…目醒めた瞬間に、貴方が傍にいてくれるのなら。
不意に現実へと意識が戻される。そっと瞼を開けた先には、月明かりに照らされた綺麗な横顔。
規則正しい寝息と共に長い睫毛が閉ざされている。眠りを邪魔しないようにそっと、その髪に触れてみた。
柔らかい、髪。細くてさらさらで。何時もこの指先に極上の感触を与えてくれる、その髪。
「ずっとこうしていたいなんて…僕の我が侭ですか?……」
誰にも、聞こえないように。月にすら聞こえないように、そっと。そっと壬生は呟いた。
「我が侭でも、いいですよね」
無意識に壬生は微笑って、そっとその裸の胸に寄り添った。そこから聞こえる心臓の鼓動が、彼をひどく安心させた。
このままこの腕の中で眠れる事が、どんなに幸せでどんなに嬉しいか。このささやかな望みが叶えられるのならば、自分は何でも出来る。何だって、出来る。
「…大好き…如月、さん……」
本人が起きていたら絶対に言えない一言を、少し照れながら呟いて。そして再び壬生は目を閉じた。自分の居場所が確かにここにあると、確認するように。
「…僕も、君が大好きだよ」
そのまま眠りに落ちようとした壬生を引き止めたのは、不意に耳元に降りてきたその声、だった。
「き、如月…さん……」
びっくりまなこで自分を見つめる壬生があまりにも可愛くて、如月の口許が優しく微笑む。こんな風に時々見せてくれる子供のような仕種が、何時も如月を幸せにしてくれるなんて…きっと彼は気付いていない。
「…起きて…たんですか?……」
よほど恥ずかしいのか胸に顔を埋めながら壬生は呟いた。その耳がトマトみたいに真っ赤になっているのが、何だか可笑しかった。
「寝ていたよ、でも君が髪を撫でてくれたのがつい気持ちよくて」
「で…目が、醒めたんですか?」
「うん、勿体無くて寝ていられなくなった」
未だうつむいたままの彼の髪に、そっと如月は口付けた。そこから広がるシャンプーの香りが自分と同じものだと言う事に、ひどく幸福感を感じながら。そんな些細な幸せを何よりも大事だと、かみしめながら。
「もっと、撫でてくれないのかい?」
「…如月さん…我が侭……」
くすくすと腕の中で彼が、微笑う。本当にこんな時の彼は無防備になる。『暗殺者』と言う仮面を外して、ただの子供に戻る。
「君には幾らでも我が侭になる。でも君だって、僕の前では我が侭だろう?」
「僕は、如月さんから見て我が侭ですか?」
「ううん、僕としてはもっと…もっと我が侭言って甘えてほしい」
そっと壬生は顔を上げて、如月を見つめ返した。優しい瞳。優しすぎる瞳。ずっとこの瞳に見つめられたら、幸せ。
「…じゃあ、キスしてください……」
「幾らでも…何処にして欲しい?」
「…全部……」
小声で聞き取れない程の小さな声で告げた壬生の望みに。如月が拒む事はなかった。
こんなにも、こんなにも、貴方が大好き。
「…んっ…はぁ……」
痺れるような口付けに目眩すら憶えそうになる。舌の感覚が麻痺してしまう程長く深く口付けられて、壬生の口からは甘い吐息が零れた。
それと同時に飲みきれない唾液が顎を伝う。如月は自らの舌でそれを丁寧に舐め取った。
「目覚めのキスにしては、刺激的だったかい?」
「……もう、眠れません………」
ベッドサイドに置かれた時計を見ると、まだ四時を少し廻ったばかりだった。ちょっと中途半端な時間だった。
「このまま、しようか?紅葉」
寝起き特有の少し掠れた声で囁かれ、壬生の瞼が震える。この人の声は直接、腰にくるから困るのだ。
「…いや?……」
「…いやだったら…とっくに…この腕から逃げて…ますよ……」
「僕には君のそういう所が、どうしようもない程可愛いんだ」
身体中に降ってくるキスの、雨。優しい唇が壬生の意識を溶かしてゆく。溶かされて何も、考えられなくなる。
「…あぁ…んっ……」
貫かれる痛みも、唇が和らげてくれる。ベルベットのような極上の舌が、全てを快楽に摩り替えてしまう。
「…如月…さん…はぁっ…ん……」
「爪、背中に立ててもいいよ。だから僕にもっとしがみついて」
「あっ…あぁ…あ……」
如月の言葉通り、壬生が彼の背中にしがみ付く。それに満足すると如月はより深く彼を抉った。
「…あぁぁ…あっ……」
「気持ち、イイ?」
耳元に息を吹きかけるように囁かれて、壬生の背中にぞくぞくとした快楽が押し寄せる。もうどうにかなってしまいそうだ。
「僕は気持ちいいよ」
「…あ…ぁぁ…もう……」
その言葉だけで…それだけでもう……。
「…あ…もお…駄目……」
「もうちょっと我慢して。一緒にイこう」
如月の言葉に必死で頷くと、壬生の内部は彼をイかせる為により深く締め付けてきた。そんな彼を堪らなく愛しいと思いながら、如月は共に昇りつめる為、最奥まで彼を貫いた。
「泣かせちゃったね。そんなに良かった?」
目尻には未だ快楽の為の涙が堪っていた。如月はそれを指で拭ってやりながら、そう尋ねる。その途端、うっすらと壬生の頬が赤く染まる。
「…そんな事、聞かないでください……」
「君の口から聞いてみたかったんだ」
くすくすと微笑う如月には、セックスの余韻など微塵も感じさせない。何時もこの人はこうだ。何時でもどんな時でも、綺麗な笑顔を自分に向けている。
「たまには素直に答えてくれないと、僕も自信をなくしてしまうよ」
「何の自信ですか…」
そんな事聞かなくても今更分かっているくせに。それに自分がそんな事を答えられる訳ないと分かっているくせに。
「まあ、いいか。背中の爪痕が返事としておこう」
「…もう…如月さんったら……」
壬生の手がおずおずと伸びてきて、如月の背中に触れた。先ほど付けた爪痕が生々しくて、今更ながら羞恥心が蘇ってくる。
「痛かった、ですか?」
皮がめくれて少し血が滲んでいる背中をそっと指先で辿りながら、壬生は聞いてきた。それに答えるように如月の唇が壬生の髪に触れる。そっと。
「あんな可愛い君が見れたんだ。痛みなんて安い代償だよ」
「…バカ……」
「バカみたいに君が、好きだからね」
「…本当にバカ……」
目が合ってそして、壬生は笑った。それに答えるように如月も笑う。幸せだと、思った。本当に心から、幸せだと。もう何も、何もほしくないと。
心の底から、幸せだと、本当にそう思った。
「如月さん」
「ん?」
「…何処にも…行かないで…くださいね……」
「君の傍以外の場所、僕はいらないよ」
そして指を絡めて、眠る。この時が永遠に続けばと、祈りながら。
この優しい時間を壊さないように、そっと。
そっと、指を、絡めた。
End