溶ける。
とかされ、る。
貴方に、とかされる。
「…あっ……」
薄い鎖骨のくぼみにそっと、口付ける。そこから広がる微かな君の匂いに、僕はひどく欲情をした。僕しか知らない君の、匂いに。
「…はぁっ…如月…さん……」
ぴくりと、肩が揺れて。揺れてそのまま細い腕が背中に廻される。色素のない肌。肉の匂いのしない肢体。陽に当てたら透けてしまう程の白い、肌。
「―――紅葉……」
太陽を知らない身体。光を知らない肢体。闇に生きてきた君だから。だから知らない。暖かい陽だまりの匂いと、そして。そして眩しい光を。
「…あんっ……」
夜に濡れる瞳。夜に咲く華。君はずっと。ずっと闇にいる。闇に、在る。
僕がその手を差し伸べて引き上げようとしても。君の手を掴んで光在る場所へと導こうとしても。君は、隠れる。
―――僕の腕の中に、隠れる。
夢をみているみたいで。
貴方の腕の中にいることが。
綺麗な夢の中にいるみたいで。
だから。
だから、僕は。
その夢を壊したくないから、動けないでいる。
壊したくないから、立ち止まったまま何も出来ないでいる。
貴方の腕の中にずっと。
…ずっと…いたい…から……
眩しい、ひと。
僕には眩し過ぎるひと。
「…あ…やっ……」
胸の果実に歯を立てられて、僕は堪えきれずに首を左右に振った。これだけの事で敏感に感じる自分の身体がひどく恥かしくて。
「紅葉」
そんな僕に貴方は優しく名前を呼ぶと、そっと僕の頬に手を充てる。そしてそのまま柔らかいキスをくれた。
「…如月…さん……」
「僕を見ていてくれ、紅葉。君の瞳にずっと映っていたいから」
「…見ています…ずっと…」
ずっと、ずっと貴方だけ。貴方だけを、見ている。だって僕の視界には貴方以外もう入らない。
貴方以外、みえない。
「…ずっと…如月さん……」
自ら首に指を絡めて、そして貴方に口付けた。貪るように、貴方を求める。舌を痺れるほどに絡めあうと、切ない程の甘さが神経を支配する。
「…んっ…んん……」
鼓膜まで届く、ぴちゃぴちゃと言う音が。その音がじわりと僕の背中に快楽を呼び起こす。背中から頭の芯まで昇って、そして溶けてゆく。
―――貴方に、溶けて、ゆく。
「…はぁっ……」
長い一本の糸を引きながら、互いの唇が離れた。それでも名残惜しくて僕は。僕は零れ落ちる唾液を舌で掬った。そんな僕の髪を貴方はそっと撫でてくれた。
「紅葉こっち向いて」
言われた通りに貴方の顔を見上げると、ひどく優しい微笑みがあった。その微笑みにこころが溶かされながら僕は。僕は震える瞼を開いた。
「顔べとべとになってるよ」
くすりと笑って、口許から顎に伝う唾液を貴方は舐め取ってくれた。ベルベッドのような感触の舌が僕の顔を滑ってゆく。それだけで…頬が熱くなる。
「どうせもっとべとべとになっちゃうけれどね」
貴方の言葉に。これから来るであろう快楽を思って、僕は頬を染めるのを耐えられなかった。
溶かし、たい。
君を、溶かしたい。
僕の腕の中で。
僕の中で。
ぐちゃぐちゃになるまで、君を。
君を溶かしたい。
こころも身体も、全部。
全部、僕だけのモノにしたい。
君の夜に濡れる瞳は、僕だけのものだ。
脇腹の滑らかなラインを指で辿ると、君の身体が鮮魚のように跳ねた。その反応を楽しむかのように、軽くその肉に歯を立てた。
「…あぁ…ん……」
甘い、声。甘い、喘ぎ。その声がもっと聴きたくて、聴きたいから。君の身体を追いつめる。
「…はぁ…あぁ……」
しなやかで細い足を開かせると、形を変化し始めた君自身にそっと手を触れる。触れただけでそれは、熱いほどに熱を帯びた。
「…あぁっ…ぁ…」
手を添えて、形を指で辿る。先端の割れ目を軽く爪を立ててやると、透明な雫が滴り始めた。どろりと、指に生暖かいモノが伝う。
「このままイクか?紅葉」
その言葉に君は小さくこくりと頷いた。そんな君の仕草がどうしようもない程に可愛くて、僕は額にひとつ口付けると。
そのまま君を解放させる為に、強く君自身を愛撫した。
君の色素のしない身体が朱に染まる。
それが僕の指がもたらしたと言う事実に。
その事実にひどく幸福感を覚えた。
―――君を染めたのが僕だと言う事に。
「…如月…さんも……」
乱れる息のまま、僕は貴方の名前を呼んだ。視界が潤んで霞む。快楽の涙がぽたりと頬を落ちた。
「…紅葉……」
上手く動かせない手でぎこちなく貴方自身を包み込むと、そのまま手のひらで愛撫した。既に形を変化させていたそれは、強く硬くなってゆく。
この熱いモノが何時も僕の中をかき乱している…そう思うだけで、先ほど果てた筈の僕自身も再び立ち上がり始める。
「…いいよ、紅葉そこまでで。どうせなら…」
貴方はそう言うと僕の指を外させて…外させて代わりに僕の中に貴方は指を偲び込ませる。
「…あっ…」
くいっと指を曲げて中を掻き乱されると、それだけで瞼がどうしようもない程に震える。そんな僕の瞼にひとつ、貴方は唇を落として。
「―――君のココで、イキたい……」
耳元で低く、囁かれる。僕は小さく頷いた。
貴方の声、だけで。
僕の名前を呼んでくれる声だけで。
それだけで、全てが。
全てが、溶かされる。
だって僕しか知らない。
貴方が快楽を感じている時に出すその声を。
少しだけ掠れるその声を。
…知っているのは、僕だけだから……
僕しか、そんな貴方を知らない。
「――ああっ!!」
狭過ぎる君の最奥を抉じ開けて、僕は自らの欲望を侵入させた。媚肉が媚びるようにぎゅっと締めつける。それだけでイキそうになってしまう。
熱い君の中。蕩けるほどに、熱くて。そして痛い程に締めつける君の中。
その全てが僕の意識すらも溶かしそうになる。
「…ああっ…あああ……」
仰け反る喉に唇を落とす。そこにひとつ、朱の跡を付けた。普段ならば見える場所に所有の跡を残す事はしなかった。けれども。けれども今は。今は君が僕だけのものだと言う事実を確認したかった。
―――君が、僕だけのものだと言う事を……。
「紅葉、愛しているよ」
「…きさらぎ…さ…ん…」
「愛しているよ、君だけだ」
「…はい…僕も……」
「うん」
「…僕も…貴方…だけ……」
僕の背中に廻した腕の力が強くなる。それが。それが君の気持ちだと、伝わるから。
「…貴方だけが…好き……」
伝わるから。だから僕も。僕も君を強く、抱きしめた。
「動いても、いいかい?紅葉」
「…はい……」
君の細い腰を抱えると、僕はそのまま君の中で動き始めた。その度に君の内壁が収縮して僕自身をきつく、締めつける。
僕はその中を掻き分けながら、君をより深く貫いた。
「―――あああっ!!!」
君の身体に欲望を吐き出したと同時に、君も自らの腹の上に白い液体を飛び散らせた。
夜に、溶ける。
貴方に、溶ける。
身体中の体液を全部。
全部ぐちゃぐちゃに溶かして。
そして、貴方に溶けたい。
貴方に、全て。
「紅葉、大丈夫かい?」
意識が浮上した瞬間に飛び込んできたのは、貴方の心配そうな表情だった。そんな顔をして欲しくないから、僕は微笑ってみた。
「大丈夫です…如月さん…」
「ムリさせちゃったね、ごめんね」
そんな風に言う貴方に僕はそっと手を伸ばして、その髪に触れる。極上の感触を与えてくれるその髪に。髪に、触れる。
「…いえ僕も……」
「ん?」
「…貴方を…感じたかった…から……」
君がはにかみながら、微笑う。
そんな君がどうしようもなく愛しくて。
愛しいから、僕は。
君の綺麗な額にそっと口付けて。
そして、僕も微笑う。
君の瞳を見つめながら。
ふたりで、みつめあいながら。
「奇遇だね、紅葉」
「そうですね、でも」
「でも?」
「ふたり同じ気持ち、だった…んですよね」
End