異人 〜ストレンジャー〜

色あせた 花束もって
幻しの 君に会うため


君の頬に、手を重ね。そして零れ落ちる涙をそっと受けとめた。
『…如月さん……』
僕等は何か他のものになれたかもしれない。もしかしたらもっと別のものになれたのかもしれない。それでも。それでも、僕等は。
『…貴方が…好き……』
それでも僕等はこれ以外の選択肢を、思いつかなった。これ以外の選択肢を、選ぶ気はなかった。


見降ろしているこの街
亜鉛の匂ひがする
限りなく「天使」に近付きながら
「世界」に降りてゆけるか?


しあわせになりたかった訳じゃない。何かになりたかった訳でもない。ただ、僕等は。僕等は「ふたり」でいたかっただけ。それだけが、願いだった。
『貴方の、真っ直ぐな瞳が好き』
こうしてただ、指を絡めて。ふたりで、指を絡めて。永遠に眠る事が出来たならば、他には何も望まなかった。


水底に眠る月。静かに眠る月。
君が、そこにいる。君が、そこに在る。
ただ独り、誰の手も触れる事のない。
ただひとつの綺麗な場所で。

―――君は静かに、眠る。


ビルの谷間 吹き上げてくる
風にあおられ 散った花びらは
只わけもなく 舞い上がってゆく


風がふわりと、吹いて。君は微笑いながら。そっと僕に微笑みながら、飛び降りた。ふわりと、宙に浮く君の身体と。そして。そしてコンクリートにぐしゃりと散らばった肉辺。綺麗な君の、残骸は。目を覆うほどの醜いものだった。
「―――紅葉……」
空を飛んでゆくのかと思った。あの瞬間君の背中に真っ白な羽が生えて、そのまま。そのままふわりと空へと飛び立ってゆくのかと思った。本当に僕は下に散らばった君の紅を見るまでは、そう。そう信じていたんだ。
「綺麗だよ」
君は確かに空へと飛び立った。肉体と言う抜け殻を捨てて、綺麗な君の魂は空へと飛んで行った。僕はそれを。それをただ、見ていた。


人とは 全然違う
ところに いる様で



―――僕は…ずっと貴方のそばにいたい……



君の願いがただひとつなら。
君の望みがただひとつなら。

今確かに君はここにいる。今確かに君はここにある。僕の中に。僕の一番大切な場所に、ただ独り君だけがそこに在る。
「確かにこれで…『ふたり』だ……」
もう誰君には触れない。もう誰も君を触れさせはしない。僕だけの中に、君は在るのだから。


見上げているこの空
いつものようにある
見えないシェルターで覆われている
いくら呼んでも君には届かない


それでも、僕は君に触れられない。
僕は君を抱く事が出来ない。
…僕は君に…君に逢う事が出来ない……


君の背中の翼は、遠くへと。ずっと、遠くへと君を運んでゆく。僕にはもう手の届かない場所へと。届く事のない、場所へと。
「…紅葉…どうして……」
嘘ではなかった。これ以外の選択肢はなかった。君が自由になるには『死』を以ってしかありえなかった。拳武館から、暗殺者から、全てを投げ出すにはそれ以外のものはありえなかった。
「…どうして…?……」
これ以外の選択肢はなかった。これ以外を選ぶ気はなかった。これ以外を…これ…以外を………
「…どうして君は……」
―――違う。本当は、違う。


失われたものは余りに
大き過ぎて何も感じない
我と我身が遠くなっていく
誰か僕の羽ばたきを止めておくれ



…本当はもっと別の道があった筈だった……



生きてさえいれば、もっと。
もっと、僕等には別の道がきっと。
きっと、あった筈だ。
それなのにどうしても。どうしても僕等は。

僕等はそれを、選ぶ事が出来なかった。


『如月さんが、好きだから』
ただそれだけが。それだけが、僕達には。
『だから僕は貴方に一番綺麗な道を選んで欲しい』
僕達には一番、難しいことだった。
『貴方の障害になるものは全て』
ただそれだけの事が、どうしても。どうしても僕等には。
『――全て僕が、取り除く……』
僕等には、出来ない事、だった。


…僕ですらも…貴方を妨げるもの…ならば……



Fly away 羽ばたきを止めておくれ



「…紅葉…君は…どうして欲しかった?」
―――しあわせになって、ください。
「僕にどうして…欲しかった?……」
―――そばにいて、ください。
「…僕に何に…なって…欲しかった?……」
―――ずっと、貴方は貴方のままで……


ああ、ひとを愛すると云う事は、こんなにも残酷な事なのか。


ビルの谷間 吹き上げてくる
風にあおられ散った花びらは
只わけもなく舞い上がっていく
君のもとへ届けばいい



真っ白な羽が空に散らばる。太陽の光に反射してきらきらと、輝きながら。無数の羽が空へと散らばってゆく。その中で君が。君が綺麗に、微笑む。

『…如月さん……』

細い手が僕の頬に触れる。ふわりと、触れる。柔らかい笑顔とともに。子供のような笑顔とともに。

『大好き』

それは僕が。僕が見た事のない笑顔だった。君が生きている間…一度も見る事の出来ない笑顔、だった。


ふわりと、羽が空へと散らばってゆく。


失われたものは余りに
大き過ぎて何も感じない
我と我が身が遠くなっていく
誰か僕の羽ばたきを止めて





「…紅葉…僕も…だよ……」





空が、近い。蒼い空が、間近に見える。
そっと、細い手が僕をそっと抱きとめて。
そして。そして、羽が。
真っ白な羽が、飛んでゆく。

…ふわりと、宙に散らばってゆく……




――――そして、僕は………

 

End

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