綺麗な嘘だけを、君にあげる。君がこれ以上傷つかないように。
君の為に、綺麗な嘘を。…君に捧げる、嘘を……
君が何時もそんな顔をするから。泣く一歩手前で、そして静かに微笑うから。だから僕はそんな顔をさせたくなくて。させたくないから、嘘を付く。
「君を泣かせたりしないよ」
この言葉は、嘘。だって君は僕の見ていない所で泣いている。僕が、見ていない場所で。それでも。それでも僕はこの言葉を君に告げずにはいられない。
「…如月さん……」
微笑う、君。綺麗に、そして儚く微笑う君。君の本当の笑顔が見たいのに、僕は何時も君にそんな顔をさせてしまう。
「だから紅葉、僕を信じてくれ」
何に信じると言うのか?僕の気持ちに嘘も偽りもない。君を愛していると言う気持ちに。けれども。けれども僕の言葉は嘘を飾る。
「君をずっと僕が護るから」
―――その言葉は、嘘だよ。だって僕がきっと君を壊してしまうから。愛し過ぎて、壊してしまうから。
「その言葉だけで充分です、如月さん」
そう言ってまた哀しげに微笑む君をそっと抱きしめた。抱きしめて髪に、口付けて。そして。そして愛していると、今日何度目かの言葉を君に送る。
貴方の言葉に溺れたい。そうして全てを信じられたなら。
僕のこころは満たされるのかな?
ううん、満たされたりはしない。貴方を好きでいる限り、ずっと。
ずっと僕は満たされない。
だって永遠に僕のこころは貴方を求め続けるから。
僕は永遠に、満たされはしない。
「…如月さん…」
声にして、貴方の名前を呼ぶ。それだけで胸が震える。
「貴方の声が大好きです」
貴方からもらったたくさんの嘘。それは貴方の優しさ。貴方の優しさがくれる嘘。
「声だけかい?」
「…声も…好きです……」
貴方が好き。何よりも、誰よりも。どうにも出来ない程に貴方に恋をした。どうしようもない程に貴方を好きになった。だから。だから、どうしても。
「後は?」
「…瞳も…手も…まつげも…全部…」
どうしても貴方がたくさんの優しさと言葉をくれても。それでも。それでも、満たされない。満たされる事は永遠にない。その程度の想いだったなら、始めから貴方を好きになったりはしなかった。命懸けで恋をしたから。自分の全てで恋をしたから。ただそれだけだから。僕という名の全てで、貴方と名の付くもの全てに恋をしたから。
「…全部…好きです……」
だから、僕も貴方に嘘をつくの。本当はもっともっと貴方を求めているけど…嘘を付くの。だってこれ以上貴方を愛したら、僕は貴方を殺してしまうかもしれない。自分だけのものにしたくて。自分だけ見つめて欲しくて。―――だから僕は貴方に、嘘を付く。
君の瞳が好きだよ。切なく震える瞼が大好きだ。
君を泣かせないと、君を護りたいと告げながら。
僕は君が僕の為に不安になるのをこころの何処かで望んでいる。
君が僕だけに見せる何処か怯えた表情を。
君の笑顔が見たいと口で告げながら。
君が僕だけの為に見せてくれるその表情を望まずにはいられない。
やっぱり僕は、君に嘘を付いている。
―――君を愛し過ぎて、嘘をつくんだ。
キスを、する。たくさんの、キスを。
足りないと分かっていても。満たされないと分かっていても。
それでも、キスをする。
それしか想いを告げる術を知らないから。
それ以外の方法が分からないから。
ただ何度も、何度も。口付けをかわす。
「…紅葉……」
「…きさらぎ…さん……」
「口、開けて」
「…は…い……」
「舌…絡めるんだよ……」
「…んっ…ふ……」
「くす…上手くなったね……」
手を伸ばして、貴方の背中にしがみ付いた。
広くて優しい貴方の背中。この背中に溺れたい。貴方に溺れたい。
溺れて何もかもが消えてくれたなら。貴方と僕以外全てが消えてくれたなら。
僕はその先どうなってもいいのに。
君の口許から零れる透明な雫を舌先で辿る。そのたびに肩がぴくんっと震える。それが。それが何よりも愛しい。愛しくて、そして愛している。―――愛して、いる。どうにも出来ない程に。
「…まだ欲しそうな顔をしている……」
「…如月…さん……」
「まだキスして欲しいって顔、している」
「……あ…その………」
頬を染めながら俯いた君が愛しい。そんな些細な仕草ですら、僕のこころを揺さぶる。君は、君はどうしてこんなにも僕を惑わすのか?
「違うのかい?」
そっと髪を撫でながら尋ねると、君は小さく頷いた。そんな君の髪にキスをひとつ贈る。君が望むなら僕は。僕はいくらでもキスをしてあげるよ。でもね、それは。それは僕の望みでもあるのだけれども。―――僕もずっと君とキスをしていたいんだ。
だからこれも、嘘だね。本当は僕の方が君にキスをしたいんだから。
君に捧げる、嘘。たくさんの嘘。
でもその中にある真実は。君だけのものだから。
君だけに、捧げるものだから。
「愛しています、如月さん」
「僕も愛しているよ、永遠に」
「永遠に?」
「ああ、永遠に」
こうやって君に、ただひとつの真実を伝えているのだから……
End