―――そんな事が、あったね。と…
ふと、思い出してみて。
そして、微笑いあう。
そんな事も、あっね、と。
空っぽの、何もない日々を思い出しながら。
そして今こうして語り合って、微笑い合える事が。
何よりも大切だと。何よりも大事だと。
貴方だけが、気付かせてくれた。
指に、触れる。
貴方の綺麗な、指に。
触れて、そして。
そしてそっと。
そっと噛んで、みた。
「紅葉、痛いよ」
柔らかく微笑いながら、如月は言った。そんな彼に壬生は子猫のような瞳で、見上げてくる。その瞳がひどく、如月には愛しい。
「ごめんなさい、でも」
「でも?」
「貴方の綺麗な指に傷を付けてみたかったんです」
床にぺたりと座ったままで、再び壬生は如月の指先に触れた。綺麗な指先。その冷たいほどの白い手は、決して血にまみれる事も穢れる事もない。だからこそ。だからこそ不意に傷つけたいと言う衝動に駆られる。
「いいよ、傷を付けても。君がそうしたいならば」
まるで足元にじゃれている猫をあやすように、如月は答えた。実際に彼は子猫だった。自分だけの、黒猫。気まぐれで目を離せばすぐに何処かに消えてしまって…あまのじゃくででも誰よりも淋しがり屋でそして。そして必ず自分の元へと帰って来る。
―――小さな、可愛い、僕だけの猫。
「おいで、紅葉」
眠る事が出来るほどに大きなソファーに腰掛けていた如月がそっと手を伸ばす。自分だけの気まぐれで愛しい猫をその膝に抱く為に。
「…如月さん……」
漆黒の瞳がまるで宝石のようにきらきらとしている。そんな壬生の瞳を柔らかく包み込みながら、如月は自分の手でじゃれていた彼の腕を引っ張ってそのまま自らの膝の上に乗せる。
「如月さんの、顔」
「ん?」
「…下から見上げても綺麗ですけど…こうやって上から見下ろしても…綺麗です……」
「どきどきするくらい、イイ男かい?」
冗談とも本気ともつかない如月の言葉に、壬生は微笑う。子供のように、微笑う。それは如月だけが知っている彼の本当の笑顔。如月しか知らない壬生の真実の笑顔。
「何時もどきどきしています。ほら今だって」
壬生は如月の手に自らの指を絡めるとそのまま自分の薄い胸へと導いた。確かにそこから伝わるのは、心臓の鼓動。暖かい命の、音。如月の指に優しく刻まれるものは。
「本当だね、どきどきしている」
「…だって…如月さん…カッコイイんだもの…」
「君好みの顔に生まれてよかったと思っているよ」
「…でも…」
「でも?」
「―――貴方が今の顔をしていなくても…僕は絶対に貴方を…好きになります……」
「僕もだよ、紅葉」
「…如月さん…」
「君がどんな顔をして、どんな素性で、そしてどんな形であったとしても。僕は『壬生紅葉』と言う人間を必ず見つけ出して、そして恋をする」
「…凄い、口説き文句ですよ…如月さん……」
壬生の頬が他人の目にも明らかな程真っ赤にになる。それは如月以外の人間にでも分かる程、本当に真っ赤になっていた。
「君の為ならば、いくらでも饒舌になれるよ」
「…元々じゃ…ないですか?……」
「恋する男は饒舌になるものなんだよ、紅葉」
そう言って如月は壬生の胸に重ねたままの自分の手を、絡めた彼の指先事口許へと運んで。
「そして、態度で示したがるんだ」
そのまま口に含んで、指先を舐める。その滑らかな舌の感触に、壬生の瞼が震えた。微かに、震えた。
見つめ、あって。
そして微笑みあえること。
笑顔で、いられる事。
そんな。そんな当たり前の日常が。
何よりも愛しいものだと気付いたから。
ただ穏やかに過ぎてゆく時間こそが。
何よりもかけがえのないものだと、気付いたから。
だから、大切にしよう。
こうやって小さくそっと積み重ねてゆく日々を。
―――ふたりで、大切にしよう。
「…口、開けて……」
「…如月…さんっ……」
言われた通り壬生の唇が薄く開かれる。その途端、如月の舌がゆっくりと侵入してきた。そして臆病な壬生の舌を自らのそれで絡め取る。
「…ん…ふぅ…んっ……」
舌の裏側を舐めて、そのまま筋を辿った。そして再び絡め合うと、わざとぴちゃひちゃと音を立てながら吸い上げた。
「…んんっ…ふ…」
つうーと壬生の口許から飲み切れなくなった唾液が零れ落ちる。その一本の筋は顎先を渡って、ぽたりと壬生のワイシャツの上に染みを作った。
けれども如月は解放を許さず、壬生の口中をその舌で蹂躙し続ける。息が出来なくなる程に。舌が、痺れてしまうほどに。
「…んっ…あ…きさらぎ…さ…ん…」
唇が離れても、伸ばした舌が名残惜しそうに重なり合う。そこからまたぽたりと唾液が零れたが、互いの味に酔いしれるふたりには気にもならなかった。
「…紅葉……」
如月の指が壬生のワイシャツのボタンに掛かるとそのままそれを外し始めた。壬生も答えるように如月のワイシャツのボタンを外してゆく。こうやって服を脱がす時間ですらひどくふたりにはもどかしいものに感じた。
―――早く、その素肌に触れたい。早く、その体温を感じたい。
「…ん、んん……」
互いの衣服を脱がす間も舌は触れ合っていた。触れ合わせて、そして。そして絡め合う。そのせいで壬生の手はサボリがちになってしまうが、それでも絡めた舌は離さなかった。
―――少しでも。少しでも、触れていたいから。貴方と繋がっていたいから。
「紅葉、このままでいいよ」
中々上手く脱がせられない壬生に、如月は柔らかく微笑いながら言った。壬生の上半身はすっかり脱がされていたのに、如月の方はまだワイシャツのボタンがやっと全て外された所だった。
「…如月さん…でも……」
夜に潤み始めた瞳が如月を見下ろしてくる。その瞳がひどく綺麗だと如月は思った。
―――君は、綺麗だよ。自分自身が気付けない程に。君は、綺麗なんだ。
「僕が我慢出来ない程今、君に触れたいんだ」
とても、綺麗、だよ。
君は本当に猫のように、時々ふいっといなくなる。
でも僕はそんな君を捜したりはしない。
だって君は必ず僕の元へと帰って来るから。
だから、捜したりはしない。
淋しがり屋の君は、結局僕から離れられないんだから。
でも、紅葉。
それは僕も同じなんだよ。
君が僕から離れられないように、僕も君から離れられないんだ。
僕は君を、離せないんだ。
君の帰りを待っている僕は淋しいと思った事はない。
だって君は必ず僕の元に戻ってくるから。
でも君は、淋しがる。
僕の前から消えるのは君の方なのに。
何時も淋しがるのは、君の方なんだ。
―――可愛い、可愛い、僕だけの子猫。
「…あ…つ……」
胸の果実を口に含むと、堪え切れないように壬生の口から甘い声が零れた。如月はひとつひとつその声を拾い上げる。
「…あぁ…ん……」
ぷくりと立ち上がったそれを舌で舐めながら、開いている方の突起をそのまま指で扱いてやる。そのたびにぴくんっと壬生の身体が震えた。
「…はぁ…くふ……」
指の腹で転がしながら、舌の動きを止めなかった。軽く歯を立ててやると、胸の果実は痛い程に張り詰めた。
壬生の綺麗な背中がカーブを描く。そしてそのまま如月の唇に胸を押しつけた。
…もっと、…と。彼は無意識に愛撫をねだる。
「…可愛いよ、紅葉。君のココもうこんなになっている」
「ああっ!」
ズボンの上から如月は壬生自身に触れた。それは確かに如月の言葉通り、硬く張り詰めていた。
「胸だけで、感じたんだね」
「…やだ…如月さん…恥かしい事…言わないでください……」
「本当の事だろう?」
息を吹きかけるように如月は壬生の耳元で囁いた。低く、腰にまで響きそうなその声に。その声に壬生は身体の芯が疼いてゆくのを止められなかった。
「イヤらしいね、君のココは」
「…ぁぁ…恥かしいです…如月さん……」
ジィーとジッパーが外れる音がして、壬生自身が外へと開放される。その瞬間冷たい空気に触れて一瞬びくりとするが、じかに触れてきた如月の指先に再び熱が帯びてゆく。
「どくどくと言っているよ、君のココは。僕に触れられて嬉しいかい?」
「…あ…そ、そんな事…恥かしくて…言えないです…」
「じゃあ離してもいいんだね」
如月は意地悪くそう言うとそのまま手を離してしまう。そして今度は壬生の細い腰に手を充てるとそのまま下着ごとズボンを下ろさせる。
「…あ……」
向き合って座ったままの格好の為、中々上手く脱がせられなかった。けれどもやっとの事でズボンを下ろすと、そのまま床に落とした。そして生まれたままの格好になった壬生を、如月は改めて見つめた。
「綺麗だよ、紅葉」
「…そんな…じっと…見つめないで…ください……」
中途半端に放って置かれている壬生自身が、その如月の視線ですら反応してしまう。その全身を愛撫するような視線に。
「君は前に触れられるよりもこっちの方が、お望みかい?」
「―――あっ!」
不意に忍び込んできた長い指に、壬生の器官は緊張したように縮こまる。けれどもゆっくりと中で動き始めた指先に、何時しか壬生の内壁は収縮をし答えるようになっていた。
「…あぁ…くふぅ……」
如月はくすりとひとつ笑うと、壬生の最奥に入れた指先の本数を増やしてゆく。その度に壬生の媚肉はぎゅっと如月の指を締め付けた。
「今君の中に何本の指が入っているか、分かるかい?」
「…あ…あ…そ…そんなの…答え…られない……」
「答えないと挿れて、あげないよ」
「…やぁ…ん…如月さんの…意地悪……」
「僕が欲しくないのかい?」
如月の言葉に壬生はイヤイヤと首を振った。
―――欲しい…如月さんが欲しい…早く僕の中に挿いってきて。そしてぐちゃぐちゃになるまで僕の中を掻き回してほしい。その火傷する程の熱さで……。
「――だったら…何本だい?紅葉……」
「…あっ…3本…3本…挿いって…いるっ…」
「よく出来ました」
そう言うと如月は指を引き抜いて、壬生の腰を掴んだ。そしてそのまま自分へと引き寄せた……。
時々、貴方の前から無償にいなくなりたい時がある。
貴方を好きになりすぎた時。どうしようも貴方を好きだと思った時。
僕は貴方の前から不意に消えるんだ。
だって、確かめたかったから。
僕がいなくても、貴方は僕を好きでいてくれるか。
僕の事、好きでいてくれるか。
確かめたかった、から。
でも、やっぱり。
やっぱり、また無償に貴方に逢いたくなって。
貴方に逢いたくて、その腕に帰って来てしまう。
そんな僕を。
貴方は変わらない優しい瞳で、抱きしめてくれるから。
―――だからここだけが、僕の帰る場所。
「―――あああっ!!」
望むものを与えられた壬生の媚肉は、悦びを隠そうとせず如月自身を飲み込んでゆく。無理な態勢からの侵入にも関わらず、ずぶずぶと音を立てながら壬生はその楔に貫かれた。
「よく、全部飲み込んだね」
そんな壬生の髪をそっと撫でてやると、如月はご褒美とばかりにその形よい額にそっと口付けた。
「…あ…だって…」
「だって?」
「…欲しかった…から……」
「僕が欲しかったのかい?」
その問いに壬生はこくりと頷いた。息を弾ませながら、それでもこくりと頷いた。
「僕も君が欲しかったよ」
くすりと笑うと、如月は壬生を支える為にその腰に再び手を充てた。そして悪戯をするようにそのラインを指で辿る。
「―――自分で、動けるかい?紅葉」
如月の問いに壬生は小さく頷くと、ぎこちなく腰を動かし始める。けれどもそれはすぐ中の如月の熱に翻弄されて、動きは激しくなる。
「ああああ…あ……」
ぐちゃぐちゃと接合部分が淫らな音を立てて、より壬生の身体に火を付けた。何時しか理性は吹き飛び、無我夢中で腰を振っていた。
―――貴方が…欲しくて…もっともっと…深くまで…欲しくて……
「当たって…る…如月さんの…奥に…ああっ……」
「もっとだ、紅葉。君の内臓まで貫いてあげる」
「…ダメ…もう僕…ああ…深い…深いよぉ……」
目尻から零れる快楽の涙が、壬生をより一層綺麗に見せていた。この世のものとは思えない程に。
―――紅葉…君は…抱かれるたびに綺麗になってゆく……
「――――ああああっ!!」
びくんびくんっと、音が耳に届いたのかと思うと。壬生はその欲望を如月の腹にぶちまけた。そして。そして、如月も。
…壬生の中にその白い液体を吐き出していた……。
このまま、抱き合って。
溶け合って、ぐちゃぐちゃになって。
そして、ひとつになれたならば。
幸せかもしれない、なんて。
そんな事を、ふと思った。
目覚めた瞬間に、貴方の優しい瞳にかち合って。ひどく、ひどく優しい気持ちになれた。
「…如月…さん……」
まだねぼけまなこの壬生の声が如月の耳に届く。激しく抱き合った後、疲れてしまった彼はそのままこの腕で眠りについていた。
「目が、醒めたかい?紅葉」
「…あ、はい……」
そう言いながらもまだ声が寝ぼけている。そんな彼が愛しくて。どうしようもない程に愛しいから。
「目覚めのキスだよ」
くすりと、笑って。そっと唇にひとつ、キスをくれた。
「…如月さんのキス…だ……」
それでもまだ夢うつつの彼はそう言った。ひどく甘えた声で。だから。だから、如月は。
「―――もう少し、眠っていいよ…紅葉……」
それだけを言って、暖かい彼の身体を抱きしめると。
―――自分もそっと目を閉じた……。
『…大好きです…如月さん……』
腕の中で呟いたその言葉は…寝言だったのか、それとも彼の本音なのかは如月には分からなかったけれども。けれども。
けれどもそれが彼の本当の気持ちだと、分かったから。
だから如月はそっと。
そっと眠る彼に、口付け、た。
End