あふれる瞳閉じたまま　冷たく濡れた唇に
Ｋｉｓｓ　ｍｅ　ｇｏｏｄ−ｂｙｅ　これで終わりと　Ｍａｋｅ　ｍｅ　ｃｒｙ
悲しい予感知りながら　白く浮かんだ首筋に
Ｋｉｓｓ　ｍｅ　ｇｏｏｄ−ｂｙｅ　切なく抱いて　Ｍａｋｅ　ｍｅ　ｃｒｙ

蒼い、月。下弦の月。
罪に濡れたふたりを抱く、蒼い月。
このまま…このままふたりで、さらわれてしまいたい。
蒼い月に全て、さらわれてしまいたい。
瞼を閉じて、瞳を閉じて。
全てを無に返して、そして。
そして何もかもを消滅させて。何もかもを失わせて。
ただ蒼い月だけが抱く世界にふたり。
ふたり、だけで。

声はちぎれて風に舞う　泣きたいくらい幸せよ
Ｋｉｓｓ　ｍｅ　ｇｏｏｄ−ｂｙｅ　最後の言葉　Ｍａｋｅ　ｍｅ　ｃｒｙ

「…如月…さ…ん……」
手を、伸ばして。そして、指先に触れる。
「…幸せ…でした……」
触れた指先を、絡めて。絡めてそして、互いに体温を混じり合わせる。
「…貴方に…逢えて……」
冷たい指先を、こうして触れ合う事で。触れ合う事で、暖め合う。
互いのぬくもりだけが全てだと。それが全てだと、知っているから。
「僕もだよ、紅葉」
遠くから聴こえるのは波の音。哀しい程に優しいメロディーを奏でる、波の音。
耳に滑り込む、波の音。近くから遠くに。遠くから近くに。
聴こえて、聴こえて。そして、そっと弾けるその音。
「幸せだよ、紅葉」
その波にふたり溶かされながら、そっと瞼を閉じた。

月に抱かれ　もう　このまま
全て消えてしまえばいい……

窓から覗く、蒼い月。
そして遠くから聴こえる潮騒と。
そして滑り込む、波風。
その全てがふたりをさらってくれたらと。
この穢れた地上からふたりを。
ふたりを、ここではない何処かへと。
こことは違う、何処かへと。

キャンドルが消えるまで　涙がかれるまで
いつでも傍にいて　見つめてほしい
崩れてしまうほど　壊れてしまうほど
いつでもここにいて　見つめていたい

胸に耳を充てれば、そこから聴こえるのは命の音。
小さくとも確かに刻んでいる、命の鼓動。
「…もっと貴方を…見つめ続けていたかった…」
この音が、消えてしまう前に。全てが『無』に還える前に。
伝えなければならない事。伝えたい事。言葉にしたい事。
「ずっと…貴方を…見ていたかった……」
瞼を開いて、その声の先を見つめる。綺麗な瞳が、静かに濡れる。
蒼い月だけが照らすこの部屋で、その雫だけがきらきらと輝いた。
「…もっと…未来まで……」
頬にそっと落ちてゆく雫の跡を指で辿りながら、そっと。そっとその頬に唇を落とした。
「僕もだ、紅葉。僕も君をもっと見ていたかった」
涙を唇で掬い、そしてこころを手のひらで救った。最期の鼓動を抱きしめながら。
「君の笑顔を、君の泣き顔を。君の淋しさを、君の喜びを。君の全てをずっと見ていたかった」
その消えゆく命の全てを、抱きしめながら。

月に抱かれ　もう　このまま
全て消えてしまえばいい……

見ていたかった、貴方の事。見つめ続けていたかった、貴方の事。
貴方が年を取りそして死にゆくまで。
貴方の人生全てを、この瞳で見続けたかった。
貴方の傍にいたかった。貴方の隣に立ちたかった。
嬉しい時に一緒に笑いたかった。
哀しい時に哀しみを分け合いたかった。
何もかもを半分づつに、したかった。

時を止めて　もう　ふたりの
幕を閉じてしまえばいい……

君の笑顔が見たかった。君の涙が見たかった。
何時も冷たい仮面で全てを覆っている君の。
君の真実を見たかった。君の心を暴きたかった。
何年掛かってもいい。何十年掛かってもいい。
君の『本物』を、見たかった。
誰にも見せない、誰にも見せようとしなかった君の魂を。
そっと抱き寄せて、そして。
そしてこの腕の中に包み込みたかった。

キャンドルが消えるまで　涙がかれるまで
いつでも傍にいて　見つめてほしい
崩れてしまうほど　壊れてしまうほど
いつでもここにいて　見つめていたい

「…紅葉……」
その名を、呼ぶ。最も愛しいその名を。
「…如月…さん…」
その名を、呼ぶ。最も愛するその名を。
そしてそっと、唇を重ねあった。
その温もりが最期のものだとふたり、分かっていたから。
分かっていたからこそ、ずっと。
ずっと、その温もりを絡め合わせた。

キャンドルが消えるまで　涙がかれるまで
いつでも傍にいて　見つめてほしい
崩れてしまうほど　壊れてしまうほど
いつでもここにいて　見つめていたい

冷たくなった君の唇に、僕は再び口付けた。
そして命の鼓動のしない胸に耳を充てる。
波と月が全てをさらっていったこの部屋で、君が静かに眠る。
その綺麗な死に顔を見つめながら僕はそっと胸にナイフを突き刺した。

「…君を独りには…しないよ……」

蒼い月。下弦の月。
そして罪に濡れたふたり。

…全てを『無』にしたふたり……


　　　　　　　　　　　

Ｅｎｄ