確認
―――罪人達は神の目を盗んで、抱き合う。
「…如月…さん……」
甘い声に誘われて、如月はその唇を塞ぐ。真っ暗な闇の中では、こんなちっぽけな存在など隠されてしまうだろうから。
「…ん……」
薄く唇を開いて、壬生は如月の舌を迎え入れる。それはすぐに絡み合い、お互いの息を全て飲み込む。
「…ふぅ……」
飲みきれない唾液が壬生の口元を伝い、白いシーツの上に零れる。その感触すら壬生には気にならないとでも言うように、ただ二人は口内を貪り続けた。
「…紅葉……」
やっとの事で唇が開放される。しかし壬生は全身の力が抜けてしまい、如月の逞しい胸に倒れ込む。そんな彼を如月はそっと抱きしめた。
こうして自分の上に乗せていても、壬生は全く重さを感じさせなかった。彼は見掛けより更に華奢で、細かった。
「―――抱いて、ほしいのかい?」
壬生のさらさらの髪を撫でながら、如月は耳元で囁く。その声はどこか掠れていて、いつもの声とは少し違っていた。
「…今更…です……。そんな野暮な事、聞かないでください」
「そうだね」
如月は柔らかく笑うと、再び壬生の唇を塞ぐ。―――それが合図、だった。
別に抱き合う事など大した意味が無い。
だけどこうする事でしか相手を確かめる術が無いのならば、自分は何度でもこうして彼を求める。そして、確認するのだ。
―――未だ、この腕は自分の物だと。この瞳は自分だけを見つめていると。
今の壬生にとって、それだけが自分のすべき事の全てだった。
「…ぁぁ…」
胸の小さな飾りを長い指が捕らえる。それだけで胸の突起は痛い程張り詰めてしまう。
「…ぁ…んっ…」
指の腹で押したり、弾いたり、如月は殊更丁寧にそこをなぶり続ける。
「――紅葉」
耳元を軽く噛み、夜の声で壬生の名を囁く。その声に微かに彼の瞼が震える。
「…きさら……」
その声に引きずられるように壬生の両手が如月の背中に廻る。きつく抱きしめると答える代わりに口づけを与えられる。言葉の代償に。
「…ふぅ…ん……」
唇が渇く間も無く如月は壬生の唇を塞ぐ。それと同時に彼の身体への愛撫を滑らせる。胸から脇腹そして股へと。
「…ん…はぁっ…」
長い口づけから開放されて壬生の口から溜め息が零れる。しかし、如月はその間すら許さなかった。
「―――あっ」
如月の手が壬生自身に触れる。冷たいその手によって一瞬は熱が退くが、それはすぐにより一層の熱を帯びてゆく。
「…あぁ…はっ…」
根元から先端まで丹念な愛撫が施され、壬生の口からは喘ぎが途切れる事無く続く。覗く紅い舌が妙に妖しい色で如月を誘う。
「…や…んっ…ぁぁ…」
如月の手が壬生の両脚を開きその中央に自分の顔を埋める。不意に襲った生暖かい感触にその身体がぴくっと震える。
「…あぁ…ぁぁ……」
長い舌が形を辿るように、側面から先端を滑る。それが妙にリアルで壬生の顔は羞恥の為に無意識に紅く染まる。
「…やっ…きさら…ぎ…さんっ…あぁ……」
壬生の指が如月の漆黒の髪に絡む。くしゃっとその指が如月の髪へと溺れてゆく。そして―――壬生自身も……。
「…あっ…やだっ…」
快楽の涙を零し始めた壬生自身を如月は無情にも先端を摘んで食い止めてしまう。出口を見失ったそれは今にも狂わんとしている。
「…やだ…如月…さん…ゆるし…あぁ」
若い身体は快楽に忠実だった。理性を失わされ壬生はただ開放だけを望む。開放だけを。
「…僕を見ろ、紅葉」
如月の開いた方の手が壬生の頬に掛かる。その感触に白み掛かった意識が呼び戻される。
「君の、瞳が見たい」
如月の言葉に弾かれるように壬生の夜の瞳が開かれる。それは快楽を滲ませた潤んだ瞳だった。
「…きさら…ぎ…さん…もう……」
押し寄せる波に耐えるように壬生の瞳が如月を見つめる。縋るようなその瞳には確かに自分だけが映っていた。自分、だけが。
「―――おいで、紅葉」
如月の力強い手が壬生に延ばされる。自分は黙って彼に全てをあずけた。
「―――ああっ!」
初めての態勢に紅葉の形のいい眉が歪む。しかし走り出した身体を止める事が出来なかった。如月の身体に跨がる形になった壬生はゆっくりと征士へと腰を下ろしていく。
「…あっ…あ……」
壬生のシーツを握り締める力が強くなる。細い腕が耐えきれずにがくがくと震え出す。
「…紅葉……」
如月の腕が延ばされて、壬生の細い腰を支えるように掴む。そして彼は自分を傷つけないようにと、細心の注意を払って行為を進めていく。
「…あぁぁ…は……」
自分から如月を招き入れる行為は無意識に壬生を燃え立たせる。いつもより深いエクスタシー、目も眩むような…。
「…くぅ…んっ…ぁ…」
白い肢体がほんのりと紅く染まり、しっとりと汗ばむ。それはとても、綺麗だった。
「…あっ…あぁ…」
全て如月を呑み込んでしまうと、壬生は戸惑いがちに腰を使い始める。初めは苦痛を含んでいた顔が次第に別の感情を見せ始める。
「…如月さんっ…あっ…」
それと比例するように次第と壬生の動きが激しくなる。もう後はただ素直に快楽を追い続けるだけだった。
「…あぁ…は…んっ…」
「―――紅葉……」
声に誘われるように壬生はかがみ込んで、如月に口づける。その為に一層彼を受け入れる事になり、より深い快楽を生み出してゆく。
「…んっ…んん…」
まるで獣のように本能だけを追い続ける。ただ快楽だけを。だけどその快楽は……。
「…如月さんっ…あっ…ぁぁ…」
「…紅葉……」
―――この人でしか生み出せない。
同時に迎える最期の時間を感じる事で、壬生は確認する。
―――まだ、大丈夫だと。
この腕は未だ自分に差し延べてくれていると。
―――この腕を離す事だけがどうしても出来ない事だった。
「―――紅葉」
腕の中にいるこの人は夜空の瞳を閉ざしてしまって、如月はそれを見る事が叶わなかった。
「…どうして僕に求めない?……」
柔らかい髪を梳いてやりながら如月は呟く。髪に口付けるとそこから夜空の匂いがした。
「欲しいなら、そう素直に言えばいい。僕は君にいくらでも与えてあげるのだから」
――紅葉は何も言わない。何も欲しがらない。ただ、抱いてほしいと。それだけを自分に求める。それだけを僕に求める。
「…愛してほしいなら…そう言えばいい……」
如月には壬生のそれだけの望みに答えられるだけの腕も瞳も持っているのだから。
こんな方法でしか確認出来ない程、弱くなってしまった壬生を受け入れるだけの広さも強さも持っているのだから。
―――だからただ一言、君は僕に伝えればいいのだから……。
「まあ、いい。それでも君は僕を選んだのだから」
―――如月には待つだけの時間も、優しさも、持っていた。
だから今自分は、この優しい夢から彼が醒めないようにしてやればいい。
―――それだけで、いいのだから……。
End