嘘と、真実。
零れ落ちる、涙と。君の嘘。
どちらを僕は選んであげたらいいのか?
それともどちらも選ばない方がいいのか?
そんな事をほんやりと考えながら、君を見つめた。
綺麗な瞳を、見つめた。
「貴方を、忘れたい」
その言葉は僕のただひとつの真実で、ただひとつの嘘。
貴方を、忘れたい。自分の記憶から消してしまいたい。
貴方を、忘れたくない。自分の全てで貴方を覚えていたい。
どちらも、どちらも、僕にとっての真実でそして嘘。
貴方を見ていると胸が痛いから。貴方を見ているとひどく苦しいから。
だから、忘れたい。苦しみからも痛みからも逃れたい。
貴方を見ていると胸が熱くなる。貴方を見ているとひどく切なくなる。
だから、覚えていたい。この熱さも切なさも抱きしめていたい。
「貴方を、忘れたくない」
共にいる、未来。共に、歩む未来。共に堕ちる、現実。共に、壊れる現実。
どちらも選べたはずだ。そしてどちらも選べないはずだ。
何処へでも行けて、そとて何処にも行けない。
「貴方を嫌いになりたい。貴方を好きでいたい」
指を伸ばせば、貴方はその指を包み込んでくれるだろう。貴方の名を呼べば貴方は答えてくれるだろう。貴方に身体を預ければ貴方は抱きしめてくれるだろう。
それでも。それでも僕は今その全てを拒絶したい。そして拒絶できない。
「どうすればいいんですか?如月さん」
その答えを貴方は僕に、くれますか?
…愛しているよ……
その一言で全てが終わるのならばこんなに楽な事はない。
愛だけで生きていけたのならばこんなにも幸せな事はない。
僕らだけで。僕らだけのふたりだけの世界で。
ただ透明な水だけが流れる時間軸の中に。
その中にふたりだけで閉じ込められたならば。
僕らは何一つ悩む事はなかった。何一つ迷う事はなかった。
ただ互いを愛し、愛されればよかった。
それだけで、よかった。
「ふたりで生きる未来と、共に滅びる現実。君はどっちが欲しい?」
生きて、いたい。貴方を、見つめていたい。
貴方の綺麗な瞳をずっと見ていたい。
貴方の優しい声をずっと聴いていたい。
貴方の暖かい腕にずっと抱かれていたい。
死んで、しまいたい。貴方と、滅びたい。
貴方の綺麗な瞳を誰にも向けて欲しくない。
貴方の優しい声を誰にも聴かせたくない。
貴方の暖かい腕に誰も抱かせたくはない。
希望と絶望。未来と現実。
貴方の仕草一つ一つを見逃したくはない。
貴方の言葉一つ一つを掬っていきたい。
僕の知らない所で、貴方が笑うのをみたくはない。
僕以外の人に、貴方が優しくするのをみたくない。
どちらも真実で、どちらも嘘だから。
「貴方と生きたい。ずっと一緒にいたい。貴方と死にたい。このまま誰にも渡さずに」
ただ君を愛しただけなのに、僕は君を苦しめる。君を傷つける。
ただ愛しただけで、罪になる。
僕だって君の笑顔が見たい。君の笑うのが見たい。
君を誰にも渡したくない。僕以外の誰にも君を触れさせたくない。
このまま閉じ込めて、僕だけのものにしたいと。
何時も、何時も思っている。
でもそれは叶わない想い。
僕が「飛水流の末裔」で君が「拳武館の暗殺者」である限り。
ふたりを結ぶ無数の鎖を自らの手で外す事が出来ないのならば。
逃れる事が、出来ないのならば。
「ねえ如月さん…どうして僕らは出逢ってしまったの?……」
今の立場を全て捨てられたなら。
何かもかもを捨ててふたりで逃げられたならば。
そうしたら、そうしたら。
僕らはこんなにも迷わなかった?こんなにも。
どちらも選べるのに、どちらも選ぶ事が出来るのに。
どうして、どうして僕らは捨てる事が出来ない?
今までのしがらみを。今まで築き上げたちっぽけな現実を。どうして?
どうして、捨てられない?
「運命なんて…僕はそんなちっぽけな言葉では片付けないよ、紅葉」
違う、それはただの言い訳だ。ただの利便でしかない。
本当は。本当は、分かっている。
分かっている、僕らは。僕らは選べないほどに執着してしまったんだ。
互いに、互いを。
この鎖から逃れる為にはともに死ねばいい。そうすればずっとふたりでいられる。
この鎖を切れないのならば生きていけばいい。そうしたらずっと君を見続けることが出来る。
でも死んでしまったら、これから先の君を見ることが出来ない。
でも生きていたら、これからもこの想いに苦しめられて楽になる事がない。
だから。だから僕らは先に、進めない。
貴方をこんなにも愛したから。
どうしようもない程に。どうにも出来ない程に。
僕は貴方を愛してしまった。そして貴方も僕を愛してくれた。
だから。だから、もう。
もうどうする事も、出来ない。
「未来も、現実も…いらないです…」
ぽたりと頬から零れる涙が、それが全ての真実だ。
君と僕の、真実だ。
恋して、焦がれて。愛して、愛し合って。
貪って、貪り続けて、そして。
そして終わりを望みながら、終わりのない無限に堕ちてゆく。
戻れるなんて、嘘。先に進めるなんて、嘘。
本当は僕らはもう、何処にもいけないのだから。
「…僕も…いらないよ……」
もう何処にも、行けないのだから。
君の頬に落ちる雫を見つめながら。
僕は君に口付けた。
逃れられない運命ならば逃げなければいい。
何処にも行けないのならば、立ち止まればいい。
もう何も、何も考えずに。
ただ、互いを貪り尽くせばいい。
どうせ他のものになんて…なれはしないのだから…。
嘘と、真実。
それは僕らにとって。
愛以外のなにものでもないのだから…。
End