…貴方に、恋を、した。

今までの自分はただの入れ物だった。
自分と言う名前を持つ、ただの息をしているだけの人形。
他には何も、ない。
ただ言われた通りに動いているだけ。思考も理想も何も無い。
何も、無い。ただの人形。ただの入れ物。
それで、良かった。誰かを傷つける事も、誰かに傷つけられる事もない。ただの操り人形。そこに心なんていらない。

…こころなんて、いらなかったのに…。

「君は、壊れている」
その手の冷たい感触が、その眼差しの真剣さが、なくした筈の心に突き刺さる。ゆっくりと静かに、浸透する。
「こうして僕と寝るのも、君が壊れているからだ」
壊れている?違う初めからそんなもの無かった。自分は何も、持ってはいない。壊れるものなど、何もない。
「…抱いてあげるよ…それで君の気がすむのなら…幾らでも…」
抱きしめられた腕の中の、この心地よさは何だろう?この込み上げてくる苦しいまでの切なさは。
一体、何なんだろう?どうして、泣きたくなるんだろう?
「…如月、さん…」
名前を、呼んでみる。呼んでみて、戸惑った。見つめてきたその瞳の思いのほかの、優しさに。
…優し、かった。優しくて、苦しくて。このままでは本当に、自分は壊れてしまうかもしれない。
でも、何に?何に、自分は壊れるの?
「壊れて、粉々になってしまえばいい。そうして何も無くなったら、全部僕が拾ってあげるから」
…何も、無いよ。僕には。貴方みたく、大切な仲間も護るべきその血筋も。何にも、無いよ。こころが、無いんだから。
「拾ってあげるよ。本当の‘君’を。だから全てを捨てるんだ」
捨てる?何を?自分のこの穢れた両手を?血に染まった真っ赤な両手を?それとも、拳武館を?…それとも…館長を?
ああ、そうか…貴方は気付いている。僕と館長の関係を。でもそこには何も無いんだよ。ただセックスをするだけだよ。
愛も恋も想いも何も無いんだから。ただの獣と同じ。快楽を貪るだけの、ただのケダモノ。あの人が僕を抱きたいというから、答えているだけ…ただそれだけだよ。それでも…捨てろと言うの?
……どうして?……
「君の身体に絡みついているしがらみは、全部捨ててくれ」
…どうして、そんな事を言うの?……
「でないと、僕は君を本当に壊してしまう」
「如月さん、言ってる事が矛盾している。壊れろと言うくせに、壊したくないなんて…一体貴方はどうしたいの?」
「僕は君自身の手で、全てを壊してほしいんだ」
「壊すものなんて…僕には…何も無いよ…」
「君のその、こころ。全てを拒絶し遮断したこころ。それを壊して、もう一度本当の君のこころを見せてくれ」
「…僕の、こころ?……」

「そうだよ、僕は生まれたてのこころが見たい」

生まれたての、綺麗な魂。剥き出しの何一つ穢れていない魂。
本当の気持ちだけを持っている、何よりも傷つきやすくて、そして何よりもきれいなもの。
僕は何時もそれを君に差し出しているのに、君は気付かない。
全てを遮断し、耳を目を塞いでしまった君には。
…僕の声は、届かないのか?

壊してしまいたかった。全部を。例え傷つくしか無いと分かっていても。壊して、しまいたかった。
何もかも無くしてしまえばいいのに。そうすれば、自分が全てを与えてやれる。与えて、やれるのに。
「…僕はただの入れ物ですよ…心なんてとっくの昔に捨ててきました…」
全てを絶望した彼の瞳。でも自分は知っている。その瞳の奥に小さな救いを求める色がある事を。自分だけは、知っている。
「ならばどうして、僕に抱かれた?本当は助けて欲しいと、そう思ったからだろう?」
あの館長が彼に何を仕込んだかなんて事は知らない。そんな事はどうでもいい。ただ、彼を救わなかった。こんなにぼろぼろになっているのに、彼の心を救わなかった。それが、許せない。
「君は本当は人殺しが嫌な筈だ。本当はあの男に抱かれるのが嫌な筈だ。それでも君は辛抱する。母親の為に。心をなくしたと自分を偽って」
許せない、こんなにも彼を追い詰めて。そしてこんなに追い詰められている彼を救う事が出来ない自分に。
…こんなにも、傍にいるのに……
「それで母親は救われるのか?君は救われるのか?僕は…嫌なんだ…心の無い君を抱くのは…。僕は君の全てが欲しい」
「…如月さん……」
「君が僕に本当の心を見せてくれるのなら、僕は全てを懸けて君を護る。全ての事から、君を護る」
僕の声は君に、届くのだろうか?僕の魂は君に、届くのだろうか?
「…如月さん…僕は…」
彼の声が、微かに震えていた。そして見上げて来た瞳から、透明な雫がひとつ、零れ落ちた。

「…僕は…貴方の傍にいたい……」

どうして彼には、分かるのだろうか?自分の胸の奥底に閉じ込めた、深く鍵を掛けたその場所を。どうして彼は知っているのだろうか?
…でも……
「傍にいればいい。君は僕から離れない。僕は君を見捨てたりしない」
…でも、彼は…癒して、くれる……
「…傍にいても…いいの?……」
「居てくれ…でないと僕の方が駄目になりそうだ……」
そう言って力強く抱きしめる腕が。零れた涙を拭う唇が。その全てが。その、全てが。
「…本当は…嫌なんだ…如月さん…僕は…」
…その全てを…僕は…好き…だ……。
「何もかも嫌なんだ…僕が生きている意味が何も無いのは…誰も僕を本当に必要としてくれない事が…人を殺すのも、館長とセックスするのも…本当は……」
僕は、彼が、好きだ。
「…嫌、なんだ……」
どうしようもない程、彼の事が好きだ。

今僕は生まれた。
僕という入れ物は、彼によって命を吹き込まれ、動き始める。
自分自身で息をして、自分自身で歩き始める。
僕は‘生きて’いる。
自分自身で考え、自分で決める。
自分自身で傷ついて、ひして自分自身で傷つけられる。
そして。
自分の手で癒し、彼の手で癒される。

「嫌なら嫌と言えばいい。欲しいなら欲しいと言えばいい。君は今まで自分の主張をしてこなかった。でもこれからは全部僕に言うんだ」

恋を、した。
貴方に、恋を、した。
切なくて苦しくて、そして嬉しくて。
どうしようもない程、傍にいたくて。

…今初めて、僕は恋をした……



End

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