…とくん、とくんと。
聴こえる。これが命の音。
僕のたったひとつの、大切な。
大切なたったひとつの、小さな命。
護りたかったもの。それは君の笑顔、それだけだった。
初めて指を絡めて、眠った夜。
無意識に寄せてくる身体をそっと、抱きしめた。
しなやかで、色素の薄いその身体を。
そして飽きることなく髪を、撫でた。
柔らかくて微かに甘いその香りのする髪を。
ずっと、撫で続けた。
目を開けて、みる。そこに貴方がいる。
「…如月…さん…」
ずっと僕の髪を撫でてくれる指先の感触だけが、世界の全てみたいで。それが嬉しくて瞼を開ける事が躊躇われた。けれども。
けれどもそれ以上に、貴方の笑顔が見たくて。
「目が、醒めた?紅葉」
思い描いたそれと一寸の狂いも無い貴方の笑顔。柔らかくて、そして優しい笑顔。まるで太陽の光のように僕を包み込んでくれるその笑顔。
「…貴方の顔を見たら…醒めました…寝ぼけていたら…勿体無い」
僕の言葉にまた、貴方は微笑う。その顔が。その笑顔が何よりも、好き。
「貴方の顔をずっと、見ていたいから」
言ってみてバカみたいだなと思いながら…それでも言わずにはいられなくて。本当に、本当にそう思うから。
…ずっと貴方だけを見ていたいって…そう、思うから……。
「僕も君だけを、見ていたいよ」
さらさらの髪。長い睫毛。綺麗な指先。一寸の狂いも無い完璧な美貌。誰が見ても、誰に聞いても、貴方は綺麗。そんな貴方を独りじめてしも、いいのですか?
「見ていたいよ、紅葉」
降りてくる唇を瞼を閉じて受けてれた。口付けが全ての始まりならば、何度でもキスしてほしい。
どんな事でも貴方と始めたい。どんな些細な事でも。貴方と、ふたりで。
…ああ、僕は。こんなにも貴方が好きだ……
指に馴染むそのきめ細かい肌と、何度でも重ねたくなる唇。
身体を重ねる事が全てではないけれども。
それでも何度でも重ねたい。全てを貪り尽くしたい。
愛しているから、その全てが欲しい。
その言葉が今になって初めて。初めて実感出来るようになった。
本当に愛した者ならば。
どうしようもない程、全てを知りたいと。
その全てを暴いて、自分だけのものにしたいと。
そう、思うから。
だから僕は内から溢れ出る欲望を止めようとは思わない。
君が、欲しいから。
君を、愛しているから。
だから、その全てを。
君の全てを僕で、埋めたいから。
「…綺麗…如月さん…」
僕の腕の中で喘ぎながら、君は熱に浮かされたようにそう言った。髪から零れる汗の雫がシーツに飛び散る。そんな君のほうがよっぽど綺麗なのに。
…君は、綺麗だよ…君自身がそれを自覚していないだけで……
綺麗だよ、心も身体も、その全てが。
僕を捕らえて離さない唯一の、恋人。僕だけの、恋人。
「…紅葉…僕を見て…」
夜に濡れた瞳。そこに映し出されるのが僕だけだと言う事実が、それが僕を幸福にする。これ以上ない程、僕を満たしてくれる。
愛している、愛している。
どうして言葉はこんなにも貧弱なのか?
この気持ちをどうしたら全て、君に伝える事が出来るだろう。
こんなに愛しくて。
こんなに愛していて。
この愛がどれだけ僕の心を支配して、どれだけ僕の全てだという事を。
どうしたら君に、伝えることが出来る?
快楽に反り返る、喉。噛みつくように口付けた。
このまま永遠に腕の中に閉じ込めておけたらと…思わずにはいられない。
このまま君を貫いたまま。
永遠の中に閉じ込められたらと。
そうしたら、本当に。
本当に、幸せだと思った。
貴方の背中に爪を、立てた。
僕だけが許されるその行為に。僕は酔いしれた。
ここに爪を立てられるのは、僕だけで。
この人の腕の中に抱かれるのが僕だけだと言う事実に。
その事実に眩暈すら覚える程の嬉しさを感じた。
このひとは、僕だけのもの。
僕だけの、ひと。
この人の大きな手も、広い背中も。優しい腕の中も全部。
全部僕だけの。
…僕だけが…許されるもの…だから……
この人が、好き。
どうしようもないほど。どうにも出来ないほど。
…どうにか出来る想い、なら。
…初めから、貴方を好きになったりはしない……
このまま互いの全てを貪り続けられたら。
「君の心の音が、僕に届いている」
抱き合った肌から直接響く、互いの心臓の音。
それがそっと触れ合って、重なり合って。
「だから聴こえるよ、君の心の声が」
永遠のハーモニーを奏でている、から。
「…僕にも…聴こえます…貴方の、声が…」
…とくん、とくん、と。
優しく、何よりも、優しく。
「…愛している…と……」
End