―――背中に、爪を立てた。
このひとが自分のモノだと確認したくて。
僕だけのひとだと、確認したくて。
わざと、爪を立てた。
「痛いよ、紅葉」
貴方は微笑う。
なによりも綺麗な顔で。
なによりも優しい顔で。
僕に、微笑う。
だから僕はまた、爪を立てた。
「…だって、僕の方が痛い思い…している…」
僕の言葉にやっぱり貴方は笑った。くすりと、ひとつ。
そして汗でべとつく僕の前髪をそっと掻き上げて、額に口付けを落とした。
そこから広がる甘さに、僕は微かに瞼を震わせた。
「そうだね、でもそれだけじゃないだろう?」
低く少しだけ掠れた、声。僕だけが知っている、声。
―――僕しか知らない、声。
それがなによりも僕を満たす。
どんなセックスよりも、どんな快楽よりも。
僕の全てを満たしてゆく。
「…バカ…如月…さん……」
君の爪がまた、僕の背中に食い込む。
頬を朱に染めながら。
それが快楽のせいだけじゃないって事を。
僕だけが、知っている。
「事実を言ったまでだよ」
そんな君がどうしようもなく可愛くて、再びキスをする。
舌を、絡めて。唾液を、絡めて。
ぐちゃぐちゃになったら、再び君の最奥へと指を滑らせた。
ぴくりと肩が揺れる。その反応を確かめて、僕は埋めた指を動かした。
「…あっ…如月…さん…」
先ほど繋がって果てたばかりなのに、僕の欲望は尽きる事がなくて。
そして君も。君も一緒だと、自惚れても…いいかい?
指を埋めながら、尖った胸に舌を這うわす。
軽く歯を立てると絶え切れないのか首を左右に振った。
そこから零れる髪の、匂いが。
…快楽に…濡れている……
「君を見ていると何時も思う。人間の性欲はキリがないってね」
指の本数を増やしてやると、堪え切れずに君は甘い吐息を漏らした。
その声が、僕を狂わせる。
君の乱れた声が、快楽の喘ぎが。
僕の持っていた『理性』も『冷静』さも、全てを失わせる。
君が欲しくて。どうしようもなく欲しくて。
喉が乾くように、君を。
―――君を、求める……
「―――ああっ!」
引き裂かれるような、痛み。
この痛みにはまだ慣れなかったけれども。
それでもその痛みをもたらしたのが貴方だと言う事実が。
その事実が、痛みすらも喜びに変える。
このひとの腕の中で。このひとに抱かれていると言う事実が。
他の誰でもない、このひとに。
貴方の腕の中で溺れていると言う事が。
「紅葉、キツイよ。そんなに締めつけないでくれ」
わざと僕を煽るように言う貴方が憎たらしくて、そして愛している。
愛して、います。貴方だけを。
こんな風に言われても、貴方だから受け入れられる。
貴方だから、嬉しい。
貴方が、喜んでくれているのならば。
「…ああっ…はぁ…如月…さんっ……」
飛びそうになる意識を堪えながらも、僕の名前を必死に呼んでくれる君。
それがどうしようもない程に、嬉しい。
嬉しくて、愛しくて、どうしようもなくて。
こんなにも愛したひとはいない。
そしてこんなにも愛されたひとも。
君が僕を想っている気持ちと同じだけ、君が想ってくれるならば。
こんなにも幸せなことは、ない。
「一緒に、イコう。紅葉…」
君の瞳に映るのが、僕だけならば。
僕の瞳に映るのが、君だけならば。
―――これ以上。
これ以上、望む事は何もないから。
「…は…い…如月…さ…ん……」
貴方の腕に抱かれるのが、僕だけならば。
僕が抱かれるのは、貴方だけだから。
―――こんなにも。
こんなにも、幸せなことはない。
もう一度、背中に爪を立てた。
貴方が僕だけのモノだって。
僕が貴方だけのモノだって。
…互いは互いだけのもの…だって……
何度も何度も、繋ぎあって。
何度も何度も、混ざり合って。
そして何度も何度も、果てる。
互いの全てを貪るまで、身体を重ねあった。
「…腰が…痛い…です…」
「いっぱい苛めちゃったからね、ごめんね」
「…でも…僕も…」
「僕も?」
「…貴方が…欲しかった…から……」
俯いて聞こえないような小さな声で呟く君に。
僕はまだ夜に濡れている瞳をそっと。
そっと口付け、た。
「…いっぱい…泣かせちゃったね……」
「……目…赤い…ですか?…」
「うさぎみたいだよ。可愛いよ、紅葉」
「…バカ……」
もう一度最後に、背中に爪を立てた。
無言の抗議と、無限の愛情を込めて。
僕の気持ち全部を貴方に、込めて。
―――背中に爪を、立てた。
End