君が全てを、壊すのならば。
僕が、君の全てを護ろう。

君が君の世界を壊そうとするならば。
僕が君の世界を、君自身を護ろう。

自分自身で、自らを傷つけてしまう哀しい君に。

こころの傷は永遠に癒されない。何時も血を流しながら、抉られてゆく。抉られてそして。そして剥き出しにされる。
「…苦しいのかい?…」
優しい声に囁かれ、そして全身に温もりが染み込んでゆく。でも。でも癒される事は決してない。癒される事は、永遠にない。
「…苦しいですよ…貴方を見ているだけで……」
凍り付いた時間を進めたのは、貴方。止まっていた時計の針を刻ませたのも、貴方。そして僕の心を剥き出しに暴いた。僕の傷を再び抉った。愛という名の鋭いナイフで。
「ならばその目を閉じればいい」
「閉じたなら、貴方の綺麗な瞳を見つめられない」
「ならば僕を見ていればいい。君の瞳に映し出すのは僕だけでいい」
もしも貴方だけを見ていたら、僕は幸せ?貴方だけを映していたら?でもね。でもきっと。きっと貴方の瞳に映るのは僕だけじゃない。貴方が僕を見ていない時間を、僕が見つけてしまうのがイヤなんだ。それが、苦しいから。
―――また、透明な血が僕の心臓から流れた……。
「だったら貴方もそうしてください。僕だけを見ていて」
恋をした。貴方に恋をした。どうしようもない程の恋を、貴方にした。だから。だから傷つくの。貴方を好きになってゆくだけ、僕のこころは傷ついてゆくの。
だって。だって貴方以外どうでもいいから。僕を傷つけられるのは貴方だけなんだ。
「…君だけを見たら…僕が君を壊してしまう…」
「…如月さん?……」
「今ですらどうしようもない程君を愛しているのに。これ以上君を愛したら、僕はこの醜い独占欲で君の全てを奪ってしまうかもしれない」
―――奪われても…いいのに…と。僕のこころは告げていた…。

君を護りたい。
君を傷つけるもの全てから。君を哀しませるもの全てから。
君を、君を護りたい。
でも気付いてしまった。
君を傷つけるのも、君を哀しませるのも。
それは他ならない僕だと言う事に。
僕の存在事態が君を、傷つけていると言う事を。

この『愛』と言う名の凶器は容赦なく君の心臓を抉ってゆく。

伸ばしてきた指をそのまま引き寄せ、この腕の中に抱きしめた。暖かい、身体。命の音のする身体。生きている、身体。
―――紅葉…君のその全てが愛しい…。
「…奪って…ください…僕の全てを……」
このまま腕の中に閉じ込めて、誰にも見せずに。誰にも見せずに隠して僕だけのものに出来たなら。そうしたら、僕は満たされるのか?君の全てを手に入れれば僕の狂気は止まるのか?
「出来ないよ、紅葉。僕は生きている君を見ていたい」
止まる事はない。そして満たされはしない。もしも君の全てを奪って僕だけの中に閉じ込めても…。閉じ込めてしまったら?
そうしたらもう、君の。自由な君の表情を見ることが出来ない。僕がまだ知らない君を、見ることが出来ない。
僕以外の人間に対して君がどんな表情をするのか?僕以外の人間に対して君がどんな風に接するのか?僕はまだ、見ていない。君の全てを、見ていない。
「僕の知らない君を、まだ見ていない」
―――君の全てを、手に入れたいから。

僕の世界に存在するのは貴方だけ。
貴方だけが僕の世界の、唯一の色。
貴方だけが僕の全て。
他に何も望まないのに。
それなのに、まだ見たいんですか?
人形のように無気力で抜け殻の僕を。
そんな僕でも貴方は愛してくれるのですか?

僕の全てを愛してくれるのですか?

「君を護りたいと何時も思っている」
護ってくれる。貴方の優しい腕は。貴方の柔らかい笑みは。僕の全てを護ってくれる。
「そして君を傷つけたいと思っている」
傷つけられる。貴方の他人への優しさは。貴方の僕以外への視線は。僕の全てを傷つける。
「君が自分自身で傷つけるくらいなら、僕が傷つけたいと思っている」
―――如月さん、それは間違ってますよ。僕は僕自身で傷ついてなんていない。僕が傷つくとしたらそれは全て貴方のせいなんですよ。
「そして僕はそれ以上に君を護りたいと思っている。君を傷つけるもの全てから」
貴方が護ろうとするものに僕は傷つけられる。それはどうにも出来ない事なんです。僕がどうしようもない程貴方を愛してしまった時から。それはどうにもならない事なんです。
「…如月さん…それはムリです…。僕を護ってくれるのが貴方だけなら、僕を傷つけるのも貴方だけなんだ。貴方の優しさは僕を癒し、貴方の愛は僕を傷つける。それはどうにもならない事なんです」
どうにか出来る想いならば、初めから貴方を愛したりはしない。
「―――でも貴方しか出来ない。僕を癒すのも、僕を傷つけるのも。貴方以外の誰も…」
「…紅葉……」
「このまま抱きしめていてください。僕はそれだけでいいんです。それだけで…何も…」
「このまま君を抱きしめたまま、世界が閉じられたら幸せか?」
「幸せにはなれません…だって僕はまだ如月さんの全てを見ていない」
「…僕もまだ君の全てを見ていない……」
「―――だったら…」

「幸せになんて、なれなくてもいいじゃないですか?」

ああ、そうだね紅葉。
幸せになんてなれなくても構わない。
そんなもの望む理由が僕らにはない。
癒される事も傷つける事も。
愛する事も愛される事も。
そのどちらもが僕らにとっては同じなのだから。
だから幸せになんてなれなくてもいい。

―――不幸になっても地獄に落ちても構わないじゃないか。
君がこの腕の中にいるんだから。

「ああ、そうだね。そんなちっぽけなモノ僕らにはいらないね」
瞳を合わせる。互いの存在以外を見えないように、見つめあう。
「いらないです、貴方以外には」
みつめあって、そして。そして唇を重ねた。それが全てだと言うように。
「僕もいらないよ、君以外」
―――それが全てだと、知っているから。

君が壊した世界に僕が存在する。
君が壊した全てに僕が居る。

それ以上、望むものは何もない。なにひとつ。


End

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