優しい、一日の終わり。
昨日があって今日に繋がって、そして明日が始まる。
そんな当たり前の日常が。
当たり前の日常が、貴方がいるだけで。
貴方が傍にいるだけで。
こんなにも、幸せなものへと変わるから。
…ただそれだけの事なのに、泣きたくなるくらいに幸せ。
「もうすぐ今日が終わってしまうね」
貴方の手がそっと僕の髪を撫でてくれた。その優しさが、その仕草が、何よりも嬉しい。
「君の生まれた日が、終わってしまう」
「如月さんったら…でもまた、来年がありますよ」
少し前ならば僕は、僕はまだ不安な瞳のまま貴方を見つめ返していただろう。貴方の事を、信じきれずに。この幸せなときが何時か終わりが来ると怯えながら。でも。
……でも、今は。
「そうだね、来年は君をどうやって喜ばせようか?」
今は、信じられる。この人との未来が。この人との幸せが。永遠に続くと。死が二人を分かつまで…いや…きっと魂さえも共に、いられると。
信じられる、から。
「貴方が傍にいてくれれば、それだけで僕は幸せですよ」
嘘偽りない本音。本当にそれだけで、いい。こうやって貴方の瞳が僕を映してくれて、そして僕の瞳が貴方を見つめられれば。それだけで、いい。
「可愛い事を言ってくれるね。でも傍にいるだけで本当にいいの?」
近づいてくる黒水晶の瞳。きらきらと光る。どんな宝石よりも綺麗なその瞳。僕が知っているどんなものよりも綺麗な、もの。
「でもちょっとだけ欲しいものがあります」
「何?君の欲しいものなら何だって僕は買ってあげる」
「貴方の、子供」
「……く、紅葉?……」
流石にこの答えに貴方は返答出来なかった。でもその瞬間の戸惑った表情が可笑しくて、つい僕は吹き出してしまった。
「冗談ですよ、如月さん。でも貴方のそんな顔が見られるなら、得したかも」
「…全く、君は……」
「でも貴方の子供産めたら、嬉しいかも」
首筋に腕を絡めて、貴方に抱きついた。それに優しく答えてくれる貴方の腕。絶対に僕を拒まない、貴方の腕の中。広くて、そして暖かい貴方の腕の中。
「そうしたら貴方を、苦しめないでしょう?」
貴方が僕と共に生きてくれると選んだその日から。その日から、貴方は全てのものを捨てた。
貴方に与えられる筈の綺麗な未来と。そして貴方だけしか出来ない飛水流の伝承。それを全て捨てて、僕の手を取ってくれた。
…だから…僕は……
「馬鹿だな、紅葉。そんな事を気にしていたのか…。こんな呪われた血など滅びても構わない。いや、君に比べれば何でもない」
「…本当に?…」
「本当だよ、紅葉。だった約束しただろう?ずっと一緒だって」
「僕がよぼよぼのおじいちゃんになっても?」
「そうしたら僕だって同じだ。変な事を気にするんだね、君は」
「…だって…如月さんが…好き、だから……」
「僕も君が好きだよ」
当たり前のように返してくれる貴方が。貴方が好き。僕が少しだけ自信をなくしたり不安になった時、貴方はこうやって何の迷いもなく僕に言葉をくれるから。
「君がどんな姿なっても僕は君が好きだよ。僕が愛したのは君のその心だから。少しだけ臆病で、そして何よりも綺麗なその心、だから」
僕の心臓にそっと貴方は口付けた。その瞬間鼓動が高鳴ったのを、貴方は気付いたでしょうね。貴方は…僕のどんな些細な変化も見逃さないで掬い取ってくれるから。
「そして君の瞳の輝きはどんなになっても失われないからね」
包み込んでくれる、貴方の大きな手のひら。僕の頬を包み込んでくれるこの瞬間が、何よりも大好き。
「こんなに如月さんの顔がまじかにあると僕…どきどきしてしまいます」
「いい加減、見なれてくれないのか?」
「…そんなの…無理です…だって如月さん…凄くかっこいい……」
「君の瞳に映る僕がそう見えるなら、光栄だね」
「…何時もどきどきしているんです…今だって…」
「うん、聴こえる。君の鼓動が」
そう言って如月さんはそっと、キスをくれた。どんなお菓子よりも甘い、キス。
…愛して、いるよ。
耳元にそっと、囁いた。君の瞼が微かに震えるのを見届けながら。何度もキスしても何度も身体を重ねても、こうして未だに慣れない君が愛しい。
何時までたっても僕の唇を震えながら受け入れる君が。
何時までたっても頬を染めて僕に抱かれる君が。
その全てが、どうしようもない程愛しい。どうして君はこんなにも僕の魂をくすぐるのか。
「…如月さん…あったかい……」
そっと僕の身体に体重を預けてくる君の身体を、抱きとめる。柔らかい髪の感触が僕の首筋を刺激した。
その髪に顔を埋めて、そっと口付ける。そこから香るシャンプーの香りが、自分と同じ匂いなのがまた心をくすぐる。
…君は実に男心をくすぐるのが…上手い……。
「うん、君の身体も暖かいよ。ゆたんぽ抱いてるみたいだ」
「…むっ……」
くすくすと笑いながら言うと、君の頬が少し膨らんだ。子供みたいに拗ねている。そんな仕草がまた、どうしようもない程に可愛い。
君が僕にだけ見せてくれるようになった、子供みたいな部分。僕の前でだけは剥き出しになる君の素顔。それがどんなに僕を喜ばせるか…君は気づいているのかい?
「僕の身体は『子供みたいに体温が高い』って、如月さん何時も言ってますものね」
「でもそこが抱き心地がいいんだよ」
「…誉めているんですか?それ…」
「誉め言葉だよ。僕が君をけなす事なんて出来ないよ」
「まあそう言う事にしておきます」
機嫌を直したのか、また僕に身体を預けてきた。こんな子供みたいに表情が変わる君を、僕以外の誰が知っているのだろうか ?
母親の前でさえ強がって生きている君の、真実の姿。それを僕だけが独りいじめしている。
…僕だけが…君の真実を独占している……。
「やっぱり僕はここがいいです。貴方の腕の中が一番…一番安らぐから」
「君だけの、場所だよ。ここは」
「…僕だけの…特等席ですね……」
呟くように言った君に、その言葉を肯定する変わりに口付けた。本当に君となら何回でもキスしていたい。
何百回唇を重ねても何千回愛の言葉を囁いても。それでも全然足りなくて。そして全然飽きる事がなくて。
…君とならば『永遠』と言う言葉を…信じられる…から。
「…十二時…過ぎてしまいました…」
「本当だね」
何度も何度もキスをして。そして唇が離れてやっと、その事に気が付いた。でも。でも、貴方のその優しすぎる瞳を見つめられるから。
十二時が過ぎても…その瞳を僕に貴方は与えてくれる、から。
「でも、僕に掛かった魔法は12時過ぎても溶けません」
「…紅葉?…」
「…貴方が僕に掛けてくれた魔法は…永遠に……」
「そうだね、紅葉」
貴方は、微笑う。僕の一番大好きな綺麗な笑顔で。優しく、何よりも優しく微笑うから。
…だから……。
貴方が掛けた僕への魔法は、永遠に溶けない。
笑ったり、泣いたり、怒ったり。
そんな当たり前の事が。そんな、そんな、普通の事が。
出来なかった僕だから。だからこそ。
だからこそ、貴方の魔法が。
僕のその『当たり前』を解き放ってくれた。
「永遠に溶けない魔法を…君に掛けてあげるよ……」
End