欲望

…貴方の心臓を、開きたい。
滴る血を最期の一滴まで、飲み干して。
その心臓を食らい尽くしてみたい。

「自分」と言う名の全ての存在が、貴方に向けられる。

世界が闇に閉鎖されて、全ての罪がそっと隠される。
「綺麗?如月さん」
全てが、狂っている。時計仕掛けの狂気。でもそれを止める術を自分は知らない。そして自分が止める気が無い事も。
この世で最も甘美な媚薬。この地上で最も高貴でそして卑劣な、もの。
「…それとも僕、汚いですか?……」
真っ直ぐでひたむきな、瞳。純粋過ぎて、透明過ぎて。その瞳だけがこの場所の唯一の裏切り者だった。
「…紅葉……」
感情を押し殺した声で、名前を呼んだ。今心を剥き出しにしたら自分はどちらに転ぶのか?全てを拒絶するか、それとも全てを受け入れるか?
「…穢い…ですか?……」
軽く首をかしげて聞く仕草がひどく子供じみていた。事実今彼は子供みたいな顔をしている。それとも今、時計の針は逆に廻っているのか?
「もう止めるんだ、紅葉」
如月の手が伸びて壬生の手首を掴んだ。それはひどく細かった。哀しいくらいに。その腕を引いて抱き寄せようとして。そして。そして手を止めた。
…今抱き寄せたなら、このまま堕ちてゆくしかないのだから。
「どうして?」
見上げてくる瞳のあどけなさに。その純粋さに。その全てに、愛していると心で告げた。愛している、確かに僕は君を愛している。
「こんな事をしても何も、ならない」
カシャンと鈍い音がして、壬生の手から銀色のナイフが落ちる。それを如月は拾い上げると、遠くへと放り投げた。その残像を壬生は視線で追う。しかしそれは叶う事が無かった。如月の腕が壬生の細い身体を閉じ込めてしまったので。
「君の身体を傷つけても、何もならない」
「……いやだっ離してくださいっ!!」
一瞬だけおとなしくなったかと思うと、次の瞬間に壬生は如月の腕の中で暴れ出した。けれども如月はその腕の力を緩める事はなかった。
「離せばまた君は、そのナイフで自らの身体を傷つける」
「…違い…ます……」
「何が違うのだ?」
「…汚れ、る………」
ぽつりと、壬生は呟いた。それはさっきまでの我が侭な子供とは明らかに違う声だった。明らかに違う…怯えたような、声。
「…僕の血で…貴方のシャツが汚れてしまう…」
「…くれ、は?…」
「こんなになって…シミになってしまう…」
壬生の手が如月のワイシャツに伸びた。そこにこびり付いた血を、舌で辿る。そして血のついた腕に、指先にその舌は辿って行った。
「…ごめんね…指にまで…付いて……」
ぴちゃりと音を立てながら、壬生は如月の指先の血を拭った。
綺麗な、天使。綺麗な、悪魔。僕だけの、紅葉。
無邪気に僕を見つめながら、その淫らな瞳で僕を挑発する。誘惑、している。
「どうしてこんな事をする?」
「……」
「自らの血を綺麗だと聞いて、僕に付いた血を汚いと言う。君は一体僕にどんな答えが欲しい?」
「…貴方が、欲しい…」
自らの血で紅く染まった肢体はひどく官能的だった。細い窓から零れる月の下で、綺麗に微笑う君。白い色素の無い肌に散らばる紅の華。
「僕が欲しいのは、貴方だけ。貴方が手に入るのなら僕は何だってする。こうやって僕の身体を傷つけて、そして傷つく事で貴方が僕の事だけを考えてくれるなら」
血で濡れた指先を壬生はそっと自らの鎖骨のくぼみへと充てた。そしてそのまま血の流れれる道筋通りに指先を滑らせていった。
「もうやめろ、紅葉。僕は君が傷つくのを見たくない」
蕾が綻ぶように開く唇。自らの血で狂気の色彩に染めるその肢体。卑猥な、瞳。淫乱な唇。官能的な、身体。血塗られた指先を舌で辿る仕草ですら、こんなにも…。
「貴方の持っているもの全てを僕で埋めたい」
血と唾液で濡れた指先が、如月の頬に掛かる。そしてその綺麗なラインを指で辿った。自らの血と唾液で、如月を埋め尽くそうとでも言うように。
「…如月さん…僕って穢ないですか?……」
「…紅葉?…」
「穢ないですよね…だって僕は人殺しだから…この血は他人の血を吸ってこんなに紅い色をしているのですから……」
「止めろ、紅葉。僕は君が堕ちてゆくのを見たくは無い」
「…見たくは、ない?……」
壬生は、微笑った。綺麗に。この上なく純粋に、そしてこの上なく淫らに。何よりも無邪気にそして何よりも卑猥に。
「見たくはないですか?如月さん」
「ああ、見たくは無い」
また、壬生は微笑った。華よりも綺麗で刺よりも痛い笑顔で。そしてそっと如月の前を擦り抜ける。
「紅葉?」
床に落ちたナイフを拾い上げると壬生は躊躇い無くそれを自らの喉元に突き付けた。
「…君は…何を…」
「死んであげる。貴方の前で。そうして一生僕が貴方を縛りつける」
「……」
「一生僕の影を引きずって、絶対に忘れられないように。僕の事だけ考えてくれるように」
「………」
「…僕…だけを……」
その壬生の告白は最期まで声にならなかった。その言葉を如月は自分の口内へと閉じ込めたから。壬生の全てを、閉じ込めたから。
「何故君は分からない?」
「如月、さん?」
「僕は初めて逢った時から何もかも君に奪われているのに。君に縛られているのに。これ以上君が僕から奪えるものは何一つないのに」
「…ありますよ……」
壬生の手が如月のワイシャツをくしゃりと握り締める。もう一方の手はナイフを握り締めたままで。
「…そんなものたくさんありすぎて…ありすぎて……」
たとえば、朝。空が黒から薄紫へと変化する時、貴方はきっと綺麗だと言って微笑うだろう。
たとえば、老人が重い荷物を持っていたら、貴方は迷う事無くその優しい手を差し出すだろう。
たとえば、自分の両親の前では年相応の無邪気な子供の顔を見せるのだろう。
それは全部、他人へと向けられるもの。自分の手の中に入らないもの。
…許せない…自分以外のひとに、微笑みかける事が。
「…君は…残酷だ……」
何時しか壬生の頬からは涙が一滴零れ落ちた。それを如月の手がそっと受け止める。その哀しいくらい優しい指先が、壬生の心に突き刺さる。
「そして卑怯だ」
指先では足りなくて、如月の舌が壬生の涙を掬う。生暖かい舌の感触が、壬生の睫毛を震わせた。
「君だけが救われようとしている。僕の気持ちも考えずに」
「…あっ…」
頬を辿っていた舌が何時しか壬生の耳たぶを捕らえた。如月はそこを噛みながら言葉を紡ぎ出す。
「…許さない。死ぬなんて事は僕が許さない」
「…如月…さん…」
「許さない、そんな事僕がさせない」
「あっ」
いきなり如月の手が壬生の胸の突起を捕らえる。その冷たい感触に壬生の背筋がぞくっと震える。
「君は僕のものだ。僕に逆らうのは許さない」
「…はぁ…あ…ん…」
如月の指が壬生の身体を滑り落ちる。壬生の全てを知り尽くした指先は、的確に彼を追い詰めてゆく。眩暈がする程のエクスタシー。でもそれは、如月の指だから。
「君の死を決めるのも僕だ。この身体も心も全て僕のものだ」
…もう…止められはしない……もう、戻れない……
強固なまでの自制心の下に隠されていた、醜い本性。理性と言う名で抑えられていた本音。僕の真実の心を暴き出したのは…紅葉…君だ……。
「…あっ…ぁぁ……」
大切にしたかった唯一の人。自分のものにしたかった唯一の、ひと。
その狭間に揺られながら今まで耐えてきた。いや気持ちを絞め殺してきた。
…でももう、それを止める術など知らない。一度零れてしまった水はもう、元には戻らない。押し殺してきた欲望が今、吹き出す。
……全てを食らい尽くしたいと言う、欲望。
その白い喉に噛みついて、肉を引き千切りたい。
その全てを貪り尽くしたい。
綺麗な想いと穢れた欲望。幸福と破滅。どちらも、望んだ。どちらも、真実だ。
「…やぁっ…如月…さんっ…あぁ…」
「こんな物、いらない」
「ああっ」
如月の手が壬生自身に絡みつくと同時に、開いている方の手で壬生の手の中のナイフを投げ捨てた。
「…くぅ…んっ…ん…」
壬生の唇を自らのそれで塞ぎ、強引に抉じ開ける。生き物のように逃げまとう舌を絡めて、如月は壬生を犯してゆく。
「…はぁ…きさらぎ…さ…ん……」
「許さない。この身体を傷つけることなど。これは僕のものだ」
如月の舌が、指が。その傷口を辿る。切り刻まれた無数の傷跡に。その熱に、壬生は痛みと痺れを覚える。
「…しばって…ください…」
その痛みと痺れと…そしてその熱を感じたくて、如月の髪に指を絡めた。そして自らの方へと引き寄せる。…もっと…その全てを感じたくて……。
「…縛って…ください…がんじがらめに…縛って…」
ざらざらと生き物のように蠢く、舌。ベルベッドのように極上な、その舌の感触。
「…鎖に繋いで…閉じ込めて…もう誰にも…僕を見せないように……」
「見せない」
「…あっ…」
「君を誰にも見せはしない。君は僕だけのものだ」
「ああっ!」
先走りの雫を流し始めた壬生自身を如月は寸での所で止めた。そしてそのまま何の前触れも無しに、壬生の最奥に如月自身を侵入させた。
「…いたっ…あぁ…如月…さんっ…」
狭すぎるそこを強引に抉じ開けて、征服する。これは自分のものだと、所有の楔を打ちつける。自分だけのもの、だと。
「…あっあっ…ああ…」
…もうどうなっても…構わない…このまま堕ちてゆきたい……
でも何処へ?何処へ僕らは堕ちてゆくの?

何処までもふたりで堕落して、辿り着く先は何処なのだろうか?

「…如月…さんっ…きさら……」
分かっている事は、ひとつだけ。
「…紅葉…もっと僕を呼べ。僕だけを呼べ」
何処へ堕ちても、それは破滅。互いが互いを求めてゆく限り、ふたりは破滅する。
傷つけ合って、奪い合って、愛し合うふたり。
綺麗な魂で愛して、堕落した精神で求める。正直な僕らの欲望。
何よりも理想の愛で愛し合いながらも、何処までも哀しい表現でしかそれを確認出来ないふたり。
…こうしてなにもかも、奪い取る以外には。
「…ひ…すい……」
絡め合う指先から流れるのは真紅の血。透明な爪が互いの皮膚に食い込んでゆく。それは心臓から直接溢れ出る、血の色。こころが軋んだ悲鳴をあげている。
…想いの強さに耐えきれず、悲鳴をあげている。

…貴方が幸せならばそれで。それで、よかった。
他に何一ついらないから。
ただ。ただ、それだけを切実に願っていた。

…このひとを手に入れる為ならば何でも。何でも、出来た。
その為になら全てを破壊する事も怖くなかった。
ただ。ただ、それだけが唯一の望みだった。

……どちらも真実で、どちらも嘘だった………

ただ分かっている事は。
複雑にもつれた糸を解いた先の。
その先の、答え。
それはたったひとつの最も単純な答え。

それをひとは「純愛」と言う。



End

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