さよならは、言わせない。

ただ一度だけの、キス。

貴方とさよならする為に。その為に、キスをした。
大好きだから。貴方だけが、大好きだから。
そっと、そっと、キスをした。

愛が壊れてしまわないように。

「…君はうそつきだね」
そう言って微笑う、貴方。その笑顔が何よりも、好き。何よりも大事。だから。
「そんな泣きそうな瞳で僕にさよならと言うの?」
だから壊したくない。貴方の笑顔を護りたい。ただそれだけなのに。
「…如月…さん…」
普通に名前を呼ぼうとして、そして声が震えるのに気付いた。声が、震える。貴方の名前を呼ぶだけで。
それだけでこんなにも、胸が苦しい。
「声が震えてる…そして身体も…」
優しい腕がそっと。そっと僕を抱きしめてくれた。その優しさに、涙が零れそうになる。零れてしまえば…楽に、なるの?
「…駄目…です…僕に優しくしないで…」
「何故?僕は君が何よりも大事だから。だから、誰よりも君に優しくしてあげたいのに」
大事。僕だって貴方が何よりも、大事。他の誰よりも自分自身よりも。僕の命よりも。だから…だから……。
「…さよなら、如月さん……」
そう言って、キスをした。最初で最後の、僕からのキス。

大切な、ひと。何よりも大切なひと。貴方を護る為ならば、僕は何でもする。
何だって、出来る。だから。
…だからこのひとを…護ってください…

「駄目だ、僕は君を離さない」
力強く抱きしめられて、息が止まりそうになる。でも。でも逆にその強さが…僕は…嬉しくて…嬉しかったから…哀しくなった。
こんなにもこんなにも貴方が大切なのに。貴方の為にさよならと言ったのに。それなのに。
それなのに僕の瞳は心は魂は…貴方を求めている…。貴方だけを、求めている。
…どうして…僕は貴方がこんなにも…好き?
「…駄目…如月さん…僕は…」
「僕は?君は、僕から 方を失う事だけ…」

…そう『あの人』を怖いと思った事など一度もない。怖くない。怖いのは、貴方という命がこの地上に存在しなくなると言う事だけ。
僕の命なんていらない。けれども。けれども、貴方だけは。貴方だけは、護りたい。自分の全てを懸けて。例えどんなになろうとも。
…貴方だけが…この地上に存在してくれれば…それで、いいの…。

「だったら君が傍にいて、僕を護ってくれるかい?」
「…如月さん……」
「冗談だよ。君を護りたいのは僕なんだ。だから君は僕の傍にいてくれ」
そう言って唇が降りてくる。それを拒む事は…僕には出来なくて……。
…どうして、こんなに僕は貴方が好きなの?……

君の考えている事など僕には手に取るように分かるから。
君が僕の事をどう考えていて、そして君の取るべき行動を。
全部、分かっているよ。
だって誰よりも君を見ているのは僕なんだ。
君の心も瞳も魂も、全部。全部僕が一番見ているから。

「…ふたりなら、何も怖くないよ。紅葉」
ゆっくりと優しく降りてくる貴方の、声。その声に全てを埋もらせてしまいたい。全て貴方だけで、埋もれたい。
「だから、紅葉。もうさよならとは言わないでくれ」
「…如月さん……」
「それだけは…言わないで…くれ……」

「…はい…如月…さん……」

ふたりでなら何も、怖くはない。だからもう…

さよならなんて、言わないで。

 

End

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