑う。いつもこうだ。如月は壬生の前では微笑っている。
「我が侭なんです、僕。子供だから貴方を独占したくてしょうがないんです」
「構わないよ、紅葉。僕の全てを奪っても」
そう言って如月は壬生に口付けた。それは少しだけ血の契約に似ていた。

「…あっ…」
如月の舌が壬生のくっきりと浮かび上がった鎖骨のラインを辿る。その度に壬生の身体はまるで鮮魚のようにぴくりと跳ねた。
「…やっ…きさらぎ…さ…ん…」
鎖骨から胸の突起へと不埒な舌は滑ってゆく。同時に衣服を脱がしていた如月の手が、空いている方の胸へと重なる。
「…あぁ…如月…さん…」
舌先で胸の果実をつついてやると、壬生のそれは見る見るうちにぴんっと張りつめる。それを見届けて如月は、歯を立てて甘く噛んでやった。
「…やだっ…あ…」
もどかしい胸の愛撫がじれったくなって、壬生は無意識に身体を捩る。そんな壬生に如月は薄く微笑うと。
「君は、素直だね」
「…ああっ……」
胸を弄っていた手が、不意に壬生自身に触れる。布越しに触れただけなのに、それは如月の愛撫によってたちまち形を変えてゆく。
「…あっ…あぁ…」
胸を舌で嬲られ一番敏感な箇所を指で弄られ、壬生は耐えきれずに身体を小刻みに震わせる。
「…はぁっ…あ…」
ジィっと音がして、ズボンのジッパーが外される。その音にすら、壬生の身体は無意識に反応してしまう。
「…如月…さんっ…あん…」
一瞬下界の空気に触れて竦んだが、再び如月の手のひらによって前よりも熱を帯びてゆく。如月はそれを煽るように指でラインを辿り、先端を軽くつま先で抉った。
「…あんっ…あ…」
性急に追い詰められて壬生は耐えきれずにシーツをきつく握り締めた。
「…紅葉…」
胸を弄んでいた如月の舌が離れて、その名を呼んだ。壬生はそれに答えるように快楽に潤み始めたその瞳をゆっくりと開いた。
「…如月さん…んっ…」
壬生の声に導かれるように如月はその唇を塞いだ。薄く開かれた壬生の唇に舌を侵入させ、如月はそれを絡め取る。
「…んっ…んん…」
舌裏を舐めて、根元をきつく吸い上げた。互いの息を全て奪うかのように激しく互いを貪った。
「…ふぅ…んっ……」
ぴちゃぴちゃと舌を絡め合う淫らな音が響く。それすらふたりの気持ちを昂ぶらせてゆくだけしかなかった。互いの味に酔いしれて、他に何も見えなくなる。
「…ん…はぁっ…」
壬生の口から長い吐息が零れる。やっと開放された唇は紅く光り、ひどく如月を誘っていた。…そう、壬生は全身で如月を誘う。
「紅葉」
「…んっ…」
長い如月の指が壬生の口内に侵入する。壬生はそれを舌で絡め取り、吸い上げた。指は口内で柔らかい粘膜の感触を楽しむかのように、押したり引いたりしながら蠢いた。
「…如月…さん…」
指が引きぬかれたと同時に、壬生はその名を呼んだ。唯一のひとの名を…呼んだ。
「どうした?紅葉」
「…愛してるって…言ってください…」
壬生の細い腕が伸ばされ、如月の首筋に絡まる。そして身体を引き寄せ、その胸に顔を埋めた。傷ついた、瞳で。あの傷ついた子供の瞳のままで。
「ああ、紅葉。幾らでも…幾らでも言ってあげるよ。君が欲しいだけ」
如月の濡れた指先が背筋のラインを辿り、双丘へと辿り着く。その廻りを軽く愛撫しながら、如月は柔らかく微笑って。
「…愛しているよ、紅葉……」
そう言って再び壬生の唇を塞いだ。その時になってやっと壬生の瞳は、ひどく安堵したように柔らかい色彩を讃えた。

「…くぅ…ん……」
如月は第2関節まで指を埋め込むと、ゆっくりと中を掻き回し始めた。初めはひどくゆっくりと、そして次第に激しく…
「…はぁ…あぁ…」
壬生のそこが馴染んだ頃を見計らって、如月は自らの指を付け根まで埋め込んだ。淫らな壬生の内部は、その指を逃さないとでも言うように絡みつく。
「…あ…あぁ…」
挿入を繰り返しながら、如月はその抵抗感を楽しんだ。そしてタイミングを見計らって指の本数を増やしてゆく。一本から二本へ、二本から三本へ。
「…ああ…ぁ…」
壬生自身が後ろだけの愛撫にも反応し、限界まで膨れ上がる。そして堪えきれずに先走りの雫を先端から滴らせていた。
「…如月さん…もうっ……」
「もう、どうしたんだい?」
「…我慢…出来な……」
壬生の腰が如月に媚びるように押しつけられる。それを確認して如月は薄く微笑って。
「分かったよ、紅葉。君がほしいだけあげるよ」
一気に指を引き抜いて、如月は壬生の細い腰に手を掛ける。そしてぐいっと自らに引き寄せ一気に貫いた。

「…ああっ!」
甲高い壬生の声が室内に響き渡る。如月はそれに満足したかのようにひとつ微笑うと、壬生の腰を掴んでいる腕で動かし始めた。
「…あっ…ああ……」
がくがくと揺さぶられ、壬生は耐えきれずにひっきりなしの甘い声を洩らす。それ程、如月から与えられる快楽は深くてキリが無い…。
「…ああっ…あ…」
壬生の白い足が淫らに如月の腰に絡みついて、より深い快楽を求める。それに答えるように如月は、挿入を繰り返した。
「…紅葉……」
「…ああ…あぁ…」
「…愛しているよ、紅葉……」
まるで波のように訪れるエクスタシー。深くて激しくて何も見えなくなる。何もかも、考えられなくなる。
「…愛している…紅葉……」
「ああっ!!」
壬生の細い悲鳴が室内を埋め尽くした瞬間、ふたりは互いの欲望を吐き出した。

…何も、何も。いらないから。ただ傍にいて。

「まだ僕は傷ついた瞳をしていますか?」
行為の後の気だるい体を持て余しながら、壬生は如月に向かって尋ねた。その肢体を如月の胸に預けながら。
「いや、今は違うよ」
「じゃあどんな瞳を、していますか?」
壬生の闇よりも漆黒よりも深い瞳。けれどもそれは如月に向けられる時だけ、何時も微妙な変化をする。そう、今も。
「飢えた獣のような瞳、だな」
如月の言葉に壬生は喉の奥で笑った。そして次第にその笑みは何処か挑発的なものへと変わってゆく。
「そうですよ、僕は。僕は貴方に飢えている。貴方が欲しくてこんなにも」
「…それは……」

「それは、光栄だな」

壬生の言葉に。如月は微笑った。ひどく、幸福そうに。そして。
「僕は何時も君と言う名のしなやかな獣を手に入れたいと思っているからな」
そして壬生を抱きしめる。優しく広いその腕で。それは壬生が唯一望んだものだった。

全てを失っても構わないから。
だから、どうか。
…どうかこのひとだけは…僕から取り上げないでください…

他に何一つ、欲しいものなどなかった。
…ただ貴方の傍にいられるのならば……



End

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