――――ちりんとひとつ、風鈴が鳴った。
柔らかい風がそっと身体を包み込む。その心地よさに壬生は目を閉じた。少し肌蹴た胸元に忍びこんでくる風に。
「ここにいたのかい?紅葉」
背後から聴こえてくる声に、壬生は睫毛だけを開いてその相手に答える。瞳に映る彼はそっと。そっと自分に微笑っていた。
「…ええ、風が心地よくて……」
縁側に腰掛け庭の木を見ていた壬生の隣に、如月は静かに腰掛けた。その一連の動作を何も言わずに壬生は見つめる。いや正確には流れるようなその動作に見惚れていたと言う方が、正しいのだろう。
「君は何時も僕の家に来ると、必ずここに座る。この場所が好きなのかい?」
言われてみて壬生は初めてその事に気が付いた。何時もこの家に来ると必ずこの場所に、腰を掛ける。如月邸の庭が一面に見渡せる、この縁側に。そこに植えられた木々と、そして流れる水の音が自分にとってひどく心地よいものだったから。だから気付けば無意識にこの場所を選んでいたのかもしれない。この静かな場所を。
「そうかもしれませんね。この水を見ていると…ひどく貴方を思い出す」
視線を庭先に移す恋人の横顔を見つめながら、如月はそっとその肩を自らへと引き寄せた。そしてそのまま、すっぽりと腕の中へと抱きしめてしまう。
「僕がここにいるのに?」
耳元で囁かれる言葉に、壬生は微かに睫毛を震わせた。囁かれる言葉の甘さと、少し低くなるその声が、決して自分以外に向けられない事に気付いて。
「…でも…僕にとって一番の心地よい場所は…ここです……」
壬生の手が静かに如月の背中に廻されて、そのままぎゅっと抱き付いた。ひどく子供のような仕草に如月の口許から笑みが零れる。
その笑みを壬生は自らの瞼の裏に焼き付けて、自分からキスを…した。言葉よりも雄弁に思いを伝えるために。
―――自分にとって心地よい場所。それはここと、そして貴方の腕の中だと…。
如月の背後からちりんと、涼しげな音が聴こえてきた。それが天井からぶら下がっている風鈴だと壬生が気付くのは、自分の身体がその板張りの縁側に押し倒されてからだった。
「今日は積極的だね、紅葉。このままだと僕はこの場所で君を押し倒してしまうよ」
もう既に身体は組敷かれているのにそんな風に言う彼がひどく可笑しかった。可笑しかったから笑ったら…綺麗だよと言われてキスをされた。甘い、キスを。
「…もう押し倒してますよ、如月さん……」
繰り返し降って来るキスを受けとめながら、壬生は指先を如月の髪へと移した。さらさらの指を擦り抜けるほどに細い、その髪に。
「でも君は抵抗しない。なら都合のいいように解釈させてもらうよ」
「如月さん、僕はここで夕涼みしていたつもりなんですよ」
「ならばもっと身体が火照ってからの方が…涼しさも一層感じられるだろう?」
この人は何を言っているんだろうと思いながらも、壬生は抵抗しなかった。抵抗したいとは…思わなかった。だって風に抱かれるよりもずっと。ずっとこのひとに抱かれる事の方が、自分にとっては心地よく、そして。そして何よりもかけがえのないものだったから。
――――こうしてこの腕に…抱きしめられる事が……
浴衣の袷を開き、そこから覗く白い肌に如月は唇を落とした。くっきりと浮かび上がる鎖骨を吸い上げ、薄い胸に指を這わせる。桜色の突起が指で転がすたびに色付き、ぷくりと立ち上がるのが分かった。
「…あっ…はぁっ……」
指で外側を摘みながら、舌先で突起を嬲る。ぴちゃぴちゃとわざと音を立てて舐めてやれば、白い素肌がさぁぁっと朱に染まる。それがひどく如月の瞳には扇情的に映った。
「…あぁ…如月…さんっ……」
浴衣が肩からずり落ち、肘の部分まで袖が落とされる。露わになった滑らかな肩に如月は軽く歯を立てた。その間も胸の果実に淫らな愛撫を続けながら。
「綺麗だね、紅葉」
「…そんな事…言わないで…ください……」
微かに残る紅い痕。如月が噛んだ肩の傷。それが彼の所有の印だと思えば、ちくりとした痛みすら壬生にとって甘いものとなる。ひどく、甘いものへと。
「どうして?本当の事を言ったのに」
「…は、恥ずかしいです……」
「今更だよ、紅葉。何時ももっと…恥ずかしい事もしているし、恥ずかしい言葉も言っている」
「…あっ……」
再び胸の果実が口に含まれ、空いた方の突起も指先で嬲られる。同時に性感帯を刺激されて、壬生の口からは甘い吐息しか零れなくなっていた。
そう、言葉よりもこんなにも。こんなにも自分は恥ずかしい声を上げ、そして恥ずかしい事をしている。
そう思うと背筋がぞくぞくとした。沸き上がってくる快楽を抑え切れない。綺麗なこの指と唇に嬲られて、乱れてゆく自分が。
「…あぁ…んっ…はぁっ…あ……」
小刻みに揺れる身体を、如月はきつく抱きしめた。そしてそのまま胸から指と唇を離すと、ゆっくりと壬生の膝を割らせた。
「…如月…さんっ!……」
浴衣の帯は外さずに裾を上げて、壬生自身を外へと曝け出す。まだ日が沈みきっていない場所で、欲望に形を変化し始めたそれを。
「駄目だよ、紅葉」
「あっ!」
そのあまりの恥ずかしさに脚を閉じようとしても、如月の身体が割り込みそれを許さなかった。がくがくと震える膝を立たせ、如月は壬生自身を指で包み込む。それは既にどくんどくんと脈を打ち、如月の指先に快楽を伝えていた。
「…ああんっ…あぁ…駄目…如月…さんっ…やぁんっ……」
「嫌なのかい?こんなにしているのに」
くすくすと笑いながら、如月は手の動きをより淫らにした。形を指先で辿り、先端の割れ目に爪を立てる。その瞬間にとろりと先走りの雫が零れて来た。
「…あぁ…駄目…もう僕…っ……」
「イクかい?」
耳元に息を吹きかけられるように囁いて、耐えきれずに壬生はこくこくと頷いた。けれども如月は先端をぎゅっと指で摘み、解放を許さなかった。
「――――っ!」
イキそうになるのを止められて、びくんっと壬生の身体が跳ねる。それを見届けて、如月は再び耳元で囁いた。低く、そして何よりも官能的な声で。
「―――イク時は、一緒だよ」と。
如月の言葉に飛びかけた意識を戻し、壬生はこくりと頷いた。そして自ら うして乱されている事に。彼によって、乱れている事に。
「…はい…いいです…僕は……」
震える指で如月の裾を開いた。そして如月自身を取り出す。その熱さと硬さに壬生はぞくりと震えた。それは間違えなく自分を求めてくれている事を感じて。自分を、欲しがってくれているのを感じて。
「…貴方が…欲しい……」
「―――ああ、僕も。僕も君だけが…欲しいよ」
その手を如月はそっと解いて、自分自身で壬生の秘所に宛がった。そしてそのまま一気に、熱い内部へと侵入をする。
「ああああっ!!」
強い抵抗を掻き分け、中へと如月は挿ってゆく。熱く蕩けるような媚肉は、逃すまいと必死に如月を締め付けた。淫らに蠢く内壁が、その楔を決して逃さないようにと。
「…あああっ…あぁぁ…如月…さんっ…ああ……」
指を、絡めあった。そして互いに思いの丈を込めて腰を揺する。そのリズムに中が掻き乱され、壬生の口から途切れる事無く甘い悲鳴が零れた。何時しか肌はしっとりと汗ばみ、頬は上気している。帯の所まで捲くれ上がった浴衣が壬生の背中を擦り少し痛かったが、それ以上の刺激が与えられ、そちらへと身体はのめり込む。意識は、のめり込む。
「…紅葉…僕の紅葉……」
「…あああっ…もおっ…もぉっ…僕…ああ…」
「うん、一緒に。一緒にイコうね」
「あああああ―――っ!!!」
がくんっと大きく壬生の身体が痙攣して、そして。そして互いは熱い想いを吐き出した……。
――――ちりんとひとつ、風鈴の音が鳴る……。
火照った身体に涼やかな風はひどく心地よかった。指先すら動かす気になれない壬生は、そのまま如月の胸に凭れ掛かる。そんな彼の髪を優しく撫でながら、如月は何度も彼にキスをした。
「…そんな事していると…何時まで経っても、熱いままですよ…もう……」
「でも止めて欲しくはないんだろう?」
顔中に降って来るキスの雨に壬生はくすぐったそうに首を竦めた。けれどもその顔は決して嫌がってはいない。むしろ嬉しそうに。嬉しそうに、微笑っている。そして。
「…止めて…欲しくない…です……」
そして如月にしか聴こえない声で、そっと。そっと呟いた。そんな壬生に優しく如月は微笑むと、ただひたすらに甘い口付けを唇にくれた。甘い、甘い、キスを。
風が二人を包み込み、そして硝子の音がちりんと鳴る。
それだけで。それだけでふたりにとっては充分な『夕涼み』だった。
End