……とおいところへ、いきたいな……
掠れた声で呟いた言葉が、その一言で。だから聴いた。何処に行きたいのかと。そうしたら、小さく微笑って君は言った。
『貴方の所に、いきたい』と。
近かったね、そして遠かったね。ふたりの距離。ふたりの愛。
どうしてだろうか?どうしてなのか?僕らはこんなにも近くにいたのに。
――――僕らはこんなにも遠かった。
手を伸ばせば、指先は触れられるのに。こうして指を絡めて眠る事は出来るのに。
どうしてだろうね。君が。君が、こんなにも、遠い。
ねえ、愛ってなんだと思いますか?
貴方に聴いてみた。そうしたら貴方は微笑って、僕にこう言った。『君をこうして大切に思う事』だと。
大切に思うこと。互いの存在を大切に思う事。うん、そうですね。それが愛だと貴方は言うのですね。
僕も貴方が大事。何よりも大事。貴方の綺麗な瞳が。貴方の真っ直ぐな視線が。誰よりも何よりも、大切。でもね。でも違う。愛はそれだけじゃない。もっと。もっと僕は。僕には重たくて苦しいものなの。もっと怖くて、もっと切ないものなの。言葉にして。声にして愛の答えを出しても。きっと。きっと貴方には伝わらない。
だって、僕は。僕は貴方が思っているほどに純粋じゃないから。
とおいところへ、いきたいな
ここではない何処かへ。貴方のいない世界へ。そうしたら僕はもう苦しくない。そうしたら僕は辛くない。
ねえ、貴方には分からないでしょう?自分を傷つけてまで他人を愛する想いを。全ての想いを受け止めて、それでも全てを包み込んでくれる貴方には。自らの心臓を抉ってまで恋する気持ちは分からないでしょう?そして。そして、そう思いながらも。
―――貴方の傍に、いたいと思うことを。
指を、絡めて。そして。そして体温を分け合う。分け合う体温の熱さが違う限り、僕らはひとつになれないの。
最期まで君の傷を癒せなかった。僕を愛すれば愛する程に抉られてゆく君の傷。僕の愛で埋めても、埋めても。その傷は深くなるばかりで。
君を、愛さなければよかったのかもしれない。そうしたら君はこれ以上傷つく事はなかった。君をこんなにも、愛さなければ。ふたりで迷い込んだ迷路の先に、出口がないと分かっていても。
それでも君は僕の手を取って、そしてふたりで迷い込んだ。愛という名の道しるべだけを頼りに。でもそれが。それこそが僕らにとっての永遠の迷い道。逃れられない罠。
手を重ね合っても。唇を重ね合っても。それでも、それでも埋められないもの。
僕が君だけを選んでも。君が僕だけを選んでも。それでも。それでも、駄目なんだね。
愛が深すぎて、もうどうにも出来ない場所にまで辿りついてしまった僕らには。
「好き、如月さん」
「僕もだよ、紅葉」
「言葉にするのは簡単なのに」
「伝えるのは簡単なのに」
「どうして」
「どうして」
―――どうして、永遠に渇望し続けるの?
言葉の海。流れる言葉の水。それでも満たされる事のない飢え、喉の乾き。繰り返されるその言葉でどうして満たされないのか?繰り返されるその愛撫でどうして満たされないのか?
抱いても、抱いても。君をどんなに抱いても、満たされる事のない欲望、そして愛。一体どうしたら、僕らは埋まる事が出来るのか?
貴方が、遠い。とても遠い。言葉は胸を滑る。愛は身体を埋めてゆく。それでも、遠いの。分かっている、分かっている。僕は貴方の愛では埋められることは出来ない。永遠に出来ない。貴方以外を愛せないと気付いた時から。貴方の瞳に僕以外映して欲しくないと気付いたその時から。僕は貴方では永遠に埋まらないと分かったから。
……ねぇ、愛し過ぎて狂うことってあるのかな?
――狂う?そうしたらずっと楽だよ。何も考えなくていい。君以外考えなくていい。もう何も考えなくていいんだ。
……ならとっくに僕は狂っています…貴方以外の事を何も考えていない……
ああ、そうだね。それが、君が僕を遠いと言う理由なんだね。そうだね、紅葉。そうなんだね、紅葉。
遠い。貴方が遠い。もう僕は何も考えていない。貴方以外何も考えていない。でも貴方は、考える。僕が生きてゆく為にしあわせは何かと。拳武館のことを。母のことを。そして龍麻のことを。僕は何も考えていないのに。貴方以外考えていないのに。
「でも今貴方は過去形で言ったから」
「―――紅葉…」
「遠かったと、過去形で言ったから」
「…ああ、そうだ」
「そうだよ、紅葉」
だから君も過去形をもう止めるんだ。僕らの遠さとそして距離は。永遠に埋めることは出来ないだろう。君が僕を愛して、僕が君を愛する限り。それでも。それでも。
それでも君に、近づきたい。
「如月さん、貴方の傍にいきたい」
「おいで、紅葉」
「もう戻れなくていい。だから貴方のそばにいかせてください」
「僕も戻りたいなんて思わない。ふたりで」
「ふたりで戻れない場所へと行こう」
いこう、ふたりで。ここではないどこかへ。
End