絡めた舌の、甘さと。
君の髪の、匂いに。
全てを溺れさせたくなる。
全てを溶かしたくなる。
君の、微かな体臭に。
光の庭。乱反射する光の下で、壬生は小さく微笑んだ。
「如月、さん」
名前を呼ぶ声も、何処か甘えているような気がすると如月は思った。まるで猫のような、声。でもイヤじゃない。彼が自分に甘えていると言う事実が、何よりも如月を幸せにする。
「どうした?紅葉」
風がひとつ吹いて、壬生の髪を靡かせた。そこから香る微かな甘い匂いがひどく如月を幸福にさせて。そっと口許に柔らかい笑みを浮かばせた。
光の庭。一面に広がる緑の色。鮮やかな、色。それを瞳の片隅に映しながら、壬生はそっと如月の首筋に自らの指を絡めた。
「…キスして…ください……」
「本当にどうした?だね。君からキスを求めるなんて。それもここは僕の家の庭だよ。誰が来るか分からないのに」
「いいんです、だって」
「だって?」
「誰かに見られても…見られたら…そうしたら僕は貴方のモノだって認識してもらえる」
「ふ、何を今更。紅葉は僕だけのモノだよ」
「それでも時々確認したくなるんです」
「確認?」
「如月さんの、気持ちを」
「こんなにも好きだと言っているのに?」
「…僕は…我が侭だから…」
それだけを言ってそっと目を閉じた壬生に、如月は迷う事なく口付けた。優しい、キス。優し過ぎるキス。壬生の全てを包み込むように、そっと。そっと捧げられるキス。
壬生は答える代わりにその背中に手を廻す。広い背中だと思った。そして全てを護ってくれる背中だと。自分が不安になった時、自分が壊れそうな時、支えてくれるのはこの背中とこの腕だけだと。このひとだけ、だと。
「如月さん…僕……」
唇を離して見上げてくる瞳が微かに潤んでいた。綺麗だと、思った。とても綺麗だと。彼の深い漆黒の瞳は、どんなに闇に堕ちても最も奥の部分が輝いているから。輝いている、から。
その部分に触れたくて、ずっとそれだけを考えていた。
「どうしたら貴方を喜ばせてあげられるかずっと考えていました」
「喜ばす?馬鹿だね、僕は君がいればそれだけでいいんだよ」
「でも僕は貴方に何もしていない」
「君が生きて、こうして僕の腕の中にいてくれる事が…君が僕にしてくれる最良の事だよ」
「…如月さん…あのね……」
壬生は少しだけ頬を赤らめながらそう言うと、懐から小さな薬を取り出してそれを飲み込んだ。
「紅葉?」
如月の表情が一瞬強張る。何か危険な薬を飲んだのかと思って。けれども…違っていた…。微かに赤味の掛かった頬が次第に色を増してゆく、そして。
「君何を飲んだの?まさか…」
「…即効性の…媚薬…です…その…如月さんを喜ばせるには…これが一番…かなって……」
「そんな事をしなくても、僕は君を抱ければそれだけでいいのに」
「…でも僕…どうしても最後の羞恥心を捨てられないから…それに…」
「それに?」
「…自分がどうしようもなくなるくらい…貴方を求めてみたい……」
「…紅葉……」
如月の言葉に答える代わりに、壬生は自ら口付けた。そして積極的に舌を絡める。
「…んっ…んん……」
如月は壬生の望むままに唇を開いて彼の舌を迎え入れた。そしてそのまま根元まで吸い上げてやる。それだけで壬生の息は乱れていった。多分薬がそうさせるのだろう。
「…んん…んん…」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら互いの舌を絡め合った。口元から顎先に唾液が零れるのも構わずに。壬生は如月の舌の感触に、如月は壬生の唾液の甘さに酔いしれた。
「…如月…さん……」
唇が離れて壬生は甘いため息と共にその名を呼んだ。昼の光の中で彼の瞳だけが夜に濡れる。それはとても綺麗だった。
少しだけ戸惑いながら壬生は如月のワイシャツのボタンを外す。そんな彼の髪をそっと撫でながら、如月は空いている方の手で壬生のガクランのボタンを外していった。
太陽の光の下で互いの裸身を見るのは初めてだった。壬生は恥かしがって如月に行為の時は電気を消してとねだるから。だから如月にとって色素のない透ける程に白い壬生の肌をこうやって見るのは初めてだった。
「綺麗だよ、紅葉」
「…あっ……」
くっきりと浮かぶ鎖骨に如月は唇を落とした。そしてそのラインを舌で辿る。窪みに辿りついた如月の唇は、自らのモノだと主張する代わりにきつくその薄い肉を吸い上げた。
紅の跡が鮮やかに広がる。壬生の肉の匂いのしない身体に、そこだけが生命を宿ったかのように。
「…如月さん…はぁっ……」
鎖骨から胸の果実へと如月の舌は移動する。そして辿りついた胸の突起に軽く歯を立てた。それだけで壬生の肩がぴくんっと震える。
「…はぁ…あ……」
親指と人差し指で摘んでわざと胸を尖らせた。そしてそこを舌でつつく。ぴちゃぴちゃとわざと音を立てて嬲ってやると堪え切れない壬生の腕が如月の背中に強くしがみ付く。
「…ぁぁ…は……」
胸をそうして嬲りながら如月は空いている方の手で壬生の身体に指を這うわす。自分の触れない箇所は何一つないようにと、全ての場所に指を滑らせる。脇腹のラインに辿りつくとそこをより強く撫でてやった。壬生が感じる場所だった。彼が感じる場所にはより一層の愛撫を寄越す。
そして如月の手が壬生自身に伸びた時、壬生の手がそれを遮った。
「紅葉?」
「…そこには…触れないで…ください…」
「どうして?」
「…触れなくても…貴方を感じるだけで…イキたい…から……」
そう言うと一端壬生は如月から身体を離した。意識が半ば快楽に溺れている彼の足はおぼつかなかったが、それでも懸命に離れると如月の前にしゃがみ込んだ。そして。そして、如月のズボンのファスナーを口で咥える。そしてそのまま降ろすと、微かに形を変え初めて如月自身を自らの手で下界へと出した。
「…んっ……」
その大きさに少しだけ躊躇いながらも壬生はそれを口に含んだ。そして普段如月がしてくれているように舌を這わす。
「…んん…ふう……」
横のラインを舌で辿りながら、くびれた部分の裏を舐めた。そのたびにぴちゃぴちゃと音がして、その音がより一層壬生を積極的にさせた。
「…紅葉…君がしてくれるなんて、夢のようだ」
少しだけ如月の声が掠れる。それは本当に微妙な変化だったけれども。でもそれが何よりも壬生にとっては嬉しかった。如月が自分の舌で、感じていてくれている事が。
「…だって…如月さんの…だから……」
先端の割れ目の部分に歯を立てて、小さな口で吸い上げる。何時しか先走りの雫がそこから零れていた。
「駄目だよ紅葉、これ以上は」
「…いいんです…僕に…僕にかけてください……」
「…紅葉……」
「如月さんの…浴びたい……」
普段なら絶対に言わないであろうその彼の言葉は薬のせいだろうか?それとも薬と言う大義名分を得た彼が言う事の出来た本音なのだろうか?
――――どちらでも、よかった。君が僕を、求めてくれるのならば。
壬生は如月を促す為に、強く先端を吸い上げた。
……ドピュッ………
何かが弾けたと思った瞬間、壬生の顔面に如月の精液がぶちまけられた。ぽたぽたと髪から頬から鼻筋から白い液体が零れる。壬生は指で掬ってそれをぺろぺろと舐めた。
「…如月さんの…美味しい…です……」
「美味しいかい?」
「美味しいです…如月さんの味がする……」
「ならもっと味わってくれ」
くすりと如月は笑うと壬生の顔に付いた自らの精液を指で掬った。そしてその指先を壬生の口に含ませる。その途端に生き物のように壬生の舌が絡みついてきた。
「…ん…くふ……」
如月の指は悪戯をするように壬生の口中を動き回る。裏の柔らかい肉を指で押しながら、歯の裏を弄った。
「…如月さん…僕…」
全て綺麗に舐め取った所で壬生は顔を上げた。その瞳はやっぱり夜に濡れている。綺麗に、濡れている。
「ここにも如月さんが…欲しい……」
そう言って壬生はそのまま足を広げて最も恥かしい部分を如月の前に曝け出す。太陽の下で、光の庭で。壬生はその部分を見せた。
「そんな格好で恥かしくないの?紅葉」
「…恥かしい…です…でも今は…今は貴方が…欲しい……」
そう言う壬生が愛しくて、如月はそのまましゃがみ込むと彼の唇にキスをひとつ落した。
「…あっ……」
壬生は自らの指でその秘所を広げると、如月の指を迎え入れた。長くてしなやかな指が壬生の最奥に忍び込む。それだけで壬生自身の先端からは雫が零れていた。
「紅葉…これじゃあ指だけでイッちゃうね」
「…あ…ん…だって…如月さんの指…だから…」
「指だけでイクかい?」
「ん…イッちゃう…僕……」
如月は壬生の中に入れていた指の本数を増やすとそのまま掻き乱した。絡みつく媚肉を掻き分け、押し広げてやった。そしてその如月の指に壬生は言葉通りに自らの欲望を吐き出した。
「ああっ!」
壬生の放ったモノが彼自身の腹に太ももにぽたりと零れる。そして何時しか緑の芝生の上に白い水溜りを作った。
「…如月さん…今度は…」
「分かっているよ、紅葉」
媚びるように背中に腕を絡めてきた壬生に如月はひどく優しく笑うと、そのまま彼の細い腰を掴んで引き寄せた。
「―――あああっ!!」
今さっき果てたばかりだと言うのに、壬生のそれは如月が体内に侵入した事によって再び形を変化させていた。そして中に埋め込まれた如月自身も何時しか壬生の媚肉を引き裂きそうになる程に硬くなっていた。
「…ああっ…ああ……」
快楽を逃すまいと締め付ける媚肉を如月の楔は引き裂いてゆく。その強さがまた、壬生自身の快楽を増長させた。
「…あああ…あ…もっとぉ……」
何時しか如月のリズムに合わせるように壬生自身から腰を振っていた。そうして淫らな自らの器官を満足させてやる。奥まで、奥までと。何処までも抉ってもらいたくて。
「…もっとぉ…如月さん…奥まで…」
「ああ、紅葉」
「…奥まで…貫いて……」
「君が望むまで、幾らでも」
如月の言葉に壬生は…笑った……。そして。そして。
「――ああああっ!!」
喉を仰け反らせ、そして悲鳴のような声を上げて自らの欲望を放った。そしてそれと同時に壬生の体内には如月の精液が放たれていた。
後はもう、覚えていない。
自ら足を開いて何度も如月さんを受け入れた。
その楔に貫かれる事だけが全てだと言うように。
ただ無心に。無心に如月さんを求めた。
ここが家の庭でもしかしたら誰かに見られているのかもしれないと思いながら。
誰かに見られたいと思いながら。
だって、如月さんが抱いているのは僕だから。
他の誰でもない僕だから。
このひとが自らの欲望を放ってくれるのは、僕の身体だけだから。
……僕だけ…だから………
世界中の人間に見せつけてやりたいって馬鹿な事を思った。
目が覚めた瞬間に飛び込んできたのは、貴方の綺麗な笑顔。その笑顔に少しだけ照れながら僕は笑い返してみた。
「大丈夫かい?紅葉」
その言葉に僕は小さく頷いた。何時しか僕の身体は清められて、如月さんの部屋で寝かされていた。多分あのまま気を失った僕をここまで運んでくれたんだろう。
「如月さん…あの…」
「ん?」
「…あの…その…気持ちよかった…ですか?……」
少し戸惑いながら聴いた僕に如月さんは何よりも綺麗な顔で微笑って、そして。そしてひとつ、キスをくれて。
「君としているんだ。気持ちよくないわけないだろう」
「…よかった…です……」
そしてまた僕にキスをくれた。甘い、甘い、キスを。
僕は恥かしがりながらもそうやって尋ねてくる君に、どうしようもない程の愛しさを感じた。どんな理由であろうとも僕の為に君がしてくれた事を、僕が喜ばない理由は無いだろう?
でもね、紅葉。今度は。
今度は薬なんかに頼らずに、君が乱れる姿がみたい。
そんなものに頼らなくったって僕の前では全てを曝け出してもいいんだって、そう。
そう君に分かって欲しいから。だから。
――僕の前でだけは、君は本音を言って欲しいから……。
『愛しているよ、紅葉』
思いの丈を込めて伝えた言葉に、君は微笑う。その笑みが君の本当の顔だと知っているのは僕だけだから。だから。
『…僕も…です……』
君の言葉を誰よりも僕は、信じている。そして。
そして何時しか君が自ら覆っている全ての殻を僕の手で剥がしてあげられる様に。
君の本音を全部拾えるように。
ゆっくりとでいいからふたりで。
ふたりで、築き上げていこう。
―――ふたり、で。
End