――――それは、閉鎖された楽園だった。
鏡のように反射する漆黒の瞳は、何も映し出す事は無い。ただ自分の視界に入る物体を、『受け止める』だけなのだ。それでも。それでも、その瞳から視線を外す事が出来ない。
見つめ返す事が無いと判っていても、その瞳を見つめ続けて。語られる筈の無い唇に、何度も語り掛け。そして。
――――そして、口付けるのだ。答えてくれないと、判っていても……。
どの位の時間が過ぎていったのか、壬生にはもう分からなかった。
まるでここだけが時を止めてしまったようだった。いや、止まっているのだ。この空間は。彼が目覚めるまで、彼がその瞳に自分を映し出すまで。
――――この部屋の時間は、止まっているのだ。
「………………」
いつのまに眠ってしまったのだろうか、気付いた時には自分はベッドの上に居た。堅い木造りのベッドは決して心地好いとは言えなかったが、壬生はここに新しいベッドを持ち運ぶ気にはなれなかった。―――この『収容所』に。
表向き監獄と名の付いた国家機関であるこの建物は、実は戦争用に造られたバイオノイドの収容所だった。戦う為だけに造られた、かわいそうなバイオノイド達の。
戦争が終わって不必要になった彼らは、全てを奪われてここに閉じ込められた。持っていた筈の様々な感情を消されて、こうして再び必要になるまで人形のように。
いや、彼らは人形だった。食事も睡眠も必要の無い彼らは、ただ何をする訳でも無くその場に居るだけなのだ。何も見ず、何も聞かず、何も語らないで。ただ造り物の心臓のみが鼓動する、只の人形だったのだ。
「……きさらぎ…さん………」
壬生はその場に居るであろう、人物の名を呼んだ。その人物は答える事は決して有り得ないけれど、自分の瞳にはその姿がくっきりと映し出された。
「……如月さん………」
それにひどく安心して、壬生は嬉しそうに笑った。自分がこんな風に笑ったのは、ここに来てから初めてかもしれなかった。
「…良かった…如月さん……」
疲労と衰弱で弱った身体を起こして、壬生は如月の前に立つ。そしていつものようにその柔らかいの髪に指を絡めた。
「……貴方は、ここに居るんですよね………」
動かない鏡の瞳を見つめながら、壬生は答えない恋人に語り掛ける。それがどんなに無意味だと分かっていても。分かっていても、壬生は如月に語り続けるのだ。
「……ずっと…僕の傍に………」
壬生の腕が如月の背中に廻り、その逞しい身体をぎゅっと抱きしめる。まるで子供が大切なものを護ろうとするかのように。
「……如月さん……僕だけの……如月さん………」
壬生は如月の頬に手を掛けると、そのまま彼の唇に口付けた。いつかその唇が、自分の名を呼んでくれると信じて……。
「館長」
「―――久し振りだな、緋勇」
久し振りに会う館長は、龍麻の想像と一寸の狂いもなかった。相変わらず灰色の匂いのする、国家権力の甘い汁を吸い続けている……。
「何か用ですか?」
龍麻は自分の目の前にいる彼が嫌いだった。拳武館の館長と言う柔らかい皮を被りながら、彼は鋭い刃物を身につけている。自分の利益追求の為に国家と組んで暗殺者組織を結成し、そしてバイオノイドを造り上げるのに協力した。戦いと争いの為だけに。
――――でもそれならば何故、彼らに『感情』を造ったのだろうか?
「……あの綺麗なバイオノイドをお前は知っているな………」
くすりと笑う無味無臭な笑顔。でもそれは存分に毒を持っているものだ。それも猛毒を。
「―――如月の事、ですか?」
「…ああ、確かそんな名だったな。あれは……」
「随分な言い方ですね。仮にも貴方達が造った物なのに」
「勘違いするな、俺が作ったわけじゃない。作ったのは『国家』さ。俺達拳武館の暗殺組織を作った国家さ。そしてあのバイオノイドは国にとって、最大の過ちだ」
「―――過ち?」
「そう、過ちだ。あれは俺の玩具を奪っていった」
その言葉に龍麻は嫌悪感しか浮かんでこなかった。―――『玩具』…。彼にとって壬生はその程度のモノなのだろう。そう自分の性欲処理の道具でしかないのだろう。それでも。それでも俺達にとって壬生は大切な仲間だ…そう、大切な。
「貴方にとって『玩具』でも如月にとっては『かけがえのないもの』なんですよ」
「……如月さん………」
壬生は一日中何をする訳では無く、如月を抱きしめる。口付ける。そしてその名を呼び続ける。それだけが、自分のすべき事の全てだったのだ。
もう、自分は狂っているのかもしれない。そんな事をふと考える事がある。けれどもそんな事は今更かもしれない。彼が一度自分の目の前から消えてしまったあの時から、自分は狂い始めたのだから。必死で捜して。必死で追い続けて。そして、見つけた。人形のように保管されていた彼を。
「…僕です……如月さん………」
変わらない彼の大きな手にそっと自分のそれを重ねて、自らの頬へと持ってゆく。手は冷たかったけれど、優しかった。壬生が知っている優しいてのひらだった。
「……僕です…如月…さん……」
涙が枯れる事が無いと、壬生はここに来て初めて知った。毎日彼を呼び続け、何度も涙を零した。それでも、涙は溢れるのだ。止めても止めても、流れ続けるのだ。
「……きさらぎ…さ…ん………」
涙のお陰で上手く回らない舌で、必死にその名を呼ぶ。それしか今の壬生には、この想いの術を知らなかった。
「……壬生とあれの繋がりは何なのだ?………」
「―――繋がり?」
研究所の人間はいや、国家権力達は壬生の力を欲しがった。そして手に入れた、不当な形で。けれども彼は自分たちの要求を全て受け入れたのだ。あの何の価値も無い収容所と引換えに。彼程の暗殺者ならば幾らでも上に上がる事も、甘い蜜を吸う事も出来るのに。それなのに彼は全てを除外して、あの閉鎖された空間だけを手に入れた。
「何で、貴方がそんな事を尋ねるのですか?」
龍麻の問いに彼は、大人の笑みを浮かべて。
「言ったであろう?『あれ』が俺の玩具を奪っていったと。全てのバイオノイドの中で彼だけが『洗脳』されなかった」
「―――嘘だっ!」
館長の言葉に龍麻は信じられないと言う顔で見つめ返す。だって自分は、知っているのだ。壬生が動かない恋人に語り掛けているのを。そしてそれを見せたのは他でも無い目の前の人物なのだ。
「嘘では無い。幾ら洗脳をしてもあれの頭から『壬生』は消えない」
「……だって…如月は………」
まるで人形のように動かなかった、如月。壬生が何度その名を呼んでも。何度もその身体を抱きしめても。
「ならば確かめてみればいい。お前自身の瞳でな」
その言葉に龍麻は唇をギュッと噛み締めた。もう二度と自分はあそこへは行かないと決意したのだ。一度行ったのだって、壬生の安否を確かめただけで。決して自分は壬生の前に姿を表す事はしなかった。出来る筈は、なかった。何故ならば彼は幸せで、自分には護るべき人が居るから。
もしも自分が壬生と出逢ってしまえば、自分に危害が及ぶのは当然だった。いや自分だけならば、構わない。けれども自分には護るべき人が居た。自分の腕で抱きしめなくてはならない人が。その人を巻き込む事は出来なかった。だから、龍麻は壬生には逢えなかった。この目の前の人物が『逢え』と言っても。
「―――貴方は何を考えているのですか?」
「……考えている?…………」
「貴方は俺と壬生が接触すれば、必ず俺や壬生に危害を加える。それは貴方が国家の人間である限り、しなければならない事だ」
「そうだ。あの収容所はトップシークレットだ。例えお前とはいえ、知られる事は許されない。知られたら即始末する」
「なのに貴方は俺を、殺さないのですね」
「殺さない。お前は俺にとって大切な人の息子だ。それに」
「―――それに?………」
「あれは、賢い」
「………え?…………」
館長の言葉の意味を掴めなくて、龍麻は疑問符を投げ掛ける。しかし彼は穏やかな笑みを浮かべて。
「―――そして、怖い…………」
その笑みの意味と言葉を龍麻は、掴みきれなかった。けれどもその言葉は、何故か自分には真実に思えた。意味すら理解、出来なかったのに……。
夜は当たり前にやってくる。明かりの無い部屋では、月の光だけが頼りだった。その光を瞼に映しながら、壬生の瞳が閉じられてゆく。
ここの所毎日のように睡魔は壬生を襲う。ここに来て一週間は殆ど眠る事が出来なかったのに。今は必ず夜になると抵抗すら許されないように、壬生の身体は深い眠りに付いてしまうのだ。まるで気を失ったかのように。そして壬生はそれを止められない。止められず疲れ果てた身体を、沈めるのだ。そして、今日も。壬生は不意に訪れた睡魔のせいで、ベッドの上に崩れ落ちて行ったのだ。
「――――」
そんな彼を、ゆっくりと漆黒の瞳が見つめる。柔らかい光を、讃えながら。それは決して鏡の瞳では、無かった。
「―――紅葉………」
そして、その形良い唇がその名を呟く。低くて微かに掠れた睫毛を震わすような声が。
ゆっくりと如月はベッドから立ち上がると、そっと壬生に布団を掛けてやる。そして意識の無い彼に口付けた。
「…もう、茶番は終わりだ……」
如月の鋭い瞳が鉄格子の先へと移る。そこには満月が朧気に浮かんでいた。
「―――僕は、許さない」
綺麗過ぎる彼の顔が、壮絶な笑みを型取る。それは余りにも美し過ぎて、怖かった。美と恐怖が髪一重だと知るには、充分すぎる程に。
「紅葉を穢したもの、全てを」
そう言って如月は閉じられた扉へと向かう。そしてゆっくりと、それは開けられた……。
ここへ二度と来る事は無いと、思っていた。なのに、来てしまった。館長の意味有りげな言葉を振り切れずに。ここへ、来てしまった。
龍麻は音を発てないように細心の注意を払いながら、裏通路へと廻る。この通路を知る者はほんの僅かな人間だけだった。そう、京一ですら知らない。壬生を助けに行った京一ですら知らない通路だった。
「――――」
一度だけ館長が自分をここへ連れて来た時も、この道を通してくれた。壬生すらこの道を知らないと彼は言っていた。幾ら収容所の全てが壬生のものとなっても、彼はこの建物自体に興味は無かった。彼の関心は全て『如月』にしか向いていないのだから。
だから壬生が知らないと言う館長の言葉は真実だと、龍麻にも納得出来た。いや、納得させられた。
壬生の室内の様子を見た瞬間に。何度も何度も如月に語り掛ける彼。愛していると、何度も。そして口づける。彼の瞳には如月しか居ない。彼の心には如月しか住んでいない。
彼の魂は、如月にしか染まらない。そんな事は前から知っていたけれども。それを目の当たりにされれば、龍麻だとて納得しない訳にはいかなかった。そして、諦めたのだ。
彼をここから連れ出そうとした事を。全てを、諦めたのだ。彼が幸せだと、知ったから。
「……でも俺も、人の事言えないけれど、な………」
自分だって、同じようなものだった。最初壬生をここから連れ出そうと思ったのだって、京一がそれを望んだからだ。京一が壬生を助けたいと、願っていたからだ。
だから館長の力を借りて、ここまでやって来た。それがどんなに危険かと判っていても。自分は京一の為ならば何でも出来るのだから。
けれども、壬生を連れ出せなかった。あんな彼を見てしまえば。
カツカツと音を発てながら、龍麻は狭い道を進んだ。ここには動かないバイオノイドと、壬生しか居ない。だから龍麻はつい警戒を緩めてしまった。本来ならば鋭敏な筈の神経が緩慢になる。だから、気付かなかった。
―――自分の目の前に『彼』が、現れるまで……。
それは身体を一瞬稲妻が走り抜けたような、衝撃だった。何一つ変わっていない、彼に。
そう、彼は何一つ変わっていなかった。
その現実とは思えない綺麗な容姿も、太陽の光を吸収した強い光を放つ視線も。そして、怖い程に澄んだ漆黒の瞳も。
「……きさら、ぎ?…………」
龍麻は確かめるようにその名を呼んだ。その瞬間、暗闇でも埋もれる事の無い如月の漆黒の瞳が、微かに変化した。そして。
「久し振りだね、龍麻」
一瞬その瞳に龍麻の姿を刻み込むと、何もなかったかのように歩き始める。そんな彼を龍麻は必死で引き止めた。
「何処へ行くんだ?!ここには『壬生』が居るのにっ!!」
しかし如月はそんな自分に一瞥しただけで、掴んだ腕を無造作に振り切る。元々戦闘用に造られた人並み外れた力は、龍麻などものともしなかった。
「僕は紅葉を誰にも渡さない。例え館長といえど…僕は紅葉を穢す者を許しはしない」
「……如月?………」
「済まない、龍麻」
如月はそう言ってうっすらと微笑むと、その場を去って行った………。
―――ずっと、抱きしめてやりたかった。
僕はここにいると囁いて。
君の望み通りにその名を呼んで。零れた涙を拭って。
そして、抱きしめてやりたかった。
もう泣かなくてもいいと。もう哀しまなくてもいいと。
僕はここに居るからと、僕は君に告げたかった。
けれどもそれは、許されなかった。
洗脳が出来ない程の強い意思で君を想っていたから。
何よりも君を愛していたから。
僕は君の前では『人形』でい続けるしかなかったのだ。
それ以外の方法は無かったのだ。何故ならば。
―――僕の頭脳にはある一つの命令が、インプットされていたから……。
「やはり、来たのだな。『如月』」
彼はうっすらと微笑むと、目の前に立つ綺麗な容貌を見つめ返した。思えばこれも過ちだったのかも知れない。人間では不可能な程、綺麗なこの容姿も。
「よく、僕の名前を覚えていたものですね」
「―――緋勇に、聞いた」
「…そうかですか……」
別段そんな事は如月にはどうでも良い事だった。自分の名前を彼が知ろうが知らぬが。それくらいの認識しか彼は持っていなかった。それよりも…何よりも自分にとって目の前の男の認識は別の場所にあったのだから。
「それよりもお前に聞きたい事がある」
「―――何をですか?」
「『壬生』の、存在だ」
「聞くまでも、無いでしょう?」
如月はひどく雄の匂いのする顔で、くすりと笑った。それはどんな女でも狂わせる、笑みだった。
「…そうだったな……だから俺はインプットするように頼んだ。こうなる事を、知っていたから……」
「―――僕が紅葉を愛する事をですか?」
「違う。お前が俺を殺しに来る事だ」
そう言う彼の顔はひどく穏やかだった。今目の前の彼の顔は、心底穏やかで満たされた顔だったのだ。
「ずっと待っていたよ。こうやってお前が俺を殺しに来るのを」
壬生をずっと繋ぎとめ続けた自分。暗殺者として、ベッドの相手として。綺麗な壬生の身体を、心を犯したのは自分。そんな自分を許しはしないだろう。
「―――それは光栄だな」
如月は、そう言って微かに笑った。それは眩しい程、綺麗で。綺麗すぎて。甘い恐怖を呼び起こさずにはいられなくて。甘美な、恐怖。
「でも俺を殺しても『命令』は消えないぞ。この拳武館を破壊しても」
「知っていますよ。それでも構わない。僕は紅葉を穢す者が許せないだけだ」
あの真っ直ぐで無垢な魂を、染めてしまった彼らを。自分を楯にして残忍で残虐な事を壬生にさせた、彼らに。
「穢す?随分な言い方だな。それは壬生自身が望んだ事だぞ?」
確かに壬生が望んだ事だった。収容所を自分の手に入れる為に、彼らの命じた事を全て受け入れた。どんなに非人道的な暗殺でも、彼らの命令に全て答えたのだ。そしてどんな男達にも…身体を開いた。如月を手に入れる為に。それだけの為に。
「僕は貴様等を許さない」
「いい度胸だ、如月。やはりお前は我々の最大の過ちだよ」
最大の成功作で最大の失敗作なバイオノイド。戦闘の為に造らせた筈の彼は、恐ろしいまでの知識と意思を持ってしまった。たった一人の人間のせいで。たった一人の人間の為に。
「……殺すがいい俺を。そしてこの拳武館を破壊するがいい…お前がやった証拠は何一つ残らない……。それまでお前は完璧に『人形』を演じ続けたのだから」
「―――望み通りに………」
如月が何よりも綺麗な笑みで、微笑う。それが合図だった。その天使よりも美しく、悪魔よりも魅力的なその笑みが………。
―――数秒後、突然拳武館は激しい炎上を起こした………。
「如月っ!」
収容所に戻ってきた如月を迎えたのは、他でも無い龍麻だった。如月の後を追う事も出来ずかと言って、引き返す事も出来ずずっと彼の帰りを待っていたのだ。
「…良かった…もう、戻って来ないかと…思った………」
「――――何故、そんな事を思う?」
「……何故って……だって………」
「ここには紅葉がいるのに、僕が帰らない訳が無いだろう?」
何度も自分を確認する壬生。傍にいると、何度も。だから如月は壬生の傍に居る。彼の望み通りに。彼の言葉通りに。
「……如月………」
「―――何だい?」
「いつ、目覚めたの?」
「…初めて、紅葉が来た日から……」
如月の言葉に龍麻は驚愕で見開かれる。そして次の瞬間、彼の襟首を握り締めて。
「だったら何で、壬生に答えないんだっ?!」
何度も何度も名前を呼んで。何度も何度も口づけて。その瞳を見つめて。如月を、見つめ続けて。それなのに。
「―――僕にはある命令がインプットされている。それがある限り、紅葉には答えられない」
「……命令?…………」
「そしてその命令を消す事は、出来ない」
「………如月?…………」
龍麻の目の前を擦り抜けてゆく如月に、戸惑いながらも声を掛ける。そんな自分に彼は、何とも言えない笑みを浮かべると。
「さよなら、龍麻」
そう言ったきり、二度と戻ってはこなかった。この収容所から……。
「……紅葉………」
如月はベッドの上に気絶するように眠っている壬生をそっと、抱きしめた。
「―――愛しているよ、紅葉」
壬生が答えない自分にそうしたように、何度も語り掛ける。その名を呼んで、口付ける。彼が自分にしたように。
「……愛している、紅葉………」
まるで壊れ物を扱うかのように壬生を抱きしめて、その髪を何度も何度も撫でてやる。そして。口付けた。拒まない唇に。
―――もう幾日この行為を自分は、繰り返しただろうか?
閉鎖されたこの楽園には、誰一人として入り込む事が出来ない。
抱きしめられている壬生の寝顔が、ひどく安堵したものへと変わる。無意識に身体を擦り寄せる彼に、如月は優しく微笑んだ。
この笑みをいつしか壬生の哀しい色をした瞳に返してやる事が出来るのだろうか?いつしか彼の名を呼んでやる事が出来るのだろうか?
そんな日が来る訳無いとは分かっていても、何処かで如月は諦めてはいない。いや、諦めれる筈が無いのだ。―――何故ならば。
壬生を一番に苦しめているのは、他でも無い自分自身である限り。この命令を解き放つ術は如月には、もう『死』すら残されていない。それでも。それでも、如月は。
壬生を離す事は、出来ないから。だから、生きている。この身を切り離すような痛みを堪えて。彼の為だけに、生きている。
「―――紅葉………」
いつしか、真っ直ぐに瞳を見返す事が出来るのだろうか?
「―――さよなら、DOLL…………」
如月は不意に思い出したように呟いた。自分たちを造った哀れな人間達に。国家と言う名の人形士に操られた、マリオネット達に……。
ただひとつの、インプットされた命令。
それは…
『―――壬生紅葉ト目ガアッタラ、彼ヲ殺スコト』
End