Forget−me−not〜忘れな草〜

初めて君と出会った日僕はビルのむこうの空をいつまでもさがしてた


この内側に眠る物語を目覚めさせてしまったのは、お前のその瞳だった。


灼けたアスファルトの上を素足で歩いた。そこから伝わる熱さは、地上へと送られる太陽の光など比べ物にもならなかった。
「――綺麗、だね」
「…何がですか?………」
「お前の、瞳」
多分それが初めて交わした言葉だっただろう。コンクリートジャングルの狭間で見つけた小さな夜空に。
「―――空みたいだ」


「お前はいつからここにいるの?」
気付くといつも彼はここにいた。熱いアスファルトの上でただ何をする訳でも無く、ぼんやりと座り込んで。
「…何で、そんな事を聞くんですか?……」
「気になる、から」
龍麻はそう言うと彼の黒い髪に指を絡めた。彼は別段それに抵抗する事無く、なすがままにされていた。
「俺がここへ来ると必ずお前はここにいる。いつも、ね」
「いいじゃないですか、そんな事。僕の勝手です?」
「でも気になる」
龍麻はかがみ込むと、彼の頬に手を当てる。それはアスファルトとは反比例していて、ひんやりと冷たかった。
「お前の黒い瞳はひどく、俺を夢へと誘う」
「―――夢?」
「俺が子供の頃に置き忘れた夢を見させてくれる」
龍麻は彼の頬に置いた手を顎へと移すと、そのまま自分の方へと向かせる。そしてそのまま唇を塞ごうとする。しかし、それは寸での所で彼の指で遮られてしまった。
「駄目です、僕は」
「―――何故?……」
「僕は、駄目なんです」
そう言って、彼は笑う。その顔はひどく、幸福そうだった。


遠い記憶の片隅に、小さな花が咲いていた。名前すら知らないその小さな花は、いつもビルの谷間に咲いていた。今にも消えてしまいそうな程頼り無く、そして。―――何よりも、強い花だった。


「名前は?」
「―――紅葉」
彼は相変わらず夜空の瞳のままで、何の屈託も無い笑顔で答える。
「じゃあ、紅葉。お前はいつまでここにいるの?」
「…迎えに…来るまでです……」
「…迎え?……」
紅葉の細い指がビルの隙間から覗く空を指差す。そこからは太陽の光が覗き込んでいた。
「あそこから、迎えが来るまでです」
紅葉の言葉に龍麻は驚愕を隠し切れなかった。彼の指した場所―――天、それは即ち『死』を意味している……。
「…紅葉…それって……」
「早く来ないかな?僕、待ちくたびれました」
そう言って紅葉は、無邪気に笑う。でもそれは何故か、怖かった。


―――ずっと、ずっと、待っていた。


「お前は、誰?」
初めて出逢った時のように、素足でアスファルトの上を歩いた。灼けるような熱さはいつのまにか、鈍い痛みに変わっていたけれども。
「―――翡翠」
一瞬だけその鋭い視線が龍麻を捕らえた。しかしそれはすぐに外されてしまったけれども。けれどもその一瞬だけで、全てが魅き付けられた。太陽の光を集めた強い瞳。すらりと延びた長身。整いすぎた容姿。その全てがひどく、現実離れをしていた。
「…何故、ここにいるんだ?……」
龍麻の問いに翡翠は答えなかった。その変わりに彼は地面の上に、一つだけ咲いている小さな花へと手を差し延べた。奇しくもそこはいつも紅葉が座っていた場所だった。
「…やっと、見つけた…紅葉……」
「――え……」
龍麻が疑問符を唱える間も無く、翡翠はその小さな花に口付ける。このビルの谷間に咲いている、小さな小さな花に。
「……愛しているよ…紅葉……」
―――翡翠の言葉は、龍麻の夢のかけらを掬い出した。


あれは、過去だったのだろうか?それとも未来だったのだろうか?ただ覚えているのは、漠然とした想いだけ。あのビルの片隅に咲いていた花の名前を教えてくれた人への、想いだけ。


「――翡翠……」
差し出された大きくて優しい手に、紅葉は自らの細い指を絡めた。その手は自分が何よりも望んでいたものだった。
「ごめんね、遅くなって」
「いいえ、来てくれただけで充分です」
本当に、それだけで。こうして自分を抱きしめてくれるだけで。
「…翡翠、好きです……」
紅葉の手が翡翠のさらさらの髪に掛かり、そのまま引き寄せる。そんな彼に翡翠は拒む事無く、柔らかく口付けた。
「…僕もだよ…紅葉……」
唇が離れてから零れた熱い吐息は、互いの気持ちを伝えるのには充分だった。


「……わすれな草……」
龍麻はビルの片隅に咲くその小さな花の名前を呟いた。そう、全てを思い出した。小さな丘の上で、この花の名前を教えてくれたのは他でもない紅葉だった。
「お前が好きな花だったな」
いつも無邪気な瞳で、この花の名前を言った紅葉。その時の黒い瞳がひどく、印象的だった。そして。そして、『彼』が現れた。の鋭い視線と、柔らかいの髪を持つ彼。紅葉の手を取り、そして抱きしめた彼。でも、消えてしまった。この花が散った時、彼の姿も消えてしまった。そんな彼をずっと、待ち続けた紅葉。時間が流れても、何も彼も無くなっても。自らがその花となって。ずっと、彼を待ち続けた。


「―――お前は今、何処にいるんだろうね」


龍麻の視線の先には、もうあの花は咲いてはいなかった。


End

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