華を、食べる。

―――床に散らばったのは、花びらの残骸。


ばらばらに切り刻んで、そして食らう。貪るように食らった、花びらの残骸。


恋し、恋焦がれ。そして狂った。


「桜の花びらと、薔薇の花びら。どっちが綺麗だと思いますか?」
夜の闇に濡れた君の瞳。綺麗だよ。綺麗だから…食べたいな。
「どちらも醜い、君に比べたらね」
着ていた衣服をハサミで切り刻む。それが最近の君のお気に入り。服を切り刻む事で、君は自分自身を切り刻んでいる。哀れだね、だけど愛しくてしょうがないんだ。
君は過去を消したいから、自分を切り刻む。そうして無にしようとするけれども。でも君は自分を切れない。衣服を切る事がそれの代償。―――でも、それじゃあ君の過去は消せないよ。
「桜の花びらは君程儚くなしい、薔薇の花びらは君程鋭くない」
切り刻んで、ぼろぼろになった布の隙間から君の白い肌。ここに来てから益々君の肌に色がなくなる。何時しか肌が透けて、そこから骨が見えるのかもしれないね。
「如月さんは、薔薇のトゲ」
笑う、君。紅い唇で。花びらを咥えながら。そして。そして白い肌に花びらを散らす。まるで桜の花はキスマークのようで、薔薇の花びらは血のようだね。―――可愛いよ、紅葉。君は本当に。
「触れると、痛い。身体も、こころも」
それでも君は僕に触れる。傷つくと分かっていて、僕に触れて口付けをねだる。愛撫をねだる。
「貴方はその存在だけで、全てを傷つけずにはいられない人。それでも」
「それでも?」
「貴方を、愛しているの。如月さん」
僕もだよ、紅葉。僕の。僕だけの可愛い、人形。



花びらの残骸。ひらひらと散らばる花びら。君が引き千切った。
ひとつひとつ、口に咥えながら。君は華を食べる。
だから、綺麗。華の養分だけを糧にして。君は夜に咲く。
夜だけに咲く、僕の華。


―――愛しているんだよ、本当に君だけを……。


床に散らばった花びらを腕に掬い、君は僕に投げつけた。その瞳に映るのは狂気。そして正気。
「花まみれの貴方は何よりも綺麗です」
無邪気に笑いながらそう言う君の笑顔は子供のようで。どちらが狂気で正気なのか時々分からなくなる事がある。…いや違うな…君は狂気の中にいる方が幸せなんだ……
君は笑わなかった。笑えなかった。何時も何処か口許に淋しそうな何かを堪えて、そして。そして泣きながら、笑う。泣けない瞳で、口許だけで笑う。
それが、君が覚えた笑み。覚えざるえなかった笑み。君の過去が、君の人生が、それを強要させた。それ以外君には方法はなかった―――君は笑う事の出来ない哀しい子供。
「花だってほら、貴方の前では枯れてしまう」
うっとりとした声で呟く君。今君は、しあわせだろう?だって誰も君に強要しない。君に人を殺せとも、知らない誰かに抱かれろとも。もう誰も、君に命令をしないのだから。
「やっぱり貴方が一番綺麗です。光のひと」
光?面白い事を言うね、紅葉。僕が本当に光だったならば、君は壊れたりしないよ。君を壊したりはしないよ。君を僕のものにするために、こんな君にはしなかった。―――紅葉、僕は君を壊してまでも自分だけのものにしたかったんだ。
「光の人、綺麗な人。眩しい人…僕は触れてはいけないひと……」
「バカな事を言うね、紅葉。君はこんなにも僕に触れているのに」
手を伸ばして、君の腕を取る。がりがりに痩せた君の手。不思議だね、君が痩せていけばいくほどに、君が骨に近づけば近づくほどに。君が、綺麗に見えるのは。不思議だね、紅葉。君のこけた頬が、何よりも愛しいと思うのは。
「ほら、触れているだろう?」
君の手を僕の背中に廻させて、そのまま抱きしめた。何時しか僕の腕にすっぽりと収まるほどに小さくなってしまった君、やつれていく君。そうだよね、だって君は華以外食べないのだから。
「綺麗な、ひと。僕だけのものにしたくて、だけど僕の手は穢れている」
「いいじゃないか、穢れていたって。何がいけないのかい?」
「何人もの男達が抱いた身体、館長の慰み者の身体、貴方に相応しくない身体」
「相応しいか相応しくないかは、僕が決めるんだよ。紅葉」
「それでも…貴方が好き……」
「僕も好きだよ」
「…貴方だけが…好き……」
頬から零れ落ちる涙。透明な雫。君の涙はどんな華よりも、美しい。だって僕だけのために流してくれているのだから。


ねえ、如月さん。どうしたら僕は貴方の傍にいけるのかな?貴方の隣に行けるのかな?
僕の穢れた身体をなくせばいいのかな?僕の汚れた血をなくせばいいのかな?
ねぇ、如月さん。身体切り刻めば、いいですか?血を流せば、いいですか?
ねえ、如月さん。教えてください。僕はどうすれば、いいの?



『狂ってしまえばいい』



狂う?狂えば、いいの?でもそうしたら貴方の事を分からなくなってしまうかもしれない。そんなのイヤ。そんなのはイヤ。僕はどんなになろうとも貴方だけは想っている。貴方だけは愛している。



『僕だけを想って狂えばいいんだよ』



貴方だけを想って?貴方だけを愛して?ああ、そうか。そうか、そうか。貴方を愛して狂えばいい。貴方を想って壊れればいい。そうして何も考えないで空っぽになって。空っぽになって貴方に埋められればいい。



『埋めて、あげるよ』



天井から落ちてくるのは無数の花びら。紅や、桜色や、紫や、黄色の。無数の花びらたち。それに埋められてゆく僕の身体は。…少しは…穢れは清められるだろうか?



ひひらひら、ひらひら。君を埋める花びら。
そのまま埋もれて見えなくなったなら。
君を誰にも見えなくなったなら。
僕の腕の中に閉じ込めよう。僕の腕の中だけに。


愛しい、君を。可愛い、君を。


恋し、恋焦がれ。そして愛して。愛し過ぎて、狂う。幸せじゃないか?幸せじゃないか?こんなにも幸せなことが他にあるのか?


愛だけに生きられるんだから。


「好き、如月さん。好きです」
「紅葉」
「好き、好き、好き。貴方だけが」
「僕もだよ」
「―――愛しています」
「僕もだよ、紅葉」


他に何を望む?他に何が欲しい?
何も欲しくはない。何も望まない。
この硝子の時間軸がふたりを閉鎖する以外には。


華を、食べる。君という名の。何よりも綺麗でそして哀しい。


華を、食べる。



End

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