綺麗、だね。
君は綺麗、だね。
その身体を、その手を、その指を。
紅の血に染めれば染めるほど。
綺麗、だね。
君の血が僕の中に溶けてゆく。
この瞬間が『愛』なんだと思った。
溶け合い混じり合うこの瞬間が。
これが愛なんだと。
僕は血まみれの腕で、君を抱きながら思った。
僕の血を君の身体に擦り付けながら。
そんな事を思っていた。
ぽたぽたと、紅の血。
ぽたぽたと、君の体液。
僕の血と君の体液が交じり合って。
奇妙な水溜りを作った。
君が僕の身体を切り刻む。
僕は切り刻まれた腕で君を抱く。
君の白い肌に僕の血がてらてらと輝く。
君の白を僕の紅が侵してゆく。
ひたひたと、侵してゆく。
「…如月…さんっ……」
僕の血を全身で浴びながら、君は悦楽に身を任す。
貫かれた身体をしなやかに仰け反らせ、声を堪える事なく喘いだ。
夜に濡れた瞳。夜に溶けた瞳。
綺麗、だ。綺麗、だよ。
君は哀しいくらいに、綺麗だよ。
僕の血を舌で辿りながら、何度も僕の熱を求める。
血を舐め取る度に君の身体に火を付けて、より深く僕を求める。
奥まで、もっと奥までと。
僕は君の髪を撫でながら、指先から零れる血を君の髪に染めた。
こうやって、こうやって、僕は君を染める。
僕の色に。
僕だけの、色に。
「…何も…いらない…欲しいのは貴方だけ……」
奇遇だね、紅葉。僕もなんだ。
僕も君だけが欲しかったんだ。
その為ならば僕は何でもするよ。
君をこの腕に抱く為になら。
君の心を僕だけのものにする為なら。
僕は、僕はどんな事だって。
ねえ、紅葉。君は何が欲しい?
僕の何が、欲しいの?
…僕は紅葉…君の心臓の音が欲しい……。
「…ああっ!……」
君の身体を貫きながら、心臓を噛み切る。
君の白い胸に歯を立てて、その奥の鼓動を歯で砕く。
どくんどくんと、響くその音を。
噛んで、噛み切って。そして。
そして僕だけのものに、する。
残酷か?でもこれが愛だ。
愛しているから残酷になれるんだ。
愛しているから何でも出来るんだ。
愛しているから、愛しているから。
君は、微笑った。
何よりもどんな時よりも幸福な笑顔で。
君には分かるだろう?
僕の望みとそして君の望みが同じである限り。
僕らは幸せになんてなれないって事を。
どんなに互いを慈しみ合おうとも。
どんなに互いに優しくしあおうとも。
それよりも。それ以上に支配するものがあるから。
互いの独占欲と、所有欲と、そして。
そして全てを奪い尽くさなければ満たされない愛情。
全てを奪い尽くしても…満たされない愛情。
無限地獄の想い。それが螺旋状に永遠に続くとしたら。
ふたりで放棄する以外に救いがないとしたら?
そうしたら、僕らにはこれ以外の選択肢はない。
…他に、選ぶ道はない……
神様。
この世に神は存在するのですか?
存在するのならばどうして。
どうして僕らを巡り合わせたのですか?
…いや違う…巡り合わなければ…
巡り合わなければ僕らは何も知ることは出来なかった。
理性よりも常識よりも真実よりも狂気よりも、辛辣な愛が存在する事を。
ああ、神様ありがとう。
僕らを巡り合わせてくれて。
僕らを惹き合せてくれて。
ありがとう。こころより感謝します。
子供の頃読んだ聖書の内容が片隅に浮かんだ。
でも覚えている事はただひとつだけ。
愛は何よりも尊いものだと…そんな事を書いていたような気がする。
ならば僕が今書き変えよう。
愛は尊いものなんかじゃないと。
そんな生易しいものでは、ないと。
僕が、書き変えよう。
幸せって何ですか?
僕には分かりません。分かりたくありません。
優しい時間と、穏やかな日々が幸せだと言うのならば。
僕はそんなものを欲しくはない。
僕が欲しいのは。僕が本当に欲しいものは。
嘘偽りないもの。例えそれがどんなに醜く穢れていても、真実であるもの。
ただひとつの、本当の事。
…如月さん……
僕と貴方の真実は。
僕と貴方しか、知らない。
…僕達しか、分からないんだ……
「…如月さん……」
「紅葉」
「…愛しています……」
「僕もだよ…紅葉…」
「愛しています、愛しています」
「ああ、紅葉。分かっているよ」
「僕は分かっているから」
月が輝く。
頭上にぽっかりとひとつ。
けれどもむせかえる血の匂いに奪われた視界は。
その月を映すことはなかった。
互い以外に見えない瞳に。
現実を世界を映す事は、なかった。
互いの存在以外、なにひとつ。
End