永遠性の自由

――――身体と云う入れ物がなくなったなら…僕等は自由になれるのかな?

肉体に、運命に、社会に縛られている。
そうしたものを、一つ一つ解いていって。
そして最期に残ったものはただひとつの。
ただひとつの剥き出しの魂。
そうなって初めて。初めてひとは。

……自由を手に入れることが、出来るのだろうか?………


互いの手首を噛み切って、傷口を重ね合わせた。切り口を重ね合わせて、血を混じらせあう。そこから零れ落ちる血が交じり合ってぽたりぽたりと床に散らばった。
「――このまま身体の血が全部流れたら……」
君の睫毛がゆっくりと閉じられる。そこから零れ落ちるのは透明な雫。睫毛が揺れるたびにぱらりと、涙が零れ落ちた。それはひどく、綺麗だった。
「血の海で死ねますね」
最期の涙が零れ落ちて、君は微笑った。それは今まで見てきたどんな君の顔よりも綺麗で、そして哀しい。それは多分、君が僕に初めて見せてくれた表情だったからだろう。
「…紅葉…君は……」
どうしてこんな瞬間になって君は。君は僕に笑顔を見せるのか?本物の、笑顔を。あれだけ願っても、見せてくれなかったその笑顔を。そして。
「君は、どうして最期の瞬間まで嘘を付く?」
そしてその笑みの先に見え隠れする、ひどく満たされた顔を。何時でもどんな時でも君の瞳からは、君の表情からは不安が消えなかった。怯えが消えなかった。けれども今。今初めて君は、全てを満たされた顔をしている。それは僕が、初めて見た君の表情。
「嘘なんて付いてません」
微笑う、君。頬に零れた涙は一筋の痕になって、光の粒子に反射して輝いている。
「――それが嘘だよ、どうして君は」

「どうして君は独りで死のうとしているんだい?」


剥き出しになった魂を貴方に見せたいと思った。
自分を覆うものが何もない、僕自身のこころを。
剥き出しに暴かれたここを見せたいと。
貴方だけに見せたいと、そう思った。

―――僕がどれだけ、貴方を愛しているのかを……


ぽたぽたと、零れゆく血。だけど君は僕の手首を本気で噛まなかった。噛めなかったのか?
「死んだら…貴方の永遠になれるから…」
それとも僕が本気で噛むと分かっていたから、わざとそうしたのか?
「―――紅葉……」
僕だけをこの地上に残そうとしたのか。君より先に死ぬ事は許さないとそう言いたいのか?
「死んで貴方の永遠に、なりたいから」
―――それとも?……


一緒に死んだら、それでおしまい。だから。
だから僕は貴方を置いて死にたい。
貴方独りを地上にとどめたい。そうして。
そうして永遠に、貴方の心が欲しい。
貴方のこころが、ほしい。

生きている人間は決して、死んだ人間には勝てないから。

これから先貴方独りが生きて、そして色々な人間に出逢っても。
例え出逢おうとも、僕は。僕は貴方の一番綺麗な部分で。
一番綺麗な部分に閉じ込められて、そして。
そしてずっと。ずっと永遠になれるから。

だから僕は今、一番綺麗な瞬間を貴方の瞳に焼き付けたい。


「駄目だよ、独りでは逝かせない」
ずっと君だけを追い続けていた。ずっと君だけを求めていた。君だけが欲しくて、君だけを僕のものにしたくて。ただそれだけを。ただそれだけを僕は。僕は望んでいた。
「そんなの僕が許さない」
どんなに近付いても、どんなに抱いても、君は。君の瞳の怯えは消えない。君の孤独を消せない。何時でも僕ばかりが君を追い駆けていた。君だけを追い続けていただからこそ。
「やっとこうして君を捕まえたんだ…もう……」
もう二度と君を離しはしない。君がいやだといっても逃がしはしない。この手でやっと、やっと捕まえた君を。やっと君と向かい合えたのだから。
「もう離しはしない」
抱き寄せて、抱きしめた。力の限り抱きしめた。このままきつく君を抱きしめて、そして壊れたならば。壊れたならば一緒に壊れるから。だからもう君を何処にもいかせはしない。
「…如月さん……」
背中に腕が廻される。口から零れる息は、少し荒かった。そうだね、僕は本気で君の手首を噛んだから血が大量に流れているのだろう。君の手首から、僕のシャツを血で染め上げるほどに。
「噛むんだ、紅葉」
そう云って僕は君の唇を塞いだ。口中を強引にこじ開け、舌を絡ませる。
「―――噛むんだ……」
その言葉に導かれるように君は僕の舌を噛んだ。口の中にじわりと鉄の味が広がる。その甘さにふたりは酔った。口許から血を流しながら、口の中に血を溢れさせながら、僕等は互いの舌を貪り合った。唇が痺れるほど、互いを貪り合った。


―――瞼を閉じて感じる世界が今、互いの存在だけになる……

肉体なんて邪魔でしかないと思ったけれども。
けれどもこうして触れ合うのには、やっぱり。
やっぱり必要なのかもしれない。
例え自由になれなくても、全てのものに縛られていても。
手がなければ触れない。唇がなければ言葉は交わせない。
―――身体がなければ抱き合えない。
自由の代償に失くすものが、ぬくもりと確かめ合う肉体ならば。
どちらが僕らにとって必要なのだろうか?


…でも…もう遅いね…答えを出す前に…僕等は死に逝くモノになるのだから……


どちらでも本当はよかった。
どちらでも構わなかった。
縛られていても、肉体がなくなっても。
欲しいものはひとつだけだったのだから。
どちらでも、いいよ。
本当はその事すら僕らには無意味だったのかもしれない。
それすら僕らの前では意味を為さないのかもしれない。
本当に欲しいものは、肉体も魂も及びもしない場所にあるのだから。


―――愛している……


それだけが、事実で真実。
それ以外どうでもいいのかもしれない。
それだけがあればいいのかもしれない。
他のものなど、僕らには無意味だ。

死んだら魂になるなんて嘘だよ。
違う場所へといけるなんて嘘だよ。
死んだら何もかもがなくなるんだ。
何もかもが消えるんだ。
何もかもがなくなって、そして。

―――そして真っ白になるんだから。


…生まれ変わったら、一緒になろうねなんて…そんなの嘘なんだよ……


「…これで終わりでいい……」
「…はい…如月さん……」
「…他のものになんてなれなくていい…他の場所になんていけなくていい…」
「……はい………」
「このまま全てを終わらせよう」

「―――ふたりで……」


このままふたりで、消えよう。
全てのものから消えよう。
何処にもいけなくていい。他のものになれなくていい。
ふたりで、消えてしまおう。
全ての人間の記憶から、全ての俗世から。
僕らという存在を全てから消してしまおう。
覚えているのは君だけで。覚えているのは僕だけで。
それでいいじゃないか。それだけで、もう。
きっと、僕らが欲しかったものは。
…きっと…そう云う事なんだから……


―――これで貴方は僕だけのものですね……


君の最期の言葉に僕は微笑った。
その顔に怯えも不安も嘘もない。
ただひとつの真実がここにある。
―――ここに、在る。

…それで、いいのだから……


End

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