…桜が散る頃、迎えに来て……
この桜が全て散ったら、迎えに来てください。
全てが終わったらここへ来てください。
ずっと…ずっと僕は待っているから……。
肉体はねぇ、もうこの木の下に埋まってしまいました。
だからこの土を掘り起こして僕の屍を、見付けてください。
骨は腐らないから。肉は腐っても、骨は真っ白なままだから。
だからそんな僕を見付けてください。
―――ずっと…貴方だけを待っているから……
ひとは死んだら真っ白な服を着て、綺麗な場所に行けるけど。
僕はこのまま真っ黒な喪服を着ました。
白い服を着て貴方を忘れ違う場所にゆくのなら、真っ黒な服を着て貴方を想い地上を漂いたい。
―――漂流する魂、浄化しないこころ。
意識だけが、僕をここに止める。
僕がここに在る理由はただひとつだけ。
でもそれだけが。それだけが僕にとってなによりも大切だった。
―――ただひとつ指を絡めて約束した事が。
漂流し続ける、僕。救われることはない僕。
でも。でも救いとは何?救いって何?
もしも貴方のそばに永遠にいられないのなら。
貴方を想う事を許されないのなら。
僕のこころに貴方が消えてしまうのならば。
僕は救われたくなんてない。
しあわせ、ふこう。ゆめ、げんじつ。
しんじつ、うそ。あい、しっと。
―――ああ本当はね、本当は全部一緒なものなんだよ……
貴方の腕の中で眠り、ただひとつの夢を見ることだけが。夢を見ることだけが、唯一の安らぎだった。
「…あ…っ……」
身体を重ね合い、熱い息を零して。指を絡めて、舌を絡めて。何もかもを全て、この腕の中に沈めた。
「…如月…さん…っ…あぁ……」
背中に腕を廻し、深く爪を立てた。何時も僕は貴方の背中に爪を立てて、血を流す事を止められなかった。それが。それが唯一の、僕が貴方に存在を残す方法だったから。
「―――紅葉、こっち向いて」
「…きさら…んっ…んん……」
夜に濡れた瞳のまま貴方を見上げ、そのまま吸い付くように唇を貪った。キスだけは、平等だと思った。繋がっている舌だけは同じだなと、思った。
「…んっ…はぁっ…ん……」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら、貴方を激しく求めた。身体を求められているのは僕の方なのに、心は何時も僕の方が求めている気がする。
――――僕の方が、ずっと貴方を求めているような気がする……
生きていると実感する瞬間が貴方に抱かれている時だけならば。
ならばそれ以外の時間の僕は、死んでいるのと変わらない。
いいやむしろ、死んでいるのかもしれない。
ただ息をしているだけで。ただ心臓が動いているだけで。
僕はもう、ただの入れ物なのかもしれない。
好きだと気付いて。どうしようもない程好きだと気付いて。
そして戻れなくなっていた。何処へも行けなくなっていた。
今までの自分を覚えていない。貴方に出逢う前の僕を思い出せない。
どうやって生きてきたのか?どうやって生かされていたのか?
―――そして僕は気がついた。
貴方の腕の中でしか、生きられないと言う事を。
「―――ああっ!!」
抉られ、深く抉られ。僕は満たされたように喘いだ。貴方の熱い塊を身体に埋め込まれ、始めて僕は『安心』を得る。安らぎを得られる。繋がっていないと不安で、不安で、壊れてしまいそうで。
…壊れたら楽になるのかなと想いながら……
「…あああっ…あぁ…あ……」
媚肉を引き裂き、奥へと貫かれる悦び。甘い悦楽。激しい眩暈。その全てが、得られてやっと。やっと満たされる僕は、やっぱり何処かおかしいのだろうか?
「…あぁっ…如月さんっ…もっと…もっとぉ……」
「紅葉、キツイよ。このままじゃ僕のが千切れてしまう」
「…もっとぉ…もっと…欲しいよぉ…あぁ……」
「だったらこんなに僕を締め付けないでくれ」
「…あぁぁっ…やぁんっ…あぁぁ……」
「言っても利かないつもりだね、悪い子だ」
「あああんっ!!」
強引とも言える動作で楔が奥までねじ込まれる。その激しさが、その刺激が堪らなく僕にとっては。僕にとっては……。
「余計締め付けてくるよ、紅葉…本当に君は…」
「―――ああああっ!!!」
「…可愛いよ……」
耳元に囁かれた言葉に、僕は意識を真っ白にさせた。
桜が散る頃に、迎えに来て。
瞼の裏に浮かぶのは一面の桜。降り続ける桜の花びら。それを見つめながら僕は衝動的に手首を切った。ぽたぽたと、ぽたぽたと、零れる血を冷めた目で見ている自分がいた。
貴方の腕から逃れて、そして独りになると何時も僕はそうしていた。衝動的に手首を切らずにはいられなかった。死なない程度に抉って血を流す。たくさんの躊躇い傷が手首に残って、貴方は何時もこの傷に口付けをしてくれた。
――――もしも、この傷を本当に抉る日が来たら…その時は僕が君の傷を抉ってあげる。
ええ、切ってください。
それまでとっておくから。
最期の命の糸は貴方のために。
貴方の為に取っておくから。
貴方は分かっている、僕は死ぬことなんて本当は出来ないと言う事を。死よりも深い執着が貴方にある以上。貴方が生きる意味である以上。貴方に抱かれなくなるまで僕は死ぬことはないのだから。貴方が僕を殺してくれるその日を夢見て生きているのだから。
貴方の腕の中で夢を見る。
貴方に殺される夢を見る。
―――しあわせ。ああ、しあわせ。
『―――見付けた、お前が壬生紅葉だな』
声に振り返る前に、視界が真っ白になった。ソレが誰だか認識する前に、僕の意識は途切れてゆく。視界が真っ白から真っ赤になって、そして真っ黒になった。
『お前に生きていられたら困る人間が多々いるんだよ…拳武館の暗殺者くん』
聴いたことのある声のような気がするし、全然知らない声のような気もする。でもそれが。それが誰だったかなんて、もう僕には分からなかったしどうでもいい事だった。ただ。ただひとつだけ。僕が思ったのはただひとつだけ。
―――貴方以外の人間に僕は殺されたくはない……
けれども意識は遠ざかる。
けれども視界は真っ黒で。
貴方の声も、匂いも。
何処にもなかった。
…貴方は、何処にもなかった……
桜が、散ってゆく。
瞼の裏から、爪の先から。
ひらひらと、ひらひらと。
何処にも行けなくて。
何処にも辿り着けなくて。
何処にもなくて。
何処にも見つからなかった。
――――貴方が、何処にもいないから。
僕だったものは土に埋められ、そして中で腐ってゆく。
真っ白な骨だけになって、肉は爛れていって。
そして僕は。僕は剥き出しになったまま、この地上を漂う。
貴方を、捜して。そして漂う。
約束はただひとつ。
僕を殺すのは貴方だけ。
貴方が僕を殺す事。
約束は果たされないまま、僕はただこの地上を漂う屍だった。
散ってゆく桜。零れてゆく桜。
全ての花びらが消えてしまう前に。
全てがなくなって、しまう前に。
――――僕を探し出して…ください………
貴方を想い願い、そして。
そして黒い服を着て、待っているから。
ずっと、待っているから。
End