祭壇

―――誰もが愛の前に跪く。
神の裁きは俺達弱い人間を消滅させてゆく。
平等に与えられた筈の幸福さえも。
神は裁きの名の元へと奪い去ってゆく。

―――禁断の恋人たちは神の目を盗んで抱き合う。


丘の上に忘れ去られた様に時間に取り残された教会がある。
傾き掛けた扉と壊れ掛けたステンドグラスがその教会の一番に目についた印象だった。
重い音を響かせながら如月はその教会の中へ入ってゆく。
中は闇に包まれ窓から覗く蒼い月の光だけが頼りだった。その光を道しるべに如月は奥へと進んでゆく。
乾いた、埃の匂い。それと同時に微かに濡れた匂いがする。それはこの風景にあてはまらない、異質な香り。
「…紅葉……」
糸をたぐいよせるように如月はその名を呼ぶ。その視線の先に彼は、いる。
「如月さん」
彼はその姿を確認すると祭壇から立ち上がり彼の前に立つ。頭からかぶっている白い布が微かに風に靡いて揺れた。
「どうして君は僕達の前から突然消えた?」
如月の手が壬生に伸ばされる。彼はそれに自らの指を絡めとる。
「…貴方が、欲しかったから……」
パサリと音がしてかぶっていた布が滑り落ちる。細い肩が覗く。如月の指を彼は舌でなぞる。ざらざらとした感触が伝わった。
「―――僕は、君のものだ」
如月の声が自分の全身を貫く。それは痛みと喜びで。
「未来永劫、君だけものだ」
如月の開いている方の手が壬生の腰に伸ばされると、そのまま彼を抱き寄せる。
「そして君は僕だけのものだ」
彼の舌から指が離れると如月は力の限りその身体を抱きしめる。
「だからもう、消えるな。いなくなるな。僕の目の届く所にいてくれ」
それは、狂気という名の幸福。如月の言葉に自虐の喜びすら感じる。
「――でも、貴方は僕を見つけだしてくれた。ちゃんと見つけてくれた」
壬生の細い腕が如月の首筋へと廻される。そのままそっと体重を身体にかけた。
「当たり前だ。僕は自分の身体が滅びても君を捜す」
「滅びても?」
「滅びても。死んでも」
視線が静かに絡み合う。お互い以外を映すことの無い瞳を。
「だから消えるな。僕の前から絶対に」
「―――本当にそう思っています?」
壬生の瞼がゆっくりと降ろされる。それが全て降ろされるのを確認するとその唇にそっと口付けた。
「僕は君を手放すくらいなら…君を殺すよ」
離れた唇から零れた如月の最初の言葉。それは残酷で優しい。
「じゃあ、僕が死んでしまったら?」
上目遣いに壬生は如月を見つめる。その顔が、ひどく幼く見えて。
「後を追って僕も死ぬよ」
如月の手が壬生の肩に掛かり布を降ろしてゆく。そっと、降ろしてゆく。
「本当に?」
何も身につけていない素肌が月光に照らし出される。それは幻想を見ているように神秘的な場面だった。
「神に誓ってあげるよ」
壬生はその言葉を嬉しそうに頷くと如月の腕からすり抜けて祭壇へと向かう。そして掲げられた十字架へそっと口付ける。
「紅葉?」
如月は彼の後を追って自分も祭壇へと立つ。そして背後からその細い肢体を抱きしめた。
「僕たちはキリストにとっては禁断の恋人なんですよ」
壬生の指が十字架をなぞる。その手を如月がとめるまで。
「だから僕たちは罪人です」
――――蒼い月の下。そう言って笑う君が哀しい程綺麗で。
「人を愛するのに正しいも間違えもないよ」
如月の指が後ろから壬生の鎖骨をすっと撫で上げる。ピクッとその身体が震えた。
「僕は間違っていない。君を愛する気持ちを罪だとは思った事は無い」
「…でも神の前では僕達は鎖に繋がれてしまいます」
鎖骨から脇腹そして胸へと指が滑ってゆく。しなやかで、そして綺麗な指が。
「僕は、怖くない。この世界中の人間全てに公言してもいい」
「…何を、公言…するの…ですか?……」
如月の手が壬生の胸の突起を捕らえると、それをそのまま指で掴む。
「君が僕のものだって」
「…あぁ…」
饒舌な如月の指は壬生の知り尽くした身体を、望みどおりに貪ってゆく。望み通り追いつめてゆく。
「…やぁ…あぁ…」
予想どおりの愛撫、手の感触。それは自分の全てを知り尽くした指。全てが狂おしいほどに愛しくて。
「…如月…さ…ん…あぁ…ん」
如月の舌が壬生の背骨から腰へとゆっくりと滑ってゆく。その震えるような感触に耐えきれず爪を立ててしまう。キリストを掲げる十字架へと。それはまるで神にあがく弱者の如く。
「…くぅ…あっ」
如月の指が壬生自身に触れる。その冷たい手の感触にその身体が一瞬ビクッと震える。
「…紅葉…」
如月が耳元で囁く。その低く微かに掠れた声が壬生のエクスタシーをかき立てて。
「はぁ…ん…ああ…」
絡みつく如月の指に壬生は眩暈すら起こしそうになる。立っている事が出来なくなってそのの足が震え出す。
「紅葉、こっちを向くんだ」
うなじを舌でなぶりながら如月は言葉を操る。壬生はすがりつくように十字架に深く爪を立てる。キキ――と鈍い音がした。
「…どうし…て…?」
口元から唾液が伝う。それは顎から首筋、そして壬生の身体を線のように流れてゆく。
「君の顔が見えない。君に口づけ出来ない」
零れ落ちる唾液を如月はすっと指でなぞる。それさえも壬生には甘美で。
「…そんな…こと……」
壬生は顔を上げて自分の上にある如月の顔を見つめる。そして。
「…こうすれば…でき…ますよ……」
伸ばされた壬生の舌に如月は自分自身のそれを絡める。ぴちゃぴちゃと淫らで湿った音が聖堂に響きわたる。
「…う…ん…」
深く、より深く如月の舌が壬生を求めて口内を彷徨い続ける。それに答えるように彼は舌を絡め続ける。
―――貴方が、欲しくて欲しくて堪らない。
こんなにも求めるのは目の前の人間だけ。こんなにも欲しくなるのはこの人だけ。
全てを奪いたい。自分の知らない表情や声があるなんて許せない。
この人の全てを自分だけが独占したい。
「…くぅ…ん…」
永い間お互いはお互いの味に酔いしれる。甘く痺れる眉薬。いつのまにか壬生の指は如月の漆黒の髪に絡みついていた。
「…貴方だけの…もので…す……」
唇が離れ壬生は濡れた瞳で如月を見つめる。その漆黒の闇が薄紫へと染まってゆく。
「そうだよ。全て僕のものだ」
「…あっ……」
「この瞳も鼻も唇も頬も顎も全て」
言葉通り如月は瞼、鼻筋、唇、輪郭のライン全てに唇を這わしていく。全てを知り尽くしたその舌で。
「全て僕だけのものだ」
「ああっ!」
再び如月の手が壬生自身に絡みつく。眩暈と陶酔。―――それは全て貴方だから。
この人だけが自分を狂わせる。歓喜に埋もれさせる。
「…はぁぁ…あぁん…」
如月の指は確実に壬生を昇らせてゆく。全てを『無』へと導いてゆく。
―――どうなってもいい……
もうどこまでも落ちてゆきたい。神に裁かれても。消滅させられても。
「如月さんっ…ああっ!」
世界が白く染まり壬生のそこは甘い蜜を滴らせる。如月はそれを全て指に受け止めた。
「…紅葉…」
如月が壬生の名を呼ぶ。彼は荒い息を弾ませながらそれに答えるようにその漆黒の瞳を見つめる。
「…きさらぎ…さ…ん……」
気だるい身体を支えるように壬生は如月にしがみつく。それこそシャツがちぎれてしまう程に。
「やっと、こっちを向いたね。紅葉」
汗に濡れた髪を如月はそっとかきあげてやる。柔らかく、そして夜に濡れた髪を。
「―――キリストに背中を向けてしまいましたね」
やっと落ち着いた壬生は微かに笑いながらそう言う。そんな彼を如月はそっと抱きしめてやった。
「まずいのかい?」
「だって僕たちは罪人ではないのでしょう?背中を向けるなんて神様の目から逃れているみたいです」
「そうだね。でも」
「はい?」
盗むように如月の唇が壬生に触れて、離れる。触れるだけの口付け、けれどもそれはひどく甘い。
「僕以外に君の顔を見せたくないからね」
如月の言葉に壬生はクスッと笑う。そして壬生の指が如月のシャツのボタンにかかる。
「―――今度は貴方だけにあげます」
一つづつ壬生はワイシャツのボタンを外してゆく。それをいとおしそうに如月は、見つめて。
「僕も、全てを君にあげる」
「…あぁ……」
如月の手が再び壬生自身を弄ぶ。艶めいた声がその口元から不規則に零れる。
「…はぁ…ああ…」
再び壬生のそれは震えながら、立ち上がる。如月の指は巧みで自分をいつも狂わせる。
「…いいかい?紅葉」
如月が耳たぶを噛みながら言葉を紡ぎ出す。それにさえも壬生は目が眩みそうになる。
「…このまま…で?…」
「たまにはこういうのも刺激的だろう?」
如月は壬生の細い身体を壁に押しつける。キリストが縛られた十字架へと。
「―――心配するな。僕が支えてあげる」
そして、壬生の左足を肩へと担ぎ上げて。
「―――紅葉、愛している」
如月は優しく微笑むと、壬生を一気に貫いた。

「…あぁ…はぁ…ああ…」
初めての体位の刺激に壬生は意識が飛び去ってしまいそうになる。壊れてしまうのではないかと思う程、強く彼を感じる。
「…ああ…ん…ふぅ…」
耐えきれず壬生は如月にしがみつく。爪が割れてしまうのでは無いかと言う程、強く。
「…如月さんっ…ああっ」
更に奥へと如月の凶器が浸入する。痛みと快楽が壬生を同時に襲い、激しい快楽が背筋から襲って来る。
「あっあっ…はあっ」
汗が壬生の身体をしっとりと濡らす。月光の下、蒼く照らされる十字架。その全てが彼の魅惑的な肢体を引き立てている最高の舞台設定だった。ここにある全てが彼の為に存在しているかのように。
「紅葉、君は綺麗だよ。誰よりも」
「…はぁ…ん…きさら…ぎ…さん…あぁ…」
このまま二人で。神に裁かれても構わない。罪人にされても構わない。
二人ならば。このまま永遠に閉じ込められて鎖でつながれても。
それさえも幸福に感じる。それさえも。
ふたりでいられるのならば。本当に何を失っても構わない。
この身体が朽ち果てても。心をなくしても。
―――あなたが傍にいてくれるのならば。
「…僕だけの…ものに…なって…如月さん…僕だけの……」
何もいらない。どうでもいい。どうなっても、いい。
「君だけのものだ。僕は君だけの」
その細い漆黒の髪も。強い光を持つ瞳も。広い肩も。大きな手も。全て。
「君のものだ」
「ああっ!」
裁くのなら裁けばいい。罪を罵るのなら罵ればいい。社会が自分達を消滅させるのならさせればいい。神が自分たちを許さなくても。
世の中全ての人間が自分たちを傷つけたとしても。
―――誰も引き離すことは出来ない。


「如月さん、それ取ってくれますか?」
壬生は冷たい聖堂の上にぺたんと座り込んでいた。足元から伝う精液はまだねっとりとしていた。
「ああ、これかい?」
如月は床に落とされた壬生のかぶっていた白い布を掴むと、それを彼の頭にそっとかけてやる。
「ありがとうございます」
笑顔で答えると壬生はそれにくるまる。それはひどく彼を神秘的に見せた。
「…ねえ、如月さん…」
壬生はそのまま冷たい床に寝転がる。それは何故か幻のように儚く見えて。ひどく、遠く見えて。
「何だい?」
如月は壬生の前に座ると彼の髪をそっと撫でてやる。その動作に壬生はクスッと笑って。
「…本当に僕だけのものになってくれますか?」
静かな夜の瞳。どこか哀しげな。それでいて怖いくらい綺麗で。
「何を馬鹿な事を。今更確認するのかい?」
ズキンと胸に来るような壬生の顔。それは自分が初めて見る彼の表情だった。
「―――その顔も僕のものだ」
如月の指が壬生の顔のラインを丁寧になぞっていく。彼の全てを記憶している指。
「幾らでも。貴方が望むだけ…」
ゆっくりと如月の顔が降りてきて壬生の唇を塞ぐ。優しくて胸に染み入る口づけ。永遠にそれに酔い痴れていたい。
「…如月さん、愛しています。本当です」
壬生の腕が如月の背中に延ばされる。微かにその指が震えているのを、如月は決して見逃しはしなかった。
「…知っているよ」
「本当に貴方だけです。他には何にもいらない。僕は貴方が大切で何よりも大切で」
最後まで言う前に壬生は唇をギュッと噛む。口元からは血が流れる程。
「紅葉、血が…」
如月が心配気に壬生の唇に舌を這わして血を舐め取る。僅かに甘い血の味。
「いつも誰よりも幸せになって欲しいって思っています。本当です。でも…」
壬生の如月の背中に廻る手に力がこもる。爪が白くなる程に、強く。
「―――でも今僕は貴方を殺したい」
壬生の言葉に。如月はどこまでも幸福に、笑っていた。
「本望だよ。紅葉」
壬生に腕を廻し彼の華奢な身体を抱き締める。その腕の優しさは、彼の為だけに…。
「…僕と一緒に来てくれますか?…」
「ああ。君とならどこまでも」
「――僕ずっと待っていました。ずっと…僕、貴方の前から消えた日…あの日、身体は確かに死んだのに、心が死ねませんでした」
待っていた。ずっと。あんなに沢山の血を流したのに。あんなに身体を痛みが貫いたのに。自分は死んだ筈なのに。
こうして自分は存在している。貴方を求めている。
―――こんなにも、貴方を。
「神が君を死罪にしたのなら」
如月は壬生から離れると近くに転がっていた鉄棒を掴む。そして。
「僕が神を罰しよう」
カシャーン。鉄棒が十字架を引き裂く。キリストは無残に砕け散る。
「一緒に落ちてゆこう。君とならどこまでも僕は望む」
如月の手が壬生に延ばされる。壬生はそれに自らの指を絡める。
「地獄でも?」
「地獄は君のいない世界の事だよ」
静かに視線を絡めそしてふたりは抱き合う。何も怖く、ない。
「一緒に、来て」
壬生の睫毛がゆっくりと降ろされる。
「ああ。どこまでも」
如月の唇が壬生のそれに触れて。


――――そして……


十字架に掛けられたキリストは無実の罪。
真実の名によって彼は再生する。神になる。
それならば。
たとえ貴方がこの恋を禁断の名の元に罰したとしても。
僕たちを滅ぼしたとしても。
―――必ず、蘇る。真実の名の元に。
気違いと言われても。世界からはみ出してしまっても。
この恋だけは、誰にも奪えない。
誰にも、渡さない。



End

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