永遠性の自由

つま先から凍える、愛され方。
指先からぬくもりを感じる愛し方。
どちらも、欲しかった。


何処までも優しくされて、そして甘えさせられて。
何処までも何処までも居心地のいい場所。
奪われて、全てを奪われて。心も魂も奪われて。
何処までも何処までも不安定なこの場所。

―――どちらも貴方が僕に与えてくれたものだった。


繋がった、手。結ばれた、指先。それがふたりの世界の全てになる。嘘でも言いから、今はそれを信じていたい。
「…冷たい、手だね……」
貴方が言う言葉に、僕はただ頷いた。今この静寂の中に、声と言う雑音を零したくはない。貴方の声と、貴方の瞳と、貴方の体温と。それがこの世界を形成する全てになればいい。それ以外のものは、いらない。
「何時も君の手は冷たいね」
僕すらもいらないと思った。僕と言う存在がこの空間の中で透明になって、空気の粒子になってしまえたらと。溶けて何もなくなってしまえたら、と。
――――僕すらも、消えてしまえたらな…と……。


一本の紅い糸の上に、僕等は立っている。
何時切れるか分からない糸の上に、ふたり。
―――ふたりだけで、いた。
世界は終末を迎え、リアルは崩壊しつつある中で。
その中で、ふたり立っていた。

何時切れてもおかしくないただ一本の糸。
貴方の血を吸い続け、僕の涙を吸い続けた一本の糸。
他人の想いと、善意と良心と。そしてどす黒い悪意と敵意を。
全て吸い取り飲み込み、重たく爛れた糸。
それでも鮮やかに紅い色をしているのは、貴方の血を吸い尽くしているから。


手を取り指を絡め合う。それだけが、真実。


「死ぬと、生きる、どっちがいい?」
真っ直ぐに見つめてくる瞳に僕はそっと瞼を閉じた。辛辣とも思える鋭い視線が僕を刺すのを耐えられなくて。そして胸を抉る感触に悦びを覚えながら。
「どっちがいい?紅葉…君が決めるんだ」
死んでふたり、しあわせになる。生きてふたり、しあわせになる。どっちも同じようでいて、そして違うもの。無になるか永遠になるか、一瞬になるか、とわになるか。どれも選べる、そしてどれも選べない。
「君が決めるんだ。君が僕の運命の軸を崩したのだから」
貴方を僕だけのものにしたいです。貴方を僕が独りいじめしたいです。貴方だけが、欲しい。それだけが。それだけがずっと。ずっとずっと、僕の願い。
「僕の運命軸は初めから、貴方に向けられていました」
好き。ああ、貴方が好き。どうして?どうしてこんなにも好きなの?どうしてこんなにも貴方が好きなの?好きで好きでどうしようもなくて。どうにも出来ないから、どうする事も出来ないから、ここまで来てしまった。ここまで辿り着いてしまった。
漂流し続ける、想い。さ迷い続ける想い。それは深い激流に獲り込まれ、貴方へと辿り着いた。
「君が壊した。君が現れて、僕は今までの僕の全てを忘れた」
「…如月さん……」
僕は初めから空っぽでした。貴方に逢うまでただの『無』でした。貴方に出逢って僕は埋められた。空っぽの中身に貴方と言う熱い液体が注がれ初めて、僕は人として形を形成する。
「今まで僕がどんな風に考えて生きてきたのか…思い出せない」
繋がった指先。そこから注がれるぬくもりですら、貴方を感じる。腕に抱かれているように、熱い楔に身体が貫かれているように。
「思い出さなくていいです。僕が知らない貴方なんて…存在して欲しくない…その時間すらも僕は嫉妬します」
笑ったら涙が零れた。ぽたりと睫毛から零れた。ああ、僕は今まで泣いた事などなかったのに。きっと貴方の為に涙は取っておいたのでしょうね。
「奇遇だね、紅葉」

「僕も同じ事を思っていたんだ」


生きても、死んでも。
きっとどちらも一緒。同じ事だから。
堕ちる場所はただひとつしかなくて。
それ以外の選択肢なんて初めからなくて。
だから、一緒。
生きて貴方を見つめていても。
死んで貴方とひとつになっても。

―――どちらも、本当はただひとつの答えで結ばれている。


「しあわせになりたかったか?紅葉」
「…如月さん……」
「ならば君は相手を間違えた。僕は君をしあわせには出来ない。僕にはそんな半端な愛し方は出来ないんだ」
「いいえ、如月さん。僕はしあわせになんてなりたくありません」

「そんなモノ…貴方に比べれば僕にとってはどうでもいいのものなんです」


―――紅葉…僕は君をしあわせには出来ないよ。

ひとを愛する事は、何よりも容易く何よりも耐えがたい。
空っぽの人間は愛を吹きこめばいい。それで全てが満たされる。
自我すらも愛で形成される。だからこそ。
だからこそ、失ったらそれまでだ。
永遠の愛が存在するならばそれでいいだろう。
それでしあわせになれるだろう。
愛だけで満たされるのだから。愛だけで埋められるのだから。

でもそんなモノ、この世に何処にもありはしないんだ。


「君をどんな目に合わせても、僕は君だけが欲しい」
繋いでいるこの手ですら、もぎ取って。もぎ取って僕の中へと獲り込みたい。
「君だけが欲しいんだ」
狂っているかい?狂っているさ。君を愛してから僕は正気と言うものを失ったんだ。正常でいられるほどの生ぬるい想いなんて…僕には出来ない。君を前にして、そんなものは出来ないんだ。
「君に他の人間が触れるのが許せない。君を他の人間が見つめるのが許せない。全部、全部僕は君だけのものだ」
僕は狂っている。でもそれが間違っているとは思わない。何が間違えで何が正しいかなんて、誰にも決める事なんて出来ないのだから。
―――だから僕は、狂っている。君を愛して、狂っている。


永遠は幻想。永遠は夢想。
言葉にするのは簡単。誓うのも簡単。
けれどもそれを。それをどうやって確かめる?
確かな確証など何処にも無いと言うのに。
それなのに何を以ってして永遠と言うものを立証しようというのか?


「愛しているよ、紅葉」


永遠なんて、存在しない。
未来なんて、必要ない。
ただ今。今この瞬間。
この瞬間君を狂うほどに想う事。

狂うほどに、愛する事。それが全てなのだから。


だから僕は君に永遠とは言わないよ。
決して言わない。
ただ愛しているとだけ。
ただそれだけを告げる。

でもそれは、何よりも本当の事なんだ。


「生きることも、死ぬことも、僕等には無意味です…如月さん…」
「…そうだね…紅葉……」
「未来も過去も何もいりません。貴方がいればそれでいい」
「ああ、そうだね紅葉。僕も」

「君がいればそれだけでいい」


ただひとつの本当の事。ただひとつの答え。
ずっと分かっていて、そして。
そしてずっと前から気付いていた事。
ふたりが出逢った瞬間から、知っていた事。
それが、何よりも。


―――何よりも、本当の事なんだ……


End

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