shower

――――目覚めた瞬間に飛び込んできたのは、貴方の笑顔。

小さなしあわせ。
言葉にするには優し過ぎるしあわせ。
声にするには小さ過ぎるしあわせ。
けれどもそれは。それはどんなものにも。
―――どんなものにも、変えられないものだから……。


大きな窓から零れるのは優しい光。その光が君の長い睫毛の上を滑ってゆく。
「…ん……」
睫毛が揺れて、ゆっくりと瞼が開く。そこから覗く大きな瞳に、僕はひとつ笑みを零した。ひどくあどけなく見えるその、寝起きの顔に。
「…あ、…おはよう…ございます……」
目を擦りながらでもまだ少し寝ぼけた顔で、君はそう言った。その子供のような表情がどうしようもなく可愛い。可愛いから、このまま食べてしまいたいと思った。
「おはよう、紅葉」
ひとつ笑うと、君は少しだけ戸惑って。そして小さく微笑んだ。そんな君の些細な表情がどうしようもなく愛しくなる瞬間。何よりも暖かい気持ちになれる瞬間。
「…如月さん……」
まだ寝起き特有の声で僕の名前を呼ぶ君を、このまま食べてしまいたい。可愛い君を。
―――このまま、君を……


本当にそれは小さな事だけど。
本当に小さな事でも。
僕にとってはかけがえのないもの。
僕にとってはかけがえのない時間。
君と過ごす小さなしあわせが、ささやかな日々が。
僕にとっては何よりも大切なものだから。

――――誰にもこの時間を、奪えはしない。


そっと貴方の手が僕の頬に掛かる。そしてそのまま引き寄せられて…。
「…き、如月さんっ!」
突然キスしてきた貴方のせいで、一気に意識が覚醒する。少しだけ不機嫌な顔をして貴方を見たら…貴方はくすくす笑っていた。何よりも優しい顔で、微笑っていた。
「紅葉、可愛いよ」
もう一度腕が伸びて、そのままそっと抱きしめられる。暖かい腕の中、優しい腕の中。この場所が自分にとって何よりも安心出来る場所。何よりも大切な場所。
「………」
ゆっくりと顔を上げると、貴方は笑っていた。何よりも綺麗な顔で、笑っていたから。
「……もう………」
怒ろうとして…唇が止まる。僕はそれ以上怒る事が、出来なくなってしまった。あまりにも見つめる瞳が優しかったから。
「…もう?どうしたの?紅葉」
言えなくなってしまった僕に尋ねる貴方の声は、とても優しい。耳にそっと滑り込んであまやかに溶けてゆくその声に睫毛が震える。このまま。このままゆっくりと胸の奥まで満たしてくれたならば。
―――僕の全てを満たしてくれたならば何も…いらない……。

見上げたら、また貴方は微笑った。僕はそっと手を伸ばして、貴方の頬に触れる。見掛けよりもずっと暖かい、貴方の頬。
「…呆れてものが言えないんです……」
「くす、恋する男は馬鹿になるんだよ」
「…もう…如月さんったら…」
「君に恋し過ぎて馬鹿になっているんだ」
―――何言っているんですか…そう言おうとして、僕は唇を閉じた。貴方の顔がゆっくりと近づいてきた、から。


「もう一回、キスしてもいいかい?」
「…改めて…聴くんですか?」
「君の口から、聴きたいから」
「……言って欲しいんですか?……」
「うん、聴きたい」

「…いっぱい…キスして…ください……」


僕の言葉に貴方は答える変わりにキスをくれた。
キスのシャワーを、僕の顔中に。
いっぱい、いっぱい、キスの雨を。


「…君は…どんなお菓子よりも、甘いね」


そんな恥かしいセリフも貴方だったら戸惑いもなく受け入れるのは。
やっぱり僕も馬鹿みたいに貴方に恋を…しているんだろう……。


End

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