君が微笑うと、僕は嬉しい。
君が泣くと、僕は哀しい。
君が楽しいと、僕は幸せ。
それが、僕と君の関係。
花になろう。ふたりで花に埋もれよう。
一面の広がる花びらの中で、ふたり。
ふたり何処までも。ずっと一緒に。
「…如月さん……」
君の、声。少し躊躇いがちに呼ぶその声に、僕は微笑った。
微笑って、そしてそっとキスをする。甘い、甘い、キス。
初めびっくりしたようにぴくんっと肩が震えて、そして。そして次の瞬間に蕩けるように瞼を閉じた。
「…如月、さん……」
背中に腕が絡まりそのまま君は僕に抱きつく。その暖かい指先が僕の口許に無意識の笑みを浮かばせた。くすりと、ひとつ。
「どうしたの?紅葉」
「…いいえ…」
「ん?」
「…何でもないです…ただ」
「ただ?」
「貴方の名前を呼んでみたかった、だけ」
その答えにまた、僕は無意識に笑った。ひどく、幸せそうに。
降り積もる、花。ひらひらと振り続ける花びらの雨。
甘い、雨。優しい、雨。
ふたりの全てを包みこむ、雨。
そのまま溶けて、しまいたい。
「如月、さん」
また君は僕の名前を、呼ぶ。少しだけ目尻を赤くしながら。少しだけ躊躇いがちに。
だから僕は笑う。君の躊躇いが消えるようにと。
「紅葉、愛してるよ」
今度は震えなかった。そっと目を閉じて僕の唇が降りて来るのを待っている。そんな君がどうしようもなく可愛くて僕は、どうしようもない程に幸せな顔をした。
…本当に君は…どうしてこんなにも…僕を惹きつける?……
「愛して、いるよ」
そんな君の唇をまたそっと塞いだ。さっきよりも少し長めのキス。君の瞼が震えるまで、僕はキスを止めなかった。
「…あ……」
唇が離れた瞬間の甘い吐息に、もう一度僕はその息を奪った。そして今度は唇を滑らかな頬に滑らせ、そして形よい鼻筋へと移す。瞼に触れて、そして額に最後のキスを落とした。
「目が、潤んでいるよ」
「…誰の…せいですか?……」
「僕のせい?」
「他に誰がいます?」
「そうだね。全部、全部僕のせいだ」
これから先も、ずっと。ずっと僕のせいでありますように。
風が、舞う。
花びらが飛ぶ。ふたりの回りを。
ふたりをそっと、隠すように。
ふたりだけの秘密を、閉じこめるように。
「髪に、花びらが付いている」
「如月さんも、ついてますよ」
くすくすと瞳を見合わせながら、互いの花びらをそれぞれ取り除いた。そして。
そして悪戯をする前の子供のように笑って、それぞれの花びらに口付けた。
「花びらよりも君の唇のが美味しいな」
「…な、何言っているんですか……」
「何よりも君が美味しいよ」
「………バカ…………」
恥かしくなって俯いてしまった君に。僕は花びら事、君を奪う。君の、全てを。
このまま、埋もれてしまってもいいな…と…思った。
バカみたいだけど、このまま。
貴方とふたりで花びらの中に埋もれてしまっても。
…いいなって、思った……
君の手が、僕の指に絡まる。
僕はその手をそっと包み込んだ。
暖かい、手。生きている、手。
初めて君の手をこうして包み込んだ時その冷たさに泣きたくなった事を覚えている。
どうしたらこの手を暖めてやれるのか、そんな事ばかりを考えて。そして。
そして何も出来ないことに気付いた自分の無力さに、情けなくなって。けれども、今。
今君の手は、暖かい。こうやって温もりを伝え合える。
こうやって。こうやって、ふたりで。
「…紅葉……」
「はい?」
「君の手は、暖かいね」
「如月さんの、手も」
「…とても…暖かい…です……」
そうだね、この温もりはふたりで作り上げたもの。
不器用だけど懸命に愛し合った僕らが作り出したもの。
誰にも真似は出来ない。誰にもこの暖かさは分からない。
ふたりだけの。ふたりだけで、作ったもの。
…ふたり…だけで……
花びらはまだ降り続ける。
そっと、そっと降り続ける。
それは僕らが積み上げてきた小さな秘密の。
小さな秘密の結晶のよう、だった。
End