運命線

ふたりを結ぶ、運命の糸。
ただ一筋の運命線。

愛していると言葉にするのは簡単だった。口で告げる事は簡単だった。言葉で告げて、身体を重ねて、それで終わりならば。それだけで終わりだったならこんなにも苦しくはなかった。

「どうして君の全てを手に入れても、満足出来ないのか?」

貴方の言葉に、僕は微笑う。ひどく幸福な顔で、微笑う。だって僕も同じだから。貴方に抱かれても、何度身体を貫かれても満足が出来ない。もっと、もっと貴方が欲しくて。貴方だけが欲しくて。底がない瓶は貴方と言う水を幾ら受け止めても満たされる事はない。
流れゆく、水。溢れてゆく、想い。貴方を愛して。貴方だけを、愛して。

「この腕の中に君はいるのに」

抱きしめる腕の強さに眩暈がする程の幸福感を感じる。きつく抱きしめられて、その腕の中に閉じ込められる事が。それが何よりも幸せだと、実感する事が出来る。けれども。
―――けれども心の底で訴えている…まだ、足りないと。
こんなにも貴方は僕を愛してくれるのに、こんなにも僕は貴方を愛しているのに、どうしても満たされない。満たされる事がない。

「どうしてこんなにも、君が欲しいのか?」

僕も欲しいんです。貴方が欲しいんです。全部、欲しいんです。その綺麗な睫毛も、柔らかい髪も、全部。全部、食べてしまいたい。
この身体に貴方の全てを取り込めたなら、僕は満たされる事が出来るんだろうか?
でもきっと。きっと僕はまだ足りないと言うだろう。例え貴方の魂に歯を立てたとしても。


「…紅葉……」
息が出来なくなる程の深い口付け。
「…如月…さん……」
唇が痺れる程の激しい口付け。
「…もっと……如月さん……」
互いの全てを貪り合ったとしても。
「…もっと……」
そこに終わりが見えないのはどうして?


終わりなんて何処にもない。堕ちてゆく以外僕らに選択肢はないのだから。


ふたりの運命線。
紅い運命線。
真紅の血を吸い尽くして。
そして濡れたその糸が。
重過ぎて千切れないかと、不安になる。

―――千切れてしまわないか、と……


君の手が僕の背中に廻り、きつくしがみ付く。細い指先。血管が浮き出る程のがりがりに痩せた手。君が物を口にしなくなって今日で何日目だろうか?
僕以外いらない、と。僕以外欲しくない、と。そう言って君は僕の身体を求める。狂ったように腰を振って、口からは甘い悲鳴を零す。

「…貴方がいれば…何も望まない……」

それが君の口癖。僕以外いらないと。そうだ、僕も君以外いらない。君がいるならば世界さえも僕には必要のないものだ。何も必要ないものだ。
僕の指を噛み切って、そこから零れる血を君は飲み干す。食べ物も水すらも欲しがらない君は、僕の血を飲んで生きている。でもそれも後どれだけ持つだろうか?
腕の中の君が細くなってゆくのが僕には実感出来る。その重みをほとんど感じなくなった身体を、僕は。
それでも僕は君をこのままにする。このまま腕に抱いて、そして。そして僕の血だけを飲ませて。
―――君の身体の中を、僕だけで満たしてゆく。

「…如月さん…愛しています……」

愛しているよ、君だけを愛しているよ。おかしいくらいに、狂っているくらいに。いやもう元々狂っているのかもしれない。けれどもこの歪んだ世界の中で『正常』な愛を語ろうとすれば、狂うのが当然じゃないのか?
まともな神経を持つ奴らは僕らを狂っていると言うだろうね。それでも構わないよ。別に構いはしない。他人がどう言おうとももう僕らには関係ないのだから。

「…愛しています……」

このまま、君が死んだなら僕はどうしようか?君を食らおうか?君の全てを食らい尽くそうか?それもいいね、そうしたら。そうしたら本当に君は僕だけのものになるのだから。
誰にも見せずに、誰にも触れさせずに、ただ独りの。ただ独りの僕だけのものに。
―――それが、僕が本当に求めていたものなのだろうか?


ねえ、何処に行きたいの?
何処にもいけないのに。
堕ちる以外選択肢はないのに。
僕らは何処へ行こうとしているの?

―――どうしてこんなにも血まみれになっても、僕らの運命線は切れることはないの?


「死んだら、しあわせになれますか?」
このまま痩せ細り肉体が心を入れる事が出来なくなったならば。
「なれないよ。死んだって」
肉体がこころを包囲出来なくなったなら。
「死んでも、君を想う気持ちは消える事はないから」
そうしたらこころは、剥き出しになるしかないのだから。


別にしあわせになりたい訳ではない。
しあわせになりたいと思った訳じゃない。
ただ、僕らは。
僕らは『ふたり』になりたかっただけだから。


永遠に君を追い続け、そして貪り続ける。
永遠に貴方を求め続け、そして奪い続ける。


―――ああ…そこに、答えなんてないのに……


初めから答えなんてなかった。
答えなんて出る筈がなかった。
出るくらいなら初めからこんな迷路に迷いはしなかった。
どう足掻こうとも、どうもがこうとも。
僕らは何処にも行けはしないのだから。
互いの存在に捕らえられた瞬間から。
僕らはもうどこにも行けはしない。

―――運命線は、ふたりをきつくからめ取る。


「だからこのまま…」
「…はい……」
「…このまま僕は君を貪り続ける……」
「…ええ…如月さん…僕も…」

…僕もこうして貴方を求め続ける………


ただひとつの運命線が僕らを縛り付ける。
けれどもそれは。
―――それは互いが望んだ事だから……。



End

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