White

―――子供の頃、雪が嫌いだった。

真っ白な雪。一面の雪。
そこから零れる小さな光に気が付いた時。
貴方が気付かせてくれた時。

…僕は雪が…嫌いじゃなくなった……


凍えた手を暖めて。今はそれだけでいいから。
冷たい指先をずっと、暖めていて。

街並みがすっかり冬へと衣替えをしていた。木々にはライトが飾り付けられ、サンタの衣装を着た店員がクリスマスケーキを売っている。
「ママ、ケーキ買ってっ!!苺がいっぱい乗っている奴ねっ!!」
「はいはい、分かりましたよ」
通りすがりの親子の会話を聴きながら、壬生はふと自分の昔の事を思い出す。自分は母親にケーキを買ってと言った事がなかったなと。
物心付いた時から母親はベッドの上の住人だった。あの白い部屋から外に一歩も出たことのない憐れな母親。無菌の部屋に閉じ込められ、そこでしか生きられない母親。
―――そんな母親に『ケーキが食べたい』と甘える事は出来なかった……
自分と同じくらいの子供が父親に連れられプレゼントを買って貰っても、母親と一緒にケーキを買いに行っても。それは何時も自分にとっては『他人事』だった。

今更子供じみた事だとは分かっている。
でも僕はクリスマスが嫌いだった。
この季節がくるとどうしても。どうしても自分が。
ひどく惨めな子供のように思えて。

当たり前の事を、当たり前に出来なかった子供。それが自分だった。けれどもそれを哀しいとか、憐れだとかそう思う事はしないようにしていた。そう思ってしまったら、自分がどうしようもなく惨めな存在だと実感してしまうから。
だから壬生は何時も心の奥底にその想いを閉じ込めていた。閉じ込めて、生きていた。けれども。けれどもこんな季節には、その閉じこめた想いがそっと滲み出てしまう…。


貴方からもらったものは数え切れないくらいあるから。
たくさん、たくさん、貰ったから。
それを貴方が気付いていなくても、僕は。
―――僕だけは、知っているから。

降りつもる雪だけが全てを、知っている。


「あ、雪だっ!」

一際大きな子供の歓声が聴こえる。それに続いてざわざわと街がざわめき出す。はらはらと頭上から零れてくる白いもの。手の上に落ちてそっと消えてゆくもの。
雪を見たのは何年振りだろうか?そもそも東京に雪が降ること事体あまりないのだけれども。
それでも壬生は立ち止まって、その雪を見上げた。自分の上にそっと落ちてくる雪を。はらはらと、零れてくる白い雪を。

降りつもる、雪。
優しく降りつもる雪。
そっと、降りつもる雪。


子供の頃、雪が嫌いだった。
雪は何時も自分の大切なものを奪っていってしまうから。
だから、大嫌いだった。

僕が持っている記憶の初めは、こんな雪の中だった。
その時僕はずっと待っていた。母親の帰りを外で待っていた。玄関の前に座って、冷たい雪の降り続けるその場所で。ずっと、ずっと母親を待っていた。
けれども母親は戻ってこなかった。もう二度と、この場所へは戻ってこなかった。

そして何年か経ってまた雪の降る日、僕は初めてひとを殺した。
今でも覚えている。真っ白な雪の下に一面に染まる血の紅い色を。鮮やかに目に焼きついたその紅を。そして。そして、冷たくなっていった身体を。

少しづつ、少しづつ、失ってゆく。
雪が降るたびに大切なものが消えていって。
そして。そして何時しか全てが。
全てが僕の手のひらから零れ落ちてしまうのだろうか?

「…寒いな……」

ぶるっとひとつ身体を震わせて、壬生は自分自身を抱きしめた。指先が冷えて、頬が冷えて、そして。そして身体の底からひどく寒かった。


そっと降りつもる雪。
貴方のように、僕の全てに。
降り続ける、優しい雪。

気が付くとここに来ていた。無意識の内に足はここに運ばれていた。木の匂いのする玄関の前に壬生は腰掛ける。
家の主がいないのは分かっている。今日は横浜まで珍しい品を取りに行くと言っていた。
その言葉を聴いて壬生は改めて確認している自分に気づく。彼の本職が骨董品屋だと。
そしてそんな話をひどく楽しそうにする彼を見ているのが、嬉しかった。何時も大人びて、自分より一歩前を歩いている人。どんな時でも冷静な彼がそんな風な表情をするのが…壬生にはどうしようもなく嬉しかったのだ。
「…如月さん……」
思いがけず零れた自分の声の甘えが恥かしかった。けれどもどうしてだろう。こうして待っている時間がイヤじゃないのは。こうして母親を雪の中をずっと待っていた時は淋しくてしょうがなかったのに、今はどうしてこんなにも。
こんなにもひどく暖かい気持ちでいられるのだろうか?
それは、きっと。きっと彼が自分のもとへと帰って来てくれるからと…分かっているからだろう……。

降り続ける雪は止む事はなくて。
何時しか世界を白く染めてゆく。
真っ白に、染めてゆく。

「…手、冷たいな……」

吐く息は白く、指先はひどく冷たい。それでもこころが冷たくないのはどうして?
身体はこんなにも冷え切っているのに、ひどくこころが暖かいのはどうして?

―――貴方を待っている間は、淋しくない。
だって貴方は必ず、必ず僕のもとへと帰って来てくれるから。
僕を置いて何処かへと行ってしまわないから。

僕の手のひらから大切なものが全て零れていっても、貴方の手がそれを拾い上げてくれるから。


「…紅葉……」


降りつもる雪のように、頭上から降ってくる声。
そして優しく、髪を撫でる指先。


「…如月…さん……」


見上げれば予想通りの優しい笑顔。
凍えてしまって上手く笑えない僕の頬を。
その頬をそっと包みこんで、そして。

―――そして凍えた唇を、暖めてくれた……。


「手、冷たいよ…何時からここにいたの?」
重なり合う、指先。その綺麗な指が僕の手を包みこんでくれる。
「…忘れちゃいました…貴方の顔を見たら……」
そっと、僕を包み込んでくれる。
「…忘れてしまいました……」

降りつもる、雪。降り続ける、雪。
そして貴方の暖かい指先。
何時しか僕は。僕は何で雪が嫌いだったのか、忘れてしまった。


「身体も冷たいよ、後で暖めてあげる」
「…き、如月さん……」
「いやかい?紅葉」
「…い…いいえ…その……」
「うん?」
「…その…恥かしい…です……」

「…恥かしい…です……」


抱きしめてくれる腕の広さと、その優しさが僕の全てを埋めてゆく。
雪さえも溶かしてしまう、この甘さに身を委ねて。
―――あたたかさを、感じる。


「そうだ、紅葉。お土産だよ」
「え?」
「明日は―――」

「クリスマス、だろう?」

貴方の笑顔とともに送られた箱の中には、苺がたくさん乗ったケーキが入っていた。


ありがとう、如月さん。
これで僕の嫌いなものはなくなってしまいました。
雪も、クリスマスも…そして…。


そしてまた貴方から大切なものを…貰う…大切な、ものを……



End

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