その声を、きかせて 前編


誰も僕の声を、聴かない。
誰も僕の心の声を聴かない。
ただ僕は利用され、そして消費され。
いらなくなったら捨てられる。
ただそれだけの、存在。

――――代用はいくらでも存在する、ただの人形。


何時も自分に問い掛けていました。何の為に、生きているのかと。どうして僕は生きているのかと?
「壬生、おいで」
煙草の匂いのする腕に抱かれ、そして眠る日々。多分この人は誰と寝ても構わないのでしょう。ただ今はここに僕がいると言うだけで。もしもここにいるのが僕でなくても構わないのでしょう。
分かっているこのひとは誰も好きじゃない。好きなのは自分だけ、自分しか愛せない人。
「…館長……」
それでも今この時間だけは僕を必要としていてくれました。僕が生きている理由がありました。今この人に抱かれる、それは生きている理由になる。そんな事を確認して、僕は少しだけ安心している。
キスをして、セックスをする。そこに何も生み出すものはないとこの人は言いました。でも僕にとってはそれでも、こうする事で生きているんだと確かめる理由があるんです。

―――痛みや快楽を感じる事で、僕は感情と神経があるんだと確認出来るんです……。

セックスの後煙草を吸うのは、匂いを消す為だと言った。
ああ、僕は煙草の匂いで消されていく。存在を、消されていく。
触れていた肌も何時しか冷めて。そうしてまた僕は。
僕は生きる理由が消えてゆく。


『生まれて来たからには、しあわせになる権利があるんだ』


何もない日々でした。ただ人を殺し、そしてあの人に抱かれるだけの毎日でした。他には何もありませんでした。それが今僕が生きている場所で、生きている意味です。
―――何の為に、生きているのか?
何時もの問いかけ。何時もの自問自答。でもそこに答えなど見出せるわけも無く。ただ。ただ時間だけが流れ、それに身を任せる事が何よりも楽だと気付いた日々。考えて、考えて、そして気付くのが怖かった。気付くのが、怖かった。

―――自分が何もない空っぽの存在だと言う事に……

気が付かなければ、いい。
気付かなければ、大丈夫。
大丈夫、誰も。誰も僕を傷つけない。
だって僕自身何も無いのだから。


だから、僕は貴方が苦手でした。真っ直ぐに僕に向き合い、そして全てを暴こうとする貴方が。そんな貴方が怖くて堪らなかったのです。



「死人のような目、だね」
貴方は僕にそう言いました。龍麻から仲間を紹介され、短い自己紹介の後その場を立ち去ろうとする僕に貴方はそう言いました。
「…如月…さん…?」
真っ直ぐに僕を見て。反らされる事の無い強い視線で、そして。そして全てを見透かすような視線で、僕に。
「君みたいな目をする人間を僕は知っている…そしてその末路もね」
「…何が…言いたいんですか?」
「キチガエか、廃人だよ。でなければ冷酷な…殺人鬼だ」
くすっと口許だけ微笑って言った言葉に、僕は不思議と怒りが沸いてきませんでした。普通ならここで反論したり怒るべき所を…僕はただ…ただ怖いと思いました。
真っ直ぐな瞳、反らされる事の無い瞳、全てを見透かす瞳。それがただ怖いと…怖いとだけ…それだけ…。
「そうならない事を祈っているよ」
「…なんでそんな事を…言うんですか?……」
この場から逃げ出したいとただそれだけを思った。思ったはずなのに心の何処かで。何処かで、逃げたくないと。その瞳を見ていたいと思う自分がまたそこにいました。
…どうしてでしょう…何ででしょうか?……何で僕はそんな事を思うのでしょうか?……
「君の瞳が綺麗だからだよ」
「………」
「綺麗過ぎて、哀しいよ」
ふわりと髪が揺れて、後ろを向いたと思った途端その場を貴方は立ち去ってゆきました。
僕はその後姿が見えなくなるまでずっと…ずっと…そこを見つめていました。


剥き出しの自分が引きずり出されそうで。
一番奥底に閉じ込めて、封印しているものが引き出されそうで。
自分が一番見たくなくて、そして見なければならないものが。
その瞳の前に暴かれてしまいそうで。

―――僕はどうしようもなく、貴方が怖かった……



「今日僕は…貴方と同じ瞳の少年に会いましたよ―――お爺様……」
今は亡き祖父の遺影に向かいながら、僕は皮肉を込めて言った。多分貴方も彼と同じ瞳をしていたのだろう。そうして冷酷な飛水流の後継者となり、幼い僕にそれを植え付けた。
「でも貴方よりもずっと綺麗でしたよ」
気の毒な老人。憐れな老人。飛水流の事しか考えられず、何時しかその亡霊に捕らわれた。何もかもが見えなくなって抜け殻に執着した憐れな老人。
「綺麗過ぎて…このまま奪いたくなるほどに…」
全てを諦め流された瞳。そこに何かを見出せばきっとそれはこの老人のように執着と言う形で捕らわれてゆくのだろう。それしか見えなくなって、それしか見出せなくて。それ以外に価値が分からない人間。
「どうせ執着するモノがないなら…僕に執着してもらうと言うのは…許されないだろうか?」
口にした言葉に僕は苦笑した。何て卑怯な方法だろう。何てずるい方法だろう。足許を掬いそして自分のものにしようなどと。
「―――困ったな…何故だ?」
どうしてだろう?何故こんなにも惹かれる?他人など興味のない自分がどうして?どうしてここまで気にするのか?どうして初対面でいきなりここまで想うのか?
ただあの瞳が、どうしても。どうしても、自分を捕らえて離さなくて。離さなかった、から―――。
「…ああ、そうか……」
それはきっと。きっと僕も何処かにあの瞳を持っているからだろう。



淋しい子供が欲しがっているものを。ふたりで一緒に、探した。


その後僕達は特別に話すような事はありませんでした。挨拶をすれば反す程度の仲ではあったけど。
僕はやっぱりあの人の瞳を見るのが怖くて避けていたし、あの人はあの人で何故か廻りには何時も他人がいたので。僕は人の輪に入るのが嫌いでした。独りでいる時よりもずっと独りを感じる場所だったから。だからあの人に近付く事はありませんでした。
―――でも。でもどうしてでしょうか?どうしてか気付くとあの人を目で追ってしまうのは。どうしてなのでしょうか?
気が付くと視界の片隅に何時も。何時もあの人がいるのです。怖いから真正面を向き合う事は出来なくても。出来なくても、気付くと何処かにあの人がいるのです。

淋しい子供が欲しがっているものを。

無意識に目が彼を見ている自分に気付く。僕の廻りには何時も誰かがいた。それは僕にとってどうでもいい人間ばかりで。いや、僕にとって人間は全てどうでもいいものだった。例え仲間と言っても、所詮は他人だ。自分自身すら大切だと思った事の無い僕に、他人を大切などと言う思いなど芽生えるはずもなかった。
ただ僕は昔から祖父に躾られていたせいで人当たりだけはよく、他人に好かれる術を身に付けていた。ただそうしたしらけた会話と笑顔を繰り返すたびに、人が廻りに集まる度に。
虚しさだけが蓄積されてゆくのはどうにもならなかった。いや、もうそれすらも感じない程に世の中がどうでもいいものになっていた。
それなのに、どうして。どうして僕の目は気付くと彼を追っているのか。他人をあれだけ拒絶している彼。僕が内側に隠している拒絶の壁を剥き出しにしている彼。
―――似ている、のか?それとも正反対なのか?分からなかった。分からないと思ったのは君が初めてだった。他人に興味の無い僕に、そんな気持ちは芽生えた事すらなかったのだから。
どうしたらいいのだろうか?僕はどうしようもなく、君が欲しい。


多分、手を差し伸べれば。
君に居場所を与えれば。
僕の腕の中に君が生きる場所を与えれば。
そうすれば、きっと。
きっと君は僕のものになるだろう。
でもそれじゃあ。
それじゃあダメなんだ。
それじゃあ何の意味もないんだ。

―――違う…僕が欲しい君は…きっと違う……



ザアアと雨が降り出す。激しくアスファルトを打ち付ける雨。それを身体中に浴びて僕はほっとひとつため息を付きました。人を殺した後は何時も。何時も雨が降っていて欲しいと。降り続けて欲しいと。そんな事を考えながら、人を殺してきました。
雨が降れば全てを洗い流してくれると、錯覚しているせいです。決して罪は、消えはしないのに、流れれば。雨が流れれば血を、罪を洗い流してくれると。そんな事を勝手に思い込んでいるせいです。
―――頬にこびり付いた血の跡もきっとこの雨が流してくれる。
顔を上げて、わざと雨を被りました。冷たい、雨。芯まで凍える雨。それに身を任せながら、このまま消えてしまえたらと。全て消えてしまえたらと、ふとそんな事を考える僕は何処か少しづつ壊れてきているのでしょうか?

――――何の為に、生きているの?

相変わらず僕が繰り返すその問いに、明確な答えを出すのを畏れながら。それでも繰り返さずにはいられない僕は、やっぱり少しづつ壊れているみたいです。
何で壊れてゆくのだろうか?どうして剥がれてゆくのだろうか?今までこうして流されてそれでも生きてきたのに、どうして今になって。今になって僕の心は剥がれてきているのでしょうか?ねぇ、どうしてですか?どうしてなのですか?
「…どうして…きさ……」
不意に零れた言葉。それでも最期まで言えずに唇を噛み締めた言葉。きつく噛んだせいで唇からぽたりと血が零れてきて。
「………」
手を伸ばしてそれを拭う。拭ってもまた零れてきて。零れて、きて。
「…どうして……」
何がどうしてなのか、自分でも分かりませんでした。何をどうしたかったのか、自分でも分かりません。ただぽたぽたと零れて来る血はまるで閉じ込めてきた、僕の心が溢れてきたような気がして。じわりと零れてきたような気がして。
ぺたりと、そのままコンクリートの上に座りました。雨はまだずっとずっと降り続いて止みそうにありません。このまま雨に打たれて、全て浄化されて消えてしまえたらと。消えてしまえたらいいなとそんな事を思いました。
怖かったんです。僕は本当に怖かったんです。自分が向き合わなければならないものを、越えなければならないものを見るのが、正視するのが。そして。

…そしてそれは、あのひとに近付けば暴かれてしまうと言う事を……


それでも、どうして。
どうして僕は。
僕は惹かれてしまうのでしょうか?
近付きたいと思うのでしょうか?
怖いのに、怖くて堪らないのに。
それでもどうして。

…どうして、あのひとのそばにいきたいと…思うのでしょうか?……


淋しい子供が、欲しがっているもの。
淋しいから、欲しいもの。求めているもの。
多分、きっと、それは。


……それは………

 

End

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