殺人者
内側から目覚めた狂気。
内側から目覚めた物語。
どちらも真実で、どちらも嘘だった。
背中に羽根がはえたならば、その羽根で空を飛べるのに。
そうしたら全てを捨てて、空の星になれたのに。
貴方を愛していたから、僕にはどうする事も出来なかった。
「ははは…ハハハハハっ!」
声を上げて笑った。髪を毟りながら。脳天から直撃する狂気に身を委ねながら。
何もかも、失った。何もかも、なくなった。何もかも、消え去った。
「そうさ僕は人殺しさ、人を殺すしか能がないんだ」
ぽたぽたとナイフから零れ落ちる血。赤くて綺麗なその血。舌先で辿って舐めて、全てを自分の体内に含んだ。貴方の血。貴方の、綺麗な血。
「だからね、如月さん…死んでね。僕の為に死んでね」
口許で笑いながら、瞳で泣いている。そんな器用な自分を心の底からあざ笑いながら、貴方の胸元に再びナイフを突き刺した。
愛しているから。だって愛しているから。どうしようもない程に貴方を愛しているから。
…こんな愛…貴方はいらない?
瞳の奥に映る正気。君は狂ってなんていない。
君の意識は正直だ。君の気持ちは正直だ。
僕を殺したい君の心も、狂っているわけでもない。壊れているわけでもない。
人殺しのわけでも、ない。
「…紅葉……」
名前を呼んで。名前を呼んで、君の瞳に僕を映させる。僕だけを、映させる。
愛しているよ、愛している。君だけを愛している。
君が望むなら僕はこの血も、この肉体も、この魂も君に上げる。君が、君がそれを望むのならば。だから、紅葉。
紅葉、君をもう一度だけ、抱かせてくれ。
「…如月…さん……」
君の瞳から零れ落ちる涙。ぽたりと僕の頬に掛かる。
僕は血まみれの手を伸ばして、君の髪を撫でた。
「…紅葉…おいで……」
貴方の指先を感じながら、僕は目を閉じた。貴方の唇が僕のそれに触れる。優しい感触。優し過ぎる感触。この温もりを失いたくない。失いたくないと想いながら、僕は貴方の胸のナイフをより深く突き刺した。
失いたくないの。誰よりも貴方のことを。失いたくなんてない。けれども。
けれどももう見ていたくない。貴方を瞳に映したくない。これ以上貴方を愛したくないの。これ以上貴方を愛したくない。愛したくない。
だってもう僕は駄目なんだ。もう自分を支え切れない。
愛と言う狂気が僕の身体を引き裂いて、そして全部を壊した。
これはエゴだ。自分を護る為に貴方を失いたいと思っている。自分の為に貴方を失いたくないと思っている。僕は。僕は一体どうしたいの?
意識がぼんやりとしてくる。それでも僕は君の衣服を剥いだ。そのまま血まみれの腕のまま、君の身体に指先を這わす。君の白い肌に紅い血がぽたりと広がった。
「…あぁ…如月さん……」
喉を仰け反らせ、快楽を隠そうとしない君。僕を殺しながら、僕に抱かれる。君にとってそれが最高の悦楽ならば。
それならば君の望みを、叶えてあげる。
早急に貴方が欲しくて、自ら腰を振った。貴方のズボンのジッパーを外して、何も準備されていない自分の秘所にそのまま貫かせた。
「ああっ!!」
眩暈のする程の快楽。壊れるほどの悦楽。貴方の肉の感触を感じながら、その熱さを感じながら、僕は崩れるほどの眩暈を覚えた。ああ、崩れてしまいたい。壊れてしまいたい。
何も何も全てを失いたい。もう何も考えたくない。
何も考えたくない。ただ貴方だけを感じていたい。
「はぁ…ああ…あ…」
僕は快楽に身を委ねながら貴方の胸に刺さったナイフを引き抜いた。そしてそのまま。
そのまま自分の胸に刺した。
ぽたりと、広がる血の海。
貴方と僕の血の絆。
広がって、広がってそして混ざり合って。
混ざり合って、ひとつになる。
「君まで死んでしまって、いいの?」
胸にナイフを刺しながら、腰を振って快楽を求め続ける君。そんな君の唇に口付けをしながら、僕は尋ねた。でも君は答えない。ただ口許から零れる喘ぎ以外には、言語を失ってしまったかのように。
「…あぁ…あああ……」
死んでも、いいんだね。僕と共に、死にたいの?それならばそうしようか?紅葉。
「如月さん…如月さん…」
うわ言のように僕の名を呼ぶ君に、どうしようもない愛しさを覚える。
このまま繋がったまま、死んだら。
僕らは幸せになれるのか?
ああ、死にたい。
このまま死にたい。
貴方に抱かれたまま、死にたい。
こんなに簡単に幸せが手に入るのならば。
何も悩む事なんて、なかったね。
初めから。初めからこうすればよかった。
こうすれば…よかった…。
初めから、こうしていれば。
「如月…さん…」
互いの舌を噛み切った。
互いの唾液を混じり合わせた。
このままぐちゃぐちゃに交じり合って。
交じり合ってひとつに、なろう。
指を絡めて、そこから零れる血も。
互いの胸から溢れ出る血も。
全部、全部溶け合って。
溶け合ってひとつに、なろう。
ねえ、如月さん。
このまま僕らが死んだら。
僕らが死んだら、一緒に。
一緒に空を飛べるかな?
背中に羽根がなくても。翼なくてなくても。
…ふたりでねえ、跳べる…かな?
ふたりで空を、飛びたいね。
それは小さな、祈り。
神様は聴いてくれるかな?
そして誰も知らない。
僕らが死ぬゆく運命を選んだ事を。
誰にも知られずに。
誰にも気付かれずに。
この幸せな蜜月を。この幸福な時間を。
永遠にふたりだけで、閉じ込める。
…永遠に、ふたりだけで……
End