ACT/4
それは初めて声を聞いた時に、似ていた。
でもあの時よりも、もっと傷ついていた。
あの時よりももっと、苦しかった。
あの時よりももっと、好きだった。
好きになり過ぎて死ぬ事があるのなら、きっと自分は真先に死んでいるだろう。
「…永かったな…翡翠よ……そして紅葉……」
無機質な空間には『あの方』の声だけが、音声となって響いていた。
「お前たちは、純粋過ぎた。そして、綺麗過ぎた」
愛する事によって結ばれる絆が深くなれば深くなる程、廻りを傷つけずにはいられない。その愛の深さ故に。けれども。
「…その絆に地球の…人間の運命を懸けるなどとは……私も愚かだな………」
けれども。それでも、そんな絆に懸けてしまう程。ふたりの愛は深いから。ふたりの愛を信じているから。
「―――所詮、我々は『神』と言う名の最も愚かな生き物なのだ」
完璧なる筈の神々達は、本当は何よりも『愛』に飢えている最も醜い生き物なのだから。
―――たった一つしか無い答えを、ずっと捜していた。
「貴方は、ヒスイ様を知っているのですか?」
ヒナノは自分の隣を歩くモロハに振り返り、戸惑いながらも尋ねる。彼はヒニナノにとって、実に不可解な人物だった。ただの通りすがりに彼女を助けてくれただけで無く、彼はヒスイの『捜しているもの』を知っていると言うのだから。
「知らないよ。だからこうして、捜しているんだ」
「ヒスイ様を捜しに?」
モロハの言葉にヒナノは益々困惑を深める。しかしそんな彼女に気にする事無くモロハは、相変わらずの穏やかな笑みを浮かべながら、瞳だけは不敵に輝かせて。
「そう。彼が君の言うように、金色の光を持っているならばね」
「ヒスイ様の金の瞳は、何か意味でもあるのですか?」
「―――意味?違うよ。それしか手掛かりが無いんだ」
「…手掛かり?……」
ヒナノの言葉にモロハは一瞬遠い瞳をすると、見えない筈の空を見上げて。
「そう、『太陽』を見つける為の唯一の手掛かりだよ」
「―――太陽?」
濁ってしまった、空。本物の色を無くしてしまったただの空間。太陽と同時に消滅した本物の空の蒼。―――太陽と、同時に……。
「…僕は空を拾ったんだ。蒼い空をね。太陽が捜し続けている……」
大切そうに指に絡めた漆黒の髪。それが何よりもの証拠。『太陽』の存在の証拠。
「―――蒼い空を、拾ったんだ」
―――夢だけで生きられるのなら、きっと傷つく事なんて無い。
声が、聞こえた。
低く少し掠れた声で、自分を呼ぶ声が。
―――声が、聞こえた。
「…ひ、すい……」
真先に音声となったのは、唯一の人の名だった。
「目が、醒めたのか?」
うたた寝をしていた老婆だが、その声に気付いて素早く反応を示した。しかし紅葉は老婆の言葉には、いや全ての物音にも景色にも全く気付いていなかったのだ。
「…翡翠が、呼んでいる……」
「―――お前………」
未だ覚束ない足元のままで紅葉はベッドから起き上がると、ふらふらと歩き出す。その様子を不安に思って老婆が手を差し出したが、その手は彼の身体に届く事は無かった。何故ならば紅葉の身体を淡い光が包み込み、全ての物質が彼に触れる事を拒否していたのだ。
「…行かなければ……」
「―――」
紅葉は、綺麗だった。本当に綺麗だった。まるで夢のように、幻のように、綺麗だった。
それこそ彼が、本当にこの場にいないような錯覚すら覚える程に。それは決して人間では越えられない『もの』だった。
「―――翡翠……」
そう言って彼は、ひどく幸福な表情をした。本当に幸せそうに。やっと巡り合える唯一の人の名を呼びながら。そう、たった一人の。たった一人の人の名前を。
老婆には止める事が、出来なかった。否その思考すら奪われた。ただ彼が過ぎ去っていくのを見送るだけで。その瞳に焼き付けるだけで。
―――その夢のような光景を、見つめるだけで……。
「―――紅葉……」
ヒスイのその呟きは、静かに風に運ばれた。ゆっくりとそして、どこまでも優しく。
「…早く、おいで。僕の元へ……」
そう言ってヒスイは柔らかく、笑った。それは紅葉だけに見せてくれた、彼の特別な笑顔だった。
―――自分の還る場所は、たった一つしか無い。
「君は伝説を知らないんだね」
モロハは自分の知っている限りのいにしえの伝説を口に乗せた。そう、伝説。昔紅葉が『あの方』と交わした契約を。
「それではヒスイ様は、人間では無いのですか?」
モロハの言葉を聞き終えたヒナノの表情は、驚愕と混乱の混じり合った複雑な表情をしていた。無理も無い。それを信じろと言う方が難しいのだから。
「さあ、それは逢ってみなければ代わらないよ。いや、僕が見ても分からないだろうね」
そう、彼が見なくては。空である彼が見なくては。それが太陽かは、分からない。でも。
「僕はこの瞳で確かめたいんだ」
確かめて、認めなければ。きっと自分はこの独占欲を持ち続けてしまう。この欲求を持ち続けてしまう。
「―――確かめたいんだ」
彼が決して人間には届かないと言う空だと言う事を。はっきりと、示して欲しいから。
「…『空』はどんな人なのですか?……」
「―――ヒナノ?」
「ヒスイ様の捜している『空』って、どんな人なのですか?」
ひどく傷ついた瞳、だった。多分彼女も、そうなのだろう。自分のように手の届かない者に焦がれた一人なのだろう。そう彼女は『太陽』に。
「確かめてみたらいいよ、この瞳で。そうしたらきっと、納得出来る」
「………………」
「納得、出来るよ」
最後のモロハの呟きは殆ど自分に言い聞かせているようで、ヒナノはひどく切なかった。
―――夢よりも、優しくて。そして切ない。
永い時間、だった。
本当にそれは永遠のような時間だった。
でも終わる。もうすぐこの地獄にピリオドが打たれる。
やっと、この手で確かめる事が出来る。
「……星が、落ちる………」
老婆は古びた扉を開けて、漆黒の空を見上げた。そこには相変わらずの濁った空が存在するだけだった。けれども。
「―――運命の星じゃ………」
もうすぐこの空は変わる。蒼い空になる。そして太陽が我々を照らしてくれる。
「……やっと、わしも逝く事が出来るな………」
もうこの世に思い残す事は無い。人類の手に蒼い空と太陽が返されるのだから。そしてこの不毛の地も草木が茂り、生物も営めるのだから。やっと、人類の永い罪滅ぼしも終わるのだから。
「もう二度と、馬鹿げた事をするのでは無いぞ」
空と太陽を引き離してしまった、人々。その代償に全てを失った人々。それでもこうして生きている。懸命に生きて、努力をしている。だから、もう。
「―――やっと、許されたのだからな………」
二度とこんな事がありませんように。哀しみすら残さない戦争も、利益だけを追求する文明も。もう二度と繰り返しませんように。
過去は過ちを繰り返さない為に存在し、現在は過去を越えてゆく為に存在し、未来は現在を変える為に存在するのだから。
「…未来がこの手に還る事を………」
―――老婆の瞳には、確かに見えた。落ちてゆく運命の流れ星が……。
―――私達は、幸せになる為に、生まれてきた。
「―――ヒスイ様……」
ヒナノの瞳が、驚愕で見開かれる。そしてそのまま茫然と立ち尽くしてしまった。
「ヒナノ?」
そんな彼女の呟きを目敏く聞いたモロハが尋ねる。しかしヒナノは無言で目の前に広がる砂漠を見つめていた。仕方無く諦めたモロハが彼女の視線の先を追うようにして、その砂漠に目を凝らした。その時、だった。
―――モロハの視界が一面の金色に染まったのは。
―――それは、衝撃だった。
まるで全身を鋭い刃物が貫いたような、それは激しい衝動だった。
「…太、陽……」
やっとの思いで出た声も、殆ど音声としては発揮されなかった。情け無い程に掠れて。まるで自分の声では無いようだった。
輝くばかりの黄金の瞳。それは見た事の無い筈の太陽の光をいとも簡単に想像させ、目に
痛い程に焼きついた。そして銀色の瞳。まるで吸い込まれそうな程深い色彩で。それは今まで見たどんな宝石よりも豪奢で華麗だった。
―――そう彼は、生まれながらにして『選ばれた者』なのだ。
モロハは無意識に身体が震えるのを抑えきれなかった。人間を越えた者と言う存在を見た者の、それは純粋な本能だった。恐怖と甘美の紙一重の本能。その威圧感と威厳に。モロハは純粋な本能で震えたのだ。
「―――君は、僕を知っているのかい?」
今までヒナノに向けられていた視線が、真っ直ぐにモロハを捕らえる。その鋭い視線に無意識にモロハは傷つけられるようだった。それでも彼が視線を逸らさなかったのは、流石と言えば流石なのだが。
「…ヒスイ様?……」
ヒスイの言葉に戸惑いながらもヒナノは尋ねる。しかしヒスイは一瞬だけ彼女に振り返っただけで、すぐさまモロハへと視線を戻した。
「……僕は『空』を拾いました………」
未だ幾分か掠れた声ではあったが、モロハは明確にヒスイに意思を伝えた。そんな自分に彼はひどく柔らかく、笑った。その笑顔は先程の鋭い視線を微塵も感じさせない、全てを包み込むような優しい笑顔だった。そう、それは人類を深く包み込んでいた太陽の光のように。
「それは感謝する…今は『封印』をしていて、何も出来ない身だからね」
「―――封印?……」
モロハの質問にはヒスイは答えなかった。そして一度だけ深く頭を下げて礼の意思を述べると、ゆっくりとヒナノを見返した。
「君にこんな所で逢うとは、思わなかったよ。元気だったかい?ヒナノ」
「はい、私は元気です。ヒスイ様は?」
「見ての通りだよ」
彼女の言葉にヒスイは、笑う。それは確かに『人間』の表情だった。人間を越えた存在の彼は、本当はこんなにも人間的な表情をする。それは未だ彼が人間なのだからだろうか?それとも、元々の彼の本質なのだろうか?
「――ヒスイ様、あの……」
思い詰めたような表情をしながら、ヒナノはヒスイに目的を告げようとする。しかし彼はそんな彼女の言葉を汲み取るような表情を浮かべて。
「…何も言わなくていい。僕には分かっているから。済まなかった、こんな時に出ていってしまって……」
「……そんな事は………」
「いや、思えば僕は君に何もしてやれなかった」
「そんな事ないですっ!…ヒスイ様は何時だって私を護ってくれたもの……」
堪えきれずにヒナノはヒスイの上着にしがみつく。そしてそのまま崩れるように彼の胸へと飛び込んだ。その瞳からは止めども無い涙を零しながら。
「……いつだって…ヒスイ様は………」
ヒナノの長い髪を撫でながら、ヒスイはひどく胸の痛みを感じた。痛かった。こうして抱きしめている彼女を、自分は護る事が出来ない事に。いくら大切な女でも、自分にはどんなものにも代えられない人がいるから。この腕で護るのは、たった一人だから。
「―――すまない…ヒナノ……」
そしてこの痛みは自分が人間である、確かな証拠だった。人間であるが故の痛みだった。
もしも自分が『四神』ならば迷わずに進めるのに。でもヒスイは知ってしまったから。人間の優しさを、弱さを。そして強さを。知っているから。だから、痛い。
「…すまない……」
何に自分が謝罪しているのかすら、分からなかった。でも、ヒスイは全ての人に謝りたいと思った。彼らから空を、太陽を奪ってしまった事に。自分は謝罪せずにはいられなかっのだ。
―――それは確かに自分が『人間』である、証だった。
「――ヒスイ様?」
やっと止まったヒナノの涙を見届けると、ヒスイはゆっくりと歩き出した。そんな彼を不信に思ってヒナノは呼び止めた。しかし彼は彼女へは振り返らなかった。
「僕は、行かなければならない。さよなら、ヒナノ」
「…何処へ…行くのですか?……」
ヒナノの言葉に、ヒスイはゆっくりと振り返る。その顔はヒナノが初めて見た、彼の一人の男としての顔だった。
「僕の何よりも大切な者の元へ」
それだけを言うと、ヒスイは砂嵐の中へと消えてゆく。それはヒナノの引き止める間も無い程に。否、ヒナノには止める事が出来なかった。ヒスイが初めて見せたその表情が、全てを物語っていたのだから。
「―――空に、逢いに行かれるのですね……」
無言で隣に立っていたモロハに、ヒナノは言う。そんな彼女に頷いて。
「彼らは、僕等の手の届く人じゃない。僕等が望んではならない人なんだ」
「……違います、モロハ様……」
「ヒナノ?」
「届かないのではないのです。掴めないだけですわ。だって、ヒスイ様はいつでも私の傍にいるから」
いつでも心の傍に彼はいてくれるから。いつでも自分を見ていてくれるから。
「……そうだったね……彼は『太陽』なのだから………」
もうすぐこの地上を照らしてくれる、彼は『太陽』なのだから。
―――この地上に自分が堕とされた意味が、今やっと分かった。
これは罪でも罰でも無い。これは、賭だった。
自分たちが地上を照らす太陽と空でいられるかと言う『あの方』の大きな賭だったのだ。
自分がこうして地上へと堕とされなければ、人間にならなければ、こんなにも人々を愛する事など無かった。こんなにも理解する事も無かった。
自分が包み込み護らねばならない存在である人間を、愛して理解しなければ。
―――自分は本当『四神』には、なれないのだから。
全てのものを愛さなければ、生命の源である太陽にはなれないのだから。
「…翡翠……」
風が一つ吹いて、紅葉の被っている黒のベールを揺らした。しかし紅葉は気にする事無く、乾いた砂の上を歩き続ける。
もう何も怖くはなかった。失うものも奪われるものも、何もなかった。自分に残されたものは純粋に『翡翠』だけだったのだ。
彼への想いだけが、紅葉の持っている全てだった。結局最後に残ったものは、それだけだった。どんなに聡明な頭脳で人間を造っても、空を支配しても、結局自分にとって必要なものは翡翠への愛だけだったのだ。そして、それは。
―――彼が何よりも人間に近い証拠だった。
全てが仕組まれた事だったとしても、この想いだけは自分の明確な意思だった。
―――星が、堕ちる。
運命の星が、今。地上に、人間達に。
それは『未来』と言う名の、星だった。
―――僕等の手の中に、未来が還ってくる。
「翡翠よ。お前は人間になる事によって、人間への愛を知った。それはお前が太陽としての唯一持っていなかった感情だ。お前は選ばれた者故に、その愛を知らなかった」
地上を見下ろしながら『あの方』は、独白めいた言葉を綴る。しかしその声を聞く者はここには存在しない。
「そして紅葉よ。お前は全てを与えられていた故に、失う事を知らなかった。失って初めて知る真実が、お前が空の民として欠けていたものだ」
―――決してこの告白を聞く者は、この世には存在しない。
今この瞬間だけは、ただの一人の『人間』だった。
「―――紅葉……」
他に言葉が、出なかった。何を言っても嘘になる気がして。ただ、相手の名を呼ぶ以外には。
「……ひす、い………」
何一つ、変わってはいなかった。自分の名を呼ぶ、ひどく優しい声も。闇すら弾く金色の瞳も。強い意思を持って輝く銀色の瞳も。全て紅葉の知っている『翡翠』だった。
「…やっと、見つけた。僕の紅葉……」
そう言って柔らかく笑う表情も、差し延べられた広く優しい腕も。全てが紅葉だけの、紅葉だけが知っている『翡翠』の本物の顔だった。
「―――翡翠……」
紅葉は彼の為に、一生懸命に笑った。でもどうしても、視界が歪んで上手く笑えなかった。上手く、笑えなかった。
「……逢いたかった、翡翠……」
不覚にも言葉の語尾が、滲んでしまう。けれども、そんな紅葉に何も言わずに、抱きしめた。それは言葉で語るよりも雄弁だった。雄弁に気持ちを伝えていた。
「――僕も、だ………」
―――この瞬間、紅葉は『翡翠』を手に入れた。
「…相変わらず細い、身体だね……」
飽きる事無く翡翠は紅葉の髪を撫でながら、そっと耳元に囁いた。そんな彼にうさぎみたいに真っ赤な瞳をしながら紅葉は、上目遣いに見上げて。
「貴方にこうして貰う為に、太らないように気をつけていたんです」
くすっとひとつ微笑いながら、紅葉はそう言うから。翡翠はたまらずにきつく、彼を抱きしめた。
「ああ、ずっと抱きしめる。もう離さない」
「……約束、です………」
少し戸惑いながらも、紅葉は翡翠の背中に手を廻す。そして千切れてしまう程、翡翠の上着をぎゅっと握り締めた。
「うん、約束しよう」
翡翠の大きな手のひらが、紅葉の頬を優しく包み込む。そしてゆっくりと自分の方へ向かせた。
「……ずっと、抱きしめると………」
そう言うと翡翠はそっと紅葉に口付けた。それはひどく甘く、そして切ない程ひたむきだった。互いの想いを伝える、深い深い口づけだった。
「……行きましょう…翡翠……」
そう言うと紅葉は自ら被っていた漆黒のベールを外した。自らの全てを封印していた、その喪服を。そして翡翠の目の前に惜しみも無く、生まれたままの姿をさらけ出す。
「生憎、僕は未だ完全に開放していないよ」
翡翠の瞳に映る紅葉の肢体は、一寸の狂いも無く記憶そのままだった。そのきめの細かい肌も、くっきりと浮かび上がった鎖骨も、薄い胸も。全てが自分の知り尽くしている身体だった。
「…君が開放、してくれるのだろう?……」
くすりと笑う翡翠に紅葉はこくりと頷く。そして静かに瞼を閉じた。それが合図、だった。
「…あっ……」
翡翠の長い指が紅葉の胸の果実に触れる。それだけで、紅葉の口からは甘い吐息が零れた。
「…や…んっ…」
指の腹で転がしたり、軽く摘んだりして、翡翠は紅葉を攻め立てる。口に含んで歯を立ててやると、紅葉のそれは痛い程にぴんと張り詰めた。
「…ひす…い…あ……」
翡翠は焦る事なくゆっくりと、紅葉を手に入れる。彼の全てを確かめるように、全身に指と唇を滑らせて。永い隙間を埋めようとでもするように。
「…あぁ……」
紅葉の指が翡翠の髪に掛かると、そのままそれをくしゃりと乱した。それは彼の無意識の癖だった。
「…紅葉……」
「…ああっ……」
翡翠の指が心持ち変化し始めた紅葉自身に触れる。それは巧みな指先によって、たちまちに変化する。
「…あっ…あぁ…」
側面を撫で上げ、先端に爪を立てる。その刺激に紅葉の身体は鮮魚のように、ぴくりと跳ねた。
「…あぁ…あ…ん…」
生暖かいものが、紅葉自身を含む。それが翡翠の口だと気付くには、しばらくの時間を要した。快楽によって、紅葉の意識が朦朧としていた為に。
「…はぁ…あ…」
紅葉の全てを知り尽くしている翡翠は、弱い部分を確実に攻め立てる。そうして、確実に彼を追い詰めてゆく。
「―――ああっ」
紅葉の口から細い悲鳴が零れたと同時に、翡翠の口内に白い本流が流し込まれた。
「…くぅ…」
濡れた長い指が紅葉の最奥に忍び込む。しかし狭すぎるその器官は、簡単には指を受け入れなかった。
「…ふぅ…ん…」
そんな紅葉をあやすように翡翠はついばむような口づけをしながら、再び彼自身に指を絡める。
「…あ…ぁぁ…」
身体が緩んだ隙に、翡翠は一気に指の付け根まで貫く。そしてゆっくりと中を掻き回し始めた。
「…あぁ…あ…」
慣れた頃を見計らって、翡翠の指の本数が増やされる。それぞれが勝手な動きを始めた指に、紅葉は悩まされる。巧みなその指はたやすくとの快楽の火種を煽るのだ。
「…ひす…い……」
快楽で潤んだ瞳が、縋るように翡翠を見つめる。彼によってもたらされたエクスタシーは、紅葉にはどうする事も出来ない程に燃え上がり暴走を始める。翡翠が欲しくて。欲しくて、堪らない。
「…大丈夫かい?紅葉……」
翡翠の問いに紅葉はこくりと、頷く。そして自ら腕を廻して、翡翠に口付けた。
「…僕は平気です…だから…早く……」
ずっとずっと、求めていた。ずっとずっと欲しかった。この人だけが、欲しかった。
「…早く…翡翠…僕の……」
気が遠くなる程の永い間、この人だけを想い続けて、この人だけを愛し続けて。そして、やっと。やっと、この身体で確かめられる。
「…僕だけの…貴方に……」
「―――うん、紅葉。君は僕だけのものだ」
「ああ―――っ」
痛みも苦痛も感じなかった。身体的な痛みは有ったのかもしれないが、翡翠と一つになれた喜びでそれすら感じなかった。
「…あっ…あぁ…」
「…紅葉……」
翡翠の声が紅葉の全身に雪のように降り積もる。その優しさに、紅葉の身体は素直に反応した。もう何も、考えられない。
「…あぁ…あ…」
ただ彼を感じるだけで、彼を確かめるだけで。それだけで。
「…愛しているよ、紅葉……」
「…あ…あ……」
紅葉の爪が色を無くす程に、翡翠の背中へと食い込む。それは自分だけが許された特権だった。彼に抱かれる自分だけが、許される。自分だけが。
「……愛している………」
「―――ああっ!」
翡翠は紅葉の細い腰を掴むと、一気に最奥まで貫いた。
―――僕等は生まれたての太陽を、捜し続けた。
何処までも続く果てし無い地上を歩きながら、僕等は無謀な希望で捜し続けた。
僕等は危険な事も危ない事も、沢山した。
けれども、それを犯してまでも僕等は太陽が見たかった。
生まれたての、太陽が、欲しかった。
「……還ろう、紅葉……」
差し延べられた手を拒む理由は、紅葉には何一つ無かった。
「―――はい、翡翠」
絡め合った指先から互いの温もりが重なり合い、そして一つになった。
「還りましょう、僕たちの場所へ。僕たちは地球を…人間達を、護る為に生まれてきたんです…」
紅葉の言葉に翡翠は、ひどく優しい顔で笑って。そして柔らかく口づけて。
「―――そして…君もね……」
そう言って。紅葉をその広い腕で、抱きしめた。
――――今、太陽が、うまれる。
そして僕等に蒼い空が還って来る。綺麗な眩しい蒼い空が。
僕等の手の中に、『生命』が『希望』が還って来る。
――――僕達はこの地球を、貴方を、護る為に生まれてきた。
End