すき
『君が、好きだよ』
その言葉を言うのに、随分と時間が掛かった気がする。それは君が、僕の言葉を信じなかったから。
僕はどう言えば信じてもらえるのか。そればかり、考えていたから。
だから中々言えなくて。
君はずっとその一言を待っていたのに。
君の淋しさや不安を埋めるのは、僕の言葉だけだと。
もっと早く気付いてあげられたら。
…僕は君を泣かせる事も…無かったのに……。
君の涙だけは、見たくなかったのに。
「…如月さん……」
腕の中の彼は、微かに震えていた。それは寒さのせいだけじゃない。
「どうしたの?紅葉」
人気の無い公園。冷たい空気が彼を傷つけるから、僕はそれが嫌でこの腕の中に閉じ込めた。冷たい空気と風から、彼の身体を護りたくて。
「如月さんの腕の中…暖かい……」
呟いた言葉から何処か淋しさが見えたから、堪らなくなって僕はより深く彼の身体を抱き寄せた。抱き寄せて、髪に口付けた。
「君の身体の方が暖かいよ。こうやって抱きしめてるだけで、僕の方が暖かくなる」
「…如月、さん……」
「ん?どうしたの?紅葉」
ゆっくりと顔を上げて自分を見つめる瞳が、何かを訴えているようだった。僕の前でだけは剥き出しの瞳を見せてくれるようになった彼の、精一杯の瞳。
「僕にだけは、ちゃんと思っている事を言ってくれないか?」
「…如月さん……僕は……」
白い息が彼の口から零れる。それが淋しそうでそっと、彼の唇に口付けた。その冷たい唇が暖まるまで、何度も口付けた。
「‘僕は’…、どうしたの?紅葉」
「…貴方が……」
そこまで言って彼は、唇を閉じた。その目尻がほんのりと赤い。その目尻にそっと指で触れると、彼は瞼を閉じた。
「…貴方が、好きです……」
それだけをやっとの事で言うと、彼は僕の胸に顔を埋めた。そんな仕草が堪らなくて、僕は思いの丈を込めて彼を抱きしめる。
……自分の思いの全てを、込めて………
「貴方は…僕を…どう思って…いますか?……」
声が、身体が、震えているのが分かる。それが切なくてその震えが止まる程に強く、彼を抱きしめた。息が出来ない程、強く。
「どうして、震えるの?僕の気持ちなどとっくに分かっているだろう?」
「……でも…貴方は……」
ぎゅっと彼の腕が背中に縋りついてきた。その思いのほかの力強さに、愛しさだけが込み上げた。愛しくて、愛しくて。
「…僕に一度も…好きって………」
その彼の言葉に、逆に自分が驚く番だった。彼からそんな言葉を言われるとは…夢にも思わなかったから。そんな風に、言われるなんて……。
「…ごめんね…僕は…君が言葉を求めるとは、思わなかったんだ……」
「………」
「言葉なんかでは、僕の気持ちの全てを伝えるのには足りないと。でも、君が望むのなら」
「…如月、さん?……」
「何万回だって『好き』だと言うよ」
「…如月さん…」
「好きだよ、君が」
「…きさらぎ、さん……」
「大好きだよ、君だけが」
「……翡翠………」
「愛してる、よ。紅葉」
「…僕も…貴方だけ、が……」
もう一度、キスをした。
その言葉が嘘じゃないと、伝える為に。
その言葉が、真実だと。
それだけを、伝える為に。
「愛してるよ、紅葉。僕だけの…」
僕だけの、大切な、ひと。
誰よりも何よりも、愛している。
君の瞳から一筋の涙が、零れ落ちた。
僕はそれをそっと唇で拭った。そんな僕に。
…彼は、子供みたいに…微笑った……
End