…貴方だけを、愛していました……
初めて貴方を見た瞬間から、僕は馬鹿みたいに恋に落ちた。
貴方の長い睫毛も、真っ直ぐな瞳も。良く通る声も、全部。
全部、貴方と名の付くもの全てに恋に落ちた。
その声で名前を呼ばれるたびに、瞼が震えた。
優しい手が僕の髪を撫でる。
広い腕が僕の身体を包み込んでくれる。
暖かい唇が、僕の唇に触れる。
それだけで。それだけで、幸せだった。
『…如月さん……』
戸惑いながら、名前を呼んだ。
ぎこちなく笑ってみた。怯えながら貴方の瞳を見返してみた。
飛び込んでくるのは貴方の優しい笑み。優しい瞳。
何時も、何時も貴方はそれを僕に与えてくれていた。
好きでした。大好きでした。
こころが震える程に。魂が震える程に。
貴方が、好きで好きでどうしようもなくて。
どうにもならなかった。
好きという気持ちだけで生きて行けるなら。
こんなにも幸せなことはないと思った。
『…如月さん…好きです……』
声に出して初めて貴方に告げた時。
ひどく泣きたくなったのを覚えている。
泣いたらみっともないと思いながらも。
全てを涙として流して貴方に受け止めてもらいたいとも思った。
僕が背負ってきた全てを。罪を罰を。
貴方の腕の中で許されたかった。
…許してくれると、思った。
貴方なら。貴方なら僕を生まれ変わらせてくれると。
そう、思ったから。
愛しています。愛しています。
貴方さえいれば。貴方が傍にいてくれれば。
僕は何も望まなかった。何も欲しいものなんてなかった。
貴方を愛してその気持ちだけで生きてゆければ。
僕は『暗殺者』でも『人殺し』でもなかった。
ただの剥き出しのままの『人間』で。貴方だけを愛するただのちっぽけな存在になれた。
貴方さえ、傍にいてくれたなら。
『愛しているよ、紅葉』
何百回も、何千回も、囁かれた言葉。
その言葉がゆっくりと降り積もって僕の全身を埋めてゆく。
でも僕は底無しに欲張りだから。
貴方の言葉を幾ら貰っても、足りなくて。
もっともっともっと、貴方の言葉が欲しくて。
我が侭なくらい、言葉を欲しがった。
貴方だけを愛していました。
嘘じゃない。それだけが僕の真実。
他には何もない。僕は何も持ってはいない。
この手のひらに残っているのは貴方への気持ちだけ。
それだけが僕の、全て。
…嘘じゃないんです…如月さん……
愛しているから、貴方だけを愛しているから。
だから僕はもう貴方の傍にいられない。
貴方を護りたいから。貴方を傷つけたくないから。
『貴方を殺して僕だけのものにしたい』
声に出して言ったなら、貴方はどう思うでしょうか?
僕を軽蔑しますか?それとも…
…それとも、微笑い…ますか?……
貴方はきっと微笑うでしょう。『それでも構わないよ』って。
だからね、僕が死んであげる。
貴方を傷つけたくないから。貴方を護りたいから。
だから僕が、貴方から消えてあげる。
僕を殺す事の出来ない貴方。
貴方を殺したい僕。
どちらの方が、罪深いのでしょうか?
僕と貴方とどちらが、どちらがうそつきですか?
指を絡めて、互いの舌を絡めて。そして、そして愛し合った夜。
幾千もの夜。幾千もの朝。ふたりでみつめあって、口付けを交わした日々。
それすらも、それすらも引き裂くほどの激しい想いに変わる。
どうしてこんなにも愛してしまったの?
苦しくて苦しくて、苦しくて。
何時も透明な血をこころから流していた。透明な涙を瞳から流していた。
それを気付いていながらも、僕の心臓を抉ってゆく貴方。
焼けつく想いと、壊れたこころと。
貴方の全てに囚われた、僕。
『…愛している…紅葉…』
呪文。貴方の呪文。
僕を捕らえて離さない、言葉の呪縛。
そして僕は喉の乾きを覚えるように、その呪縛を求めた。
貴方を、求めた。
今分かった気がする。
貴方が僕を捕らえて。僕は貴方に囚われた。
それは、それは。
互いが望んだ事なのだと。
貴方は僕を殺せない。
それでも貴方は僕を求める。
僕は貴方を殺したい。
それでも僕は貴方を護りたい。
それは矛盾しつつも同じ想いだから。
こうして僕は貴方を『僕自身』から護った。
そして貴方はこして『僕自身』を永遠に手に入れる。
…そうなんですね、如月さん……
僕らは違うものを見つめ、同じ想いを抱いていた。
だから。だから、幸せ。
僕達は、しあわせ。
『僕だけの、紅葉』
貴方の言葉を胸に永遠に眠ろう。
そして永遠に貴方のものに。
貴方だけの、ものに。
愛している、から。
End