―――たった一瞬で、よかった……
たった一瞬だけでいい。ただ一度だけで、いい。
貴方の瞳に僕を捕らえてくれたならそれだけで、いい。
それだけで、いいの。他に何もいらない。
…見つめているだけで、よかった……
貴方を見つめているだけで良かった。その笑みを、優しい笑みをただ。ただ見ているだけで、しあわせだった。ただこうして遠くから、見つめていられるだけで。
「―――紅葉」
名前を呼ばれ顔を上げればそこには優しい貴方の笑顔。どうしてだろう?どうして貴方は何時も微笑っているの?
「はい?」
声が震えたりしないかと、それだけが心配だった。いつも通り僕は何気なく接していられるだろうか?それだけが、心配。
「髪に葉がついてるよ」
「あ…」
長い指が僕の髪に触れて、そして。そしてそっとそれを取った。その瞬間にふわりと風がないたような気がした。
「取れたよ」
やっぱり貴方は微笑って、僕を見る。その優しい瞳が、好き。何よりも大好き。ずっとずっと見ていたいなと、思う。ずっとずっとずっと。
――――それだけが叶ったら、他に何もいらない。
見つめているだけで。
貴方をこうして見つめていられるだけで。
心がとても暖かくなって。
気持ちがとても優しくなって。
ふわりと宙に浮いたような感覚。
足許が浮いているような感覚。
とても、しあわせで。
とても、うれしい。
貴方を見ているだけで、僕はとてもしあわせな気持ちになれるんです。
眩しい人。きらきらと輝いている人。
僕とは正反対の人だから。だから、僕は。
僕はこうして見つめているだけで。
こうして貴方を見つめているだけで。
それだけで充分なんです。それだけで、いいんです。
他に何を望んでいるわけではなくて。
他に何をして欲しいわけでもなくて。
ただ僕は、貴方がこうして微笑っていて。
そして穏やかな表情をしていてくれれば、それだけでいいんです。
貴方が嬉しければ、僕も嬉しくて。
貴方が哀しければ、僕も哀しくて。
ただそれだけの事なのに、僕にとってはとても重要な事だから。
―――君の、瞳。
漆黒の瞳。闇を映し出す瞳。
ただひたすらに歯がゆかった。
その瞳が闇を見つめれば見つめるほど。
光が遠くなっていって。
そして僕から遠くなってゆくような気がして。
僕は君の中に在る光を、前面に引き出したいのに。
君は何時も少しだけ、下がっている。
僕から、少しだけ後ろにいる。
僕は君を正面から、見つめていたいのに。
「君は何時になったら、僕を真っ直ぐに見てくれるかな?」
「…如月さん?……」
「何時になったら君の視線は」
「僕の正面に立ってくれるのだろうか?」
真っ直ぐに視線を合わせて。
そして瞳の奥の真実を。
僕のただひとつの真実と。
そして君の本当の姿を。
互いに見つめ合い、そして。
そして触れたいのに。
見つめていれば、君はそれでいいの?その先の言葉を僕には求めないのか?
「…立つには…僕は相応しくないから…」
「どうして君が決める?それは僕が決める事だ。僕にとって相応しい、かは」
「…いいんです…これで…僕は」
「…僕は貴方を見つめていられれば…それだけで……」
何時も最期の言葉を僕は飲み込んでいる。
ただ一言言うべき言葉を。伝えたい言葉を。
君のその瞳が言うのを留まらせている。
分かっているそれが君の優しさで。
そして君の臆病なこころなのだと。
僕はそんな君の全てを包み込める程に大人ではないのだと言う事も。
僕は、自らの死に場所を。
ずっと捜して、さ迷っていた。
人殺しである僕が。
最期に『ひと』として死ねる場所を。
ずっと、ずっと、求めていたから。
…それが貴方の瞳の中だと決めた瞬間、僕は……
貴方をもっと見つめていたいと思った。
貴方をずっと見ていたいと思った。
―――生きていたいと、思った………
矛盾した想いが僕の中を駆け巡り、そして。
そして、辿り着いた先に。貴方が。
貴方がそっと微笑っていたから、僕は。
―――僕はずっと貴方を見ていたいと、想った。
みつめているだけで、しあわせ。
みつめているだけで、うれしい。
だからこれでいいの。
これ以上は望まないの。
これ以上は願わないの。
「ああ、紅葉…そうだね……」
何時しか僕の想いが、君を傷つけても。
君を壊しても、君を奪っても。
それでも君を欲しいと想ったなら。
―――その時は迷わずに君に全てを告げるだろう。
何時も紅い糸は細く切れそうで、それでも切れる事は決してなくて。
それが僕等の今だと言うのならば、やっぱりしあわせなのだろう。
君を見つめるだけで。
君が見つめるだけで。
永遠の螺旋の中に、それでもふたりの想いは消せないのだから。
End