甘い夢

―――甘い夢に堕ちてゆく。

貴方が僕を好きだと言う『錯覚』。
甘い夢。甘過ぎる、夢。
でも夢だと分かっているならば。
それならば永遠に醒めなければいい。

夢でも見続ければそれは僕にとって『真実』になるのだから。

現実と夢の境界線は何処にあるのか?
「如月さん」
多分、こっちが夢。優しく僕を抱きしめてくれる貴方の存在が夢。
「―――愛しているよ、紅葉」
耳たぶを噛んで。そっと息を吹きかけながら囁く愛の言葉。
優しい、優しい声。甘く、溶ける声。
「…僕も…如月さん……」
夢ならば嘘なんて付かなくていいから。夢ならば自分を抑える事をしなくていいから。夢ならば、誰にもとがめられる事が、ない。
「…貴方だけが、好き……」
キス、して。耳たぶだけじゃなく、瞼に頬に…唇に。貴方のキスが欲しいから。
「…好き…如月さん……」
身体が溶けるまで、全身にキスをして。

とけて、しまえたら。
液体に?それとも気体に?
ううん、もう。もう物質として残らなくていい。
何も残らなくていい。
全部消えてしまえたら、いい。
ここにいる『自分』と言う存在全てが消えてしまえたならば。

だってこれは夢、だから。
夢だから。僕が見ている夢だから。

―――如月さん……

名前を呼べるだけで、幸せだった。
貴方の名前を呼べるだけで。
声に出すだけで。それだけで。
それだけで幸せだった。
だから名前を呼び続けた。
声が枯れるまで。声が枯れても。
貴方の名前だけを呼び続けた。

手を伸ばして貴方の顔に触れる。冷たい顔。
これが現実?こっちが現実?
もうどちらでも僕にとっては良かったのだけれども。
どちらでも構わなかったけれども。
もう夢だろうが、現実だろうが。

『如月さん』

声を出して貴方の名前を呼んだ僕は、現実の僕?それとも夢の中の僕?
どちらかなんてもう分からない。夢と現実とが重なり合って。
重なり合ってそして交じり合って溶けた。
溶けてゆく、景色が。溶けてゆく、色が。溶けてゆく、僕が。

「僕が君を好きな事は、夢じゃない」

何処からか聴こえる、声。貴方の声。何処から聴こえるの?
ねえ、何処から聴こえてくるの?
僕にはもう何も、何も見えない。僕の身体はぐちゃぐちゃに溶けて何もかもが消えてゆく。
―――だから貴方も、もう見えない……

…ミエ…ナ…イ……


風がひとつ吹いて、如月のさらさらの髪をひとつ揺らした。それだけがこの場所で唯一『動いて』いるものだった。この時の止まった部屋で、白い部屋でただひとつの。
「…紅葉……」
その名を呼んでも、その瞳は決して答える事はない。それでも如月はその名を呼んだ。ただひとり、愛するその人の名を。
「…こうやって君の名前を…どうして呼べなかった?……」
愛して、いた。愛して、いる。たったひとり自分が唯一の想いで、愛したひと。ただひとりのひと。この命すらも初めて、捨てても構わないと思った相手。
「…どうして愛しているの一言が言えなかった――っ……」
ただ一言だけ、伝えられなかった後悔。たった一言だけ。君に伝えなければならなかった自分のこの想いをどうして、どうして言えなかった?
こんなにも愛しているのに。こんなにも君だけを想っているのに。
今僕はこんなにも君を想って、こころから壊れてしまいそうなのに。
冷たいベッドの上、死んだように眠る君。眠り続ける君。永遠の優しい夢は、君にどんな世界を見せている?その世界に僕は少しでも存在するのかい?
――――僕は君の世界に『在る』のかい?
動かない唇にそっと口付ける。全ての想いを込めて。全ての愛を込めて、君に口付ける。

知らないと言う事が罪ならば、また知っていると言う事も罪だ。
そのひとを愛してさえいればどんな障害も乗り越えられると思っていた。
どんな事でもこの想いは負ける事がないと思っていた。
「――如月と…言ったね。アレは君のことが好きなんだよ」
そう言った男の視線の先には全裸のままで失神している壬生の姿があった。身体中に男達の吐き出した精液を浴びせられて、受け入れた器官から紅の血と白い液体が交じり合って、そこから太ももへと液体は滴り落ちていた。
「何人もの男に廻されてもそれでも呼ぶのは君の名前だけだ…健気なのか…馬鹿なのか……」
如月は男の言葉を無視するように壬生に近づくと、身体にこびり付いた汚れを自らの上着で擦り取ってやる。それでも染みついた男の匂いは…消えない……。
「そんな態度を取るとは君も憎からず思っているのか?だったら抱いてやるがいい。それが本望だろう。どうせ壬生はもうセックスと薬無しでは生きられない身体だ」
「…貴様が紅葉をこんな目にあわせたのか?……」
「まさか、こいつが自分で望んだ事だ。君を助ける為に。君に出た抹殺命令を…どうしても取り消して欲しいとな…」
―――飛水流の末裔である限り、まともに生きる事は出来ない。日の光を浴びて綺麗な道を歩む事など、できはしない。分かっている…それが自分の宿命。でも。
「ならば何故その『事実』を僕に知らせる?貴様は僕が無力だと言う事を知らしめたいのか?愛する者に庇われ、そしてその者を助ける事が出来なかった…その事実を知らしめたかったのか?」
でも、それでも。それでもひとを愛したなら?どうしようもない程、誰かを愛してしまったら?
「事実は、事実だ。君は俺には勝てないし、壬生を救う事も出来ない。奇跡は起こらない。君ほどの人間ならば分かるだろう?」
「だからと言って全てを諦めきれるほど、僕は出来た人間じゃないっ!」
「でも『愛している』とは言わなかっただろう?」
「―――っ!」
「こいつは君をどうしようもない程愛していた。それは君が一番分かっている筈だ。ならばどうして答えてやらなかった?そんなに宿命が大事なのか?ならば君が自分を『無力』だと思うのもまた…筋違いだ…」
「僕が臆病だと言う事か?宿命と愛をどちらも選べなかった僕が」
「違うな。君は選んでいた。壬生を選んだからこそ、想いを告げなかった。そうだろう?愛し過ぎたから、言わなかった。言えばふたりの運命は『破滅』しかない」
全ての宿命と、全ての呪縛からふたり逃げたなら。そこに未来はない。僕が『飛水流の末裔』で君が『拳武館の暗殺者』である限り。
僕が護らなくてはならないものと、君が手を汚さなければならないものは。何時しか何処かで交じり合って、そして互いを傷つけるだろう。
その全てを捨てて逃げたなら。愛を選んだなら。そこには『死』しか残っていない。
「…そこまで分かっていて…僕に…その言葉を言えと言うのか?……」
「――生きてこいつを見つめ続けるのと、共に死ぬのと…君はどっちが幸せだと思うか?」
「僕は生きて、共にいたい」
「でもそれは叶わない。分かっているだろう?」
「それでも諦め切れない僕は、ただの子供ですから」
「…まあいい…でも君がこいつに想いを告げる事は出来ないよ、永遠に」
あの男はそう言って口許だけで笑った。今思えばそれは、彼が僕に対して示した紅葉への独占欲だったのかもしれない。

『脳死状態だ…意識を戻す見込みは限りなく0に近い』
あの場所から、あの男から奪った紅葉はもう二度と僕の前にその瞳を開く事はなかった。
『それに内臓はぼろぼろだ…薬漬けにされてて…ほらまともに動いていない…』
もう二度とあの瞳を僕には向けてくれない。僕が想いを告げる前に君は。君は夢の中へと旅だってしまった。
『それでも救いたいと言うのか?』

『1%でも望みがあるのなら、僕は絶対に諦めたりはしない』

そう、もう二度と諦めたりはしない。例え自分がどんなに無力だと分かっていても。もう二度と諦めたりはしない。
…僕は君と生きる未来を…君を愛する未来を……。

―――君の瞳を見つめて、そして『愛している』と告げるまでは……。


見えなくなる。何もかもが見えなくなる。
それでも、聴こえる。聴こえる貴方の声が。
『愛しているよ、紅葉』
聴こえる、貴方の声が。
これは夢なのか、それとも現実なのか?
それとも僕が見ている幻想で、僕が描いた空想なのか?
もうどうでもいい。どんなものでもいい。
貴方ならば。そこにいるのが貴方ならば。
―――貴方の声、ならば……。
「如月さん」
名前を呼んで自分でも存在するかどうか分からない手を伸ばしてみた。
伸ばして、貴方に触れる。指が形としてあるのかも分からない。
けれども確かにこの指は。この指先は貴方に触れた。
「…如月…さん……」
暖かいものが、唇に触れる。貴方の唇だとすぐに分かった。
優しい、キス。優し過ぎる、キス。そして甘い、キス。
なんて甘い夢なんだろう。なんて優しい夢なんだろう。
貴方のキスをこんなにもリアルに感じながら。自分がここに『在る』のかも分からないのに。それなのに。
―――こんなにも貴方の唇を、感じるのは……。

抱いて。
蕩けてしまうまで。
抱いて、抱きしめて。
そして全部を貴方で埋めて。
奥まで貫いて、そして。
そして何もかもを全部。
全部貴方と一緒になりたいから。

―――この甘い夢の中で……。


「紅葉、このまま君を抱きたい」
声にして初めてその欲望の深さを知る。この腕の中に閉じ込めて、そして君の身体を貫いて。貫いて自分だけのものにしたいと。
「―――紅葉……」
でも君の身体に繋がった無数の管を取る事は出来ないから。これを取ってしまったら、君の命は意地する事がもう出来ない。
「…僕だけの…紅葉……」
だから今は唇だけで。唇が触れ合うだけで。


何時かこの甘い夢が、現実になるようにと。



End

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